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第18話 この胸の温かさは
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ヴァレンティノは1歩前に出ると頭を下げた。
「すまない。私のミスだ。明日の昼食会に参加してくれないだろうか」
「や、やめてください!頭を下げないでください!」
王族は簡単に頭をさげるものではない事くらいトゥトゥーリアも学んで知っている。なのに先程まで声を荒げていたヴァレンティノは突然頭を下げたのだから驚いて駆け寄って、頭をあげて貰えるようヴァレンティノの腕を掴んだ。
「判りましたってば・・行きますから。頭をあげてください。あ、・・・やっちゃった」
ヴァレンティノの両腕に触れていたトゥトゥーリアの手が離れる。
「どうした?」
「あのぅ…つい触れちゃって‥」
「そんな事は妃なのだから構わないが?」
「そうじゃなくて、まだ手を洗う前だったので・・・」
トゥトゥーリアがゆっくりとヴァレンティノの腕を指差すと、二の腕の付近に白っぽい粉がついていた。
「これは何だ?化粧品か?」
「化粧はしていません。それは‥さっきまでパンの生地を打ってたので・・・」
「パンを打つ?あぁ、あれか。構わない。気にするな」
「いいえ、直ぐにはたきます。上着を脱いでもらえますか?手を洗ってきますので」
ヴァレンティノはそう言うトゥトゥーリアの手を見た。
腕まくりをしているが、肘の辺りまで白い小麦粉がついていて、なんなら指先、爪まで白くなっていた。
ヴァレンティノは今までパンは小麦粉で作る事は知っていたが食卓に出てきた状態しか知らなかった。トゥトゥーリアの手を見て、先程布に来るんだ物体を見た。
「あれがパンなのか?」
「そうですよ?今は寝かせる時間なので」
「パンを寝かせるのか?直ぐに食べずに?変わった事をするんだな」
「そうじゃなくて、まだこれから食べやすいサイズにして竈で焼くんです。本当はオーブンがあればいいんですけど竈でも出来ない事は無いので。あの量で出来上がると結構な数が出来るんですよ?知りませんでしたか?」
「知らなかった。なんでパンを潰してるんだろうと思ってたよ」
すっかり毒気が抜けたヴァレンティノにトゥトゥーリアは「焼き上がったら食べてみます?」と聞いた。
勿論「味の保証はしませんけど」と付け加えるのも忘れなかった。
★~★
生地を寝かせ、遂にパンを焼く時間になった。
ヴァレンティノには全てが初めての光景だが、護衛達は見慣れているようで手際もいい。両掌に載るくらいの大きさの生地は小さくなって丸められていく。
「護衛さぁん。このくらいの大きさでいいですか?」
「これより小さいと焦げちゃいますかね」
「小さいサイズばかりにすれば早めに出したらいいだけなんだけど・・・大きいのもあるから焦げちゃうわね。お子さん用?」
「はい、年頃になるとパンもチマチマ食べてましてね」
「そうねぇ‥家族の前だとガブっといきたいけど・・・小さく千切っちゃうわよね」
またまたヴァレンティノは護衛と話をするトゥトゥーリアを見てイライラしてしまう。
――護衛も護衛だ。馴れ馴れしいッ!――
それが嫉妬だとはまだ気が付かないヴァレンティノ。しかし手伝おうにも手順が全く分からないし、まだ心のどこかに「王族・貴族のする事ではない」と行動を止める自分がいた。
「一口の大きさとは、そんなに小さいものなのか?」
広めの鉄板に並べられた生地を見てヴァレンティノは不思議な気持ちだった。一口と言っても大人の男性なら目の前にある大きさなら3、4個はいっぺんに食べられそうな大きさ。
しかし「焼きますね」と竈に鉄板の両端をひっかけて焼き始めると香ばしい香りと共にムクムクと生地が膨れだした。
「膨らんでるぞ?大丈夫なのか?破裂するんじゃないのか?」
竈の前でしゃがみ込んだヴァレンティノの隣にトゥトゥーリアもしゃがみ込んだ。
「大丈夫です。ここからなんですよ。オーブンだと全体に火が通るんですけど竈は開けてますから焼き具合を見計らわないといけないんです」
「ほら!そろそろですよ」とトゥトゥーリアが隣で微笑むとヴァレンティノの胸がキュキュンと締め付けられるように痛んだ。
焼き上がったパンを手にしたヴァレンティノは目を丸くして驚いた。
トゥトゥーリアの言った通り、寝かせていた生地からはこんなに量が出来るのか?と思ったが目の前で手のひらに握って親指と人差し指で千切るようにして丸めた塊は竈の中で膨れ上がっていた。
一口食べてヴァレンティノは「温かい」と呟いた。
トゥトゥーリアは湯気の出るスープもマグカップに入れて手渡す。
「食事が温かいなんて知らなかったよ」
「宮でも出来たては温かいはずですよ?ただ毒見とか色々経由するので冷めちゃうんです。でも冷めても美味しい料理を作ってくれる料理人さんもいるし…殿下は恵まれてるんですよ?」
向かいでパンを頬張るトゥトゥーリアを見てヴァレンティノはパンとスープの温かさではない温もりが胸に広がって行くのを感じた。
「これを明日、両陛下に食してもらうことは出来るだろうか」
ヴァレンティノの言葉にトゥトゥーリアは少し沈んだ顔をして答えた。
「無理だと思います。焼き上がってから何人も毒味を介し、温度変化で違いが出ないかを確認した上で・・・になるので温かいうちに召しあがって頂くのは難しいかと」
「気にしないでくれ。そう言うものだ。しかし・・・焼きたてを食べるともう今までのパンは食べられないな。とても美味しかったよ」
「あら?ありがとうございます。殿下への怒りを全てぶつけた甲斐がありました」
――やっぱりあの掛け声は私に対してだったのか――
くすくすと笑いながら答えるトゥトゥーリアにヴァレンティノの気持ちも温かくなったのだが、「明日、迎えに来る」と言ってトゥトゥーリアを残し、宮に帰らねばならないと思うとヴァレンティノは苦しくなった。
「すまない。私のミスだ。明日の昼食会に参加してくれないだろうか」
「や、やめてください!頭を下げないでください!」
王族は簡単に頭をさげるものではない事くらいトゥトゥーリアも学んで知っている。なのに先程まで声を荒げていたヴァレンティノは突然頭を下げたのだから驚いて駆け寄って、頭をあげて貰えるようヴァレンティノの腕を掴んだ。
「判りましたってば・・行きますから。頭をあげてください。あ、・・・やっちゃった」
ヴァレンティノの両腕に触れていたトゥトゥーリアの手が離れる。
「どうした?」
「あのぅ…つい触れちゃって‥」
「そんな事は妃なのだから構わないが?」
「そうじゃなくて、まだ手を洗う前だったので・・・」
トゥトゥーリアがゆっくりとヴァレンティノの腕を指差すと、二の腕の付近に白っぽい粉がついていた。
「これは何だ?化粧品か?」
「化粧はしていません。それは‥さっきまでパンの生地を打ってたので・・・」
「パンを打つ?あぁ、あれか。構わない。気にするな」
「いいえ、直ぐにはたきます。上着を脱いでもらえますか?手を洗ってきますので」
ヴァレンティノはそう言うトゥトゥーリアの手を見た。
腕まくりをしているが、肘の辺りまで白い小麦粉がついていて、なんなら指先、爪まで白くなっていた。
ヴァレンティノは今までパンは小麦粉で作る事は知っていたが食卓に出てきた状態しか知らなかった。トゥトゥーリアの手を見て、先程布に来るんだ物体を見た。
「あれがパンなのか?」
「そうですよ?今は寝かせる時間なので」
「パンを寝かせるのか?直ぐに食べずに?変わった事をするんだな」
「そうじゃなくて、まだこれから食べやすいサイズにして竈で焼くんです。本当はオーブンがあればいいんですけど竈でも出来ない事は無いので。あの量で出来上がると結構な数が出来るんですよ?知りませんでしたか?」
