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38:アレックス、国王になる!

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「父上!火急の要件はとはなんですか!」

ミッシェルの予言に対し南東の地に多くの兵を勝手に向かわせるために今まさに号令をかけようとしていたアレックスに従者が耳打ちをした。

予言の日から既に数日が経過していて、このままでは単に大勢を向かわせてしまっただけになってしまう。思っていた以上に物資が集まらなかったとは言え、これ以上の遅れは1分1秒も取りたくない。
気ばかりが焦るアレックスは足音も鼻息も荒い。


しかし部屋に入るとその勢いが止まった。

「貴女は…帝国の…それに叔父上、兄上まで何かあったのですか?」

部屋の中でテーブルに出された茶に手を突けているのは父の国王と母の王妃以外の面々で、特に国王は全身の血が白くなったのかと思えるほどに顔色が悪い。
そんな中、ひと際明るい声でテレンスがアレックスに座れと命じたのはお1人様席。

3人掛けのソファにテレンス、ディアセーラ、第一王子。
向かいに国王夫妻。アレックスは国王の隣ではないのかと首を傾げつつ一人用の椅子に腰を下ろした。

「あの…お話があると聞いたのですが…何故帝国のリーフ子爵夫人がここに?」

アレックスの言葉に王妃は「はぁ~」と息を長くはいて天井を見上げる。
国王は睨んでいるのだろうか。ただその目には今この場に生きているのがやっとの力しかなかった。


「アレックス。今後も救世主となった奥方と、両陛下。仲睦まじく国を盛り立ててくれ‥‥と言いたいところだが」

途中まではにこやかな顔だったテレンスの言葉の語尾に感じるのは不穏。
アレックスの背中に嫌な汗が流れた。

「とんでもない事をしてくれたものだな。アレックス」

テレンスの言葉にアレックスは何の事だがさっぱり分からなかった。

「叔父上、いったい何の事です?」

「困った弟だ。叔父上、彼もまた国を統べるのです。私から説明をさせて頂いても?」

第一王子の言葉にテレンスは「仕方ない。譲ろうか」と手のひらを上に第一王子に向けた。


「兄上、何かあったのですか?」
「何もなければ呼んだりしない。色々とあるがこれからはお互い国を盛り立てて民の為に働こう」
「そ、それは当然の事で‥‥」
「隣国となる国の王同士。私は一足先に第一代目となるが、即位式には参列させてもらうよ」
「はっ?」

青天の霹靂。アレックスはキツネに抓まれたような顔で兄を見た。


「アレックスの妃は救世主なのだろう?変な覇権争いもなくこうなって良かったと思っている。ただ隣国の内政、外交事情には不干渉とさせてもらうよ。国が出来たばかりでこれから法整備もしなくてはならないからね」

「いえ、あの…」

「アレックス。お前はいったいレード公爵令嬢にどんな…いや、過ぎた事だ。今更どうなるものでもない」

「父上、なんなのです?話が見えません」

「お前の妻、ミッシェルは帝国を敵に回したのだ。寄りにも寄って…次期皇帝になる可能性のある継承者の身内を手にかけようとなどと…王族としてこれはもう庇いきれない」


「離しなさい!わたくしは王子妃よ!こんな扱いが許され――きゃぁっ!」

話の途中、ロランドと共に部屋に入ってきたミッシェルは捕縛されたままロランドによって床に転がされた。肌には一切傷はないものの、身につけている衣類は「ところどころ布が肌に張り付いただけ」となっている。

ディアセーラが茶器を静かにソーサーごとテーブルに戻した。

「わたくしの娘婿はキングル伯爵家のトレッド殿と言うのだけれどご存じよね?この国との縁が出来たと喜んでいたら、そこの妹、先に姉の方が貴方に大変いただいたのだとか?」

「か、彼女とは…円満に…」

「円満?そうかしら?最近になって、その夫に様子を伺うような恥知らずもしない言動を繰り返していたのではなくて?」

「それは…ただ知りたいと。ですが彼女はマジョリーではな――ヒッ!」

アレックスの喉仏に嫌な痛みがチクリと走る。
ロランドがアレックスの喉に剣を添わせ、動いた喉仏が剣に触れた。

「殿下、一言だけ。口は禍の元です」

アレックスは息を飲み込む事も出来ない。体を真後ろに引いて剣と距離を取るとロランドは剣を鞘におさめた。

「その上、妻の嫉妬?羨ましいわ。嫉妬するほど仲がいいと言いますもの」

「リーフ夫人、喧嘩するほど…ですよ」


第一王子が苦笑しながら声を挟んだ。


「喧嘩するのも嫉妬するのも大変結構。でもね?娘のセレイナのお腹にはトレッド殿の子供がいるのよ。その子供から見て叔母に当たる姉、そして妹。特に妹のエルローザちゃん。誘拐なんかしてくれちゃって。存在を抹消したいのかしら?若気の至りでは流せない案件よ?」

「私は知りません!私は何もしていない!」

「貴方が知っているか、していないのか。論点はそこじゃないの。妻となった女がした事を夫の貴方がどう責任を取るか。それを聞いてるのよ?」


アレックスは転がったミッシェルに駆け寄った。
ミッシェルは「聞いてない」「知らなかった」と繰り返す。

背を向けたままディアセーラは国王に微笑みながら告げた。

「聞いてない、知らない。仮にも王族が言う言葉ではないわね?」

後でアレックスは唇を噛み締めた。
結婚をしたのは昨日。その日は結婚をした時刻ではなく、日付として認定をされる。
だから翌年からは時計の針が日付を跨いだ時点でお祭りが開始されるのだ。

何もしなくていいとは言ったが、教育程度はしていると考えていた。寄りにも寄ってとんでもない事をしてくれていたミッシェルを睨みつけるがミッシェルはアレックスから顔を背けた。

「でもね?帝国としてはそれも止む無しと、先程国王陛下と手を打ったところ。この国には救世主がいて民の希望となっているそうじゃない。その救世主が昨日から貴方の妃。これはもう2人で手を携えて良い国を作って頂かねばならないわよね?邪魔はしない。干渉もしない。それが帝国が望む罰よ」


ふとアレックスは気になった。
ならば兄は何の、どこの王になるというのだと。
兄の顔を見ると、満面の笑みを返してくれた。
その微笑みはアレックスの心を冷やしていくのは何故だろうか。

「奇遇にも私が統べる国にもこの国で言う救世主?はいてね。既に色々とこの先を見据えて話を進めているんだ」

「兄上にも…?まさかっ!!」

アレックスは後ろに立っているロランドを振り返った。
ロランドは視線を少しだけ下ろしたが直ぐに正面を向いた。

「この国にいたら、お前の元婚約者のマジョリー嬢は一生を飼い殺しになっただろうね。私の国には救世主というのは存在しないんだ。ただ、視点の違うプランを提案してくれる者。そういう扱いだ。誰だって最初から完璧なものは提案できない。大筋を提議してくれることで周りが肉付けをして運用しながら軌道修正して行けばいいと考えているんだ」

はくはくと口は動くものの、息をする事を忘れたアレックスは蒼白になって行く。
第一王子は満足げに頷くと、テレンスが言葉を継いだ。


「そもそもで救世主は予言などをした者はいない。それまでになかった考え方や知恵を授ける者と言う位置づけだ。文献にしっかり目を通していないお前は知らなかっただろう。救世主の誰一人完全な案を出した者はいない。異世界の生活で覚えている事を伝える。

お前と兄上の選んだ救世主は「予言」はするが言いっ放しだ。どうすればいいか、どんな行動を取ればいいか。そんな事は一言も言わない。何故か?言えないからさ。
本当の救世主であれば、洪水になるというのなら、洪水そのものを止める策と同時に被害が最小限で済むような案を出す。それが間に合わなくても今度は実際に起きた事例を加味して検討する。そう言うものだ」


「だからっ!東の区画の予言に基づいて私は対策を!!」

「民衆にごり押しをしたよな?ちなみにマリィなら幾つかの案を言っていたぞ?」

「マリィ?それが‥彼女の…」

「後ろで今にも剣が振り下ろされそうだからそれ以上は言うな」


テレンスはミッシェルの予言にでた洪水を例にしてアレックスに聞かせた。

マリィはいつ起こるか判らない災害には常日頃から備えが必要だと言った。

その上で時間的に余裕がないなら上に逃げる、つまり上階に逃げる。

時間的余裕が少しあるなら川、そして排水溝の掃除をする。受け入れられる容量を確保するためだ。その上で流入する水と放流する水のバランスを調整。同時に家財道具を上階に移す。

かなり時間があるのなら水路で繋がった王都の構造を見て水を引き入れる川そのものを別の地点に支流をつくり分流させる…と言った。


「昔、利根川という川の流れも河口の位置も変えた将軍がいます。信濃川や中ノ口川の治水に大河津分水路という。人工的な河を作って田畑への水の供給の制御と水量が増えた時の流入量を制限していたりします。洗堰と可動堰の2つの堰で制御するって…社会科で習ったかな」

時間に余裕があればあるほどマリィの言葉は曖昧になる。それは専門家ではないからだ。専門家ではないが見た事があるのは強みである。完成系を落書きのような絵でも示す事が出来るからだ。



「では、そのマリィをこの国の救世主として!」

「バカな事を。マリィは救世主でも何でもない。風変わりな事を提案する者だ。それにお前には立派な救世主がいるじゃないか。当面の間、民衆の移住については審査をして受け入れるかどうか決めるが、期間は設ける。でもお前と救世主のいる花畑のような国は‥‥残る者もいるだろう。領地の切り売りも今なら検討すると貴族には伝えてある。侵略されて無くなるