王子殿下には興味がない

cyaru

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第04話   両手いっぱいの・・・

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翌朝、ヴァレンティノが目覚めた時、隣で寝ているはずのトゥトゥーリアはすでにいなかった。慌てて飛び起きたヴァレンティノは枕元のベルを鳴らしメイドを呼んだ。

「お目覚めで御座いますか?」
「あぁ、洗顔を頼む」
「畏まりました」


温かい湯に浸したタオルで顔を拭いてもらい、瞼を温めてもらう。
やっとスッキリと目が覚めたヴァレンティノはメイドに問うた。

「彼女は?起きたらいなかったんだが」
「妃殿下におかれましては、朝食をお召し上がりになり、現在は庭を散策されておられますが?」
「庭を?こんな朝早くから?」
「はい、私が午前5時半に参りました時、既に・・・」


言い難そうなメイド。おおよその見当はつく。
さっさと寝台を抜け出し、服も自分で着て、なんなら井戸まで行って顔を洗っていそうだと思ったら本当にそうだった。ついでに言うなら厨房に行って「手伝いをしたい」と頼んできたと聞いて拭いて貰ったばかりの顔を手で覆った。




「ふぅ~第2王子殿下と言っても宮は広いのねぇ」

季節の花が楽しめるように整えられた小道には白い石がまるで絨毯のように敷き詰められていて落ち着かない。トゥトゥーリアは小道から外れて植え込みの間を縫うように庭を歩き回っていた。

国王や王妃、王太子一家の食事に使用する野菜は王宮庭園で栽培をされているが、王宮から見てお隣さんと言えばお隣さんのヴァレンティノの宮。なんせ広い敷地。建物から少し離れた場所にある畑で宮で使用する野菜は作られていた。

「わぁ。白菜だ。こっちはブロッコリーかしら」

しゃがみ込んで肉厚の葉を指でつまみ、感嘆の声をあげるトゥトゥーリア。
そこにガサッと音がして、庭師のカロンがやって来た。

「誰だ?見かけない顔だな」

「これは失礼を致しました。トゥトゥーリアと申します。昨日からこのお屋敷に御厄介になっておりますが、近日中に引っ越しも致しますので・・・えぇっと・・・お見知りおきを?」

「なんだぁ?来たばかりで引っ越しだと?行儀見習いでももうちょっと長い期間ここにいるもんだが・・・。随分とせっかちなんだな?」

「あはは。そうですね。せっかち・・・と言えばそうかも知れません。ところで・・・お名前を伺っても宜しいでしょうか?」

「名前ぇ?こりゃ驚いた。還暦を過ぎて若い娘から名前を聞かれるとは思わなかったよ。俺はカロンって言うんだ。ここで庭師をしてるカロンだ。で?お前さんは何をしてるんだ?」


――何をしてる?何をしてる‥‥何する人だったっけ?――



トゥトゥーリアは「はて?」考え込んだ。
まだ仕事と言う仕事はしておらず、第2王子妃としての仕事は散発的。

――ここはオレの旅?ううん。違うわね。そこまで流離さすらってないわ――

「えぇっと、昨日からなのでまだ何を・・・とは決まっておりませんの。オホホ」
「そうかい。ま、決まったら頑張んなよ。ここは王宮ほど気忙しくはないが殿下が偏屈者だからな」

――これは聞き捨てならない新情報。どういうことかしら――


世の中には知らなくていい情報もあるが、とりあえずは夫の事。
踏まなくていい地雷を踏み抜く事がないようにここは聞いておいた方が良さそうだと思ったトゥトゥーリアは「偏屈者とは?」と首コテンをしてみた。

「偏屈者と言えば偏屈者さね。今まで目が覚めるような美人と婚約してたのに、何が気に入らなかったのかバリバ侯爵家の姉ちゃんと婚約し直してさ。あんな中身スッカラカンの白塗りオバケが好きなのかと思いきや結婚は妹だ。素人には判らない女性美ってやつを持ってるのがここの殿下さ」


そう言えば異母姉のエジェリナと婚約をしたのは8年前。
美丈夫の第2王子と婚約をしたと大喜びをしていたなぁと思いだす。
しかし、婚約者同士の茶会では小難しい話ばかりをされて、気合を入れたドレスや髪形、小物には一切興味を示してくれず不貞腐れていた事も思い出した。

――って事はエジェリナの容姿で選んだわけじゃない・・・まぁ政略とは言ってたけど――

エジェリナの前はマエスト公爵家のサブリナ嬢。
社交には出ないトゥトゥーリアだったが、使用人の話を立ち聞きした程度なら、こちらも相当なご令嬢。エジェリナは着飾る事に余念のない令嬢だが、サブリナは話に聞く限り高慢ちきなご令嬢。

――まぁ、高位貴族ともなればそんな物よね――

「そうなんですのね。ところでカロン様」
「カロン様っ?!なんちゅう呼び方を・・・痒くなるからなんてめてくれよ」
「では・・・カロンさん?で宜しいかしら」
「呼び捨てでも良いんだが・・・皆はカロじいと呼んでるがな?」
「いえいえ。カロンさんで。こちらの白菜の葉っぱ。収穫した後はどうされていますの?」
「葉っぱ?あぁ、外側の?鶏の餌にしてるが?」


「ふむ」と考えるトゥトゥーリア。鶏と言っても養鶏場ほどの多さではないだろう。
そもそも養鶏場ならこの白菜の量では到底足らない。
と言うことは、「タマゴ」目当ての鶏・・・。

にこりと笑ったトゥトゥーリア。

「カロンさん。鶏の残りで構いません。葉っぱを分けて頂けます?」
「葉っぱを?お前さんも鶏を飼っているのかい?」
「いいえ。毎日の食事にと思いまして」

何を思ったか、ブワっと涙ぐむカロン。
目に腕を当てて、袖に涙を吸わせている。

「今時珍しいくらいに貧乏なんだな。俺も子供の時は家が貧乏でよぅ。よく食ったもんだぜぇ。泣けてくるなぁこのご時世にっ!!持ってきな!収穫した後の残渣ざんさとは言わずくれてやるよぅ」

「い、いえっ!毎日の事になりますし、この外側の葉っぱで・・・」

「いいって事よぅ。お前も苦労してんだなぁ。親御さんが病気なのか?」

――いえ、毎日贅沢で生活習慣病まっしぐらなくらいに元気です――


半世紀前は食料自給率も低く、貧しい者はそれこそ道のわきに生えている草も食べていた。勝手に想像をどんどん進化させていくカロン。

「何個欲しいんだ?」
「いっ、1個で・・・」


トゥトゥーリアは決して遠慮をした訳ではないが、カロンから3玉の白菜をもらうことになり、両手いっぱいになった白菜でそれ以上の散歩をする事が出来なくなったのだった。
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