「知らなかった。なんでパンを潰してるんだろうと思ってたよ」
すっかり毒気が抜けたヴァレンティノにトゥトゥーリアは「焼き上がったら食べてみます?」と聞いた。
勿論「味の保証はしませんけど」と付け加えるのも忘れなかった。
★~★
生地を寝かせ、遂にパンを焼く時間になった。
ヴァレンティノには全てが初めての光景だが、護衛達は見慣れているようで手際もいい。両掌に載るくらいの大きさの生地は小さくなって丸められていく。
「護衛さぁん。このくらいの大きさでいいですか?」
「これより小さいと焦げちゃいますかね」
「小さいサイズばかりにすれば早めに出したらいいだけなんだけど・・・大きいのもあるから焦げちゃうわね。お子さん用?」
「はい、年頃になるとパンもチマチマ食べてましてね」
「そうねぇ‥家族の前だとガブっといきたいけど・・・小さく千切っちゃうわよね」
またまたヴァレンティノは護衛と話をするトゥトゥーリアを見てイライラしてしまう。
――護衛も護衛だ。馴れ馴れしいッ!――
それが嫉妬だとはまだ気が付かないヴァレンティノ。しかし手伝おうにも手順が全く分からないし、まだ心のどこかに「王族・貴族のする事ではない」と行動を止める自分がいた。
「一口の大きさとは、そんなに小さいものなのか?」
広めの鉄板に並べられた生地を見てヴァレンティノは不思議な気持ちだった。一口と言っても大人の男性なら目の前にある大きさなら3、4個はいっぺんに食べられそうな大きさ。
しかし「焼きますね」と竈に鉄板の両端をひっかけて焼き始めると香ばしい香りと共にムクムクと生地が膨れだした。
「膨らんでるぞ?大丈夫なのか?破裂するんじゃないのか?」
竈の前でしゃがみ込んだヴァレンティノの隣にトゥトゥーリアもしゃがみ込んだ。
「大丈夫です。ここからなんですよ。オーブンだと全体に火が通るんですけど竈は開けてますから焼き具合を見計らわないといけないんです」
「ほら!そろそろですよ」とトゥトゥーリアが隣で微笑むとヴァレンティノの胸がキュキュンと締め付けられるように痛んだ。
焼き上がったパンを手にしたヴァレンティノは目を丸くして驚いた。
トゥトゥーリアの言った通り、寝かせていた生地からはこんなに量が出来るのか?と思ったが目の前で手のひらに握って親指と人差し指で千切るようにして丸めた塊は竈の中で膨れ上がっていた。
一口食べてヴァレンティノは「温かい」と呟いた。
トゥトゥーリアは湯気の出るスープもマグカップに入れて手渡す。
「食事が温かいなんて知らなかったよ」
「宮でも出来たては温かいはずですよ?ただ毒見とか色々経由するので冷めちゃうんです。でも冷めても美味しい料理を作ってくれる料理人さんもいるし…殿下は恵まれてるんですよ?」
向かいでパンを頬張るトゥトゥーリアを見てヴァレンティノはパンとスープの温かさではない温もりが胸に広がって行くのを感じた。
「これを明日、両陛下に食してもらうことは出来るだろうか」
ヴァレンティノの言葉にトゥトゥーリアは少し沈んだ顔をして答えた。
「無理だと思います。焼き上がってから何人も毒味を介し、温度変化で違いが出ないかを確認した上で・・・になるので温かいうちに召しあがって頂くのは難しいかと」
「気にしないでくれ。そう言うものだ。しかし・・・焼きたてを食べるともう今までのパンは食べられないな。とても美味しかったよ」
「あら?ありがとうございます。殿下への怒りを全てぶつけた甲斐がありました」
――やっぱりあの掛け声は私に対してだったのか――
くすくすと笑いながら答えるトゥトゥーリアにヴァレンティノの気持ちも温かくなったのだが、「明日、迎えに来る」と言ってトゥトゥーリアを残し、宮に帰らねばならないと思うとヴァレンティノは苦しくなった。
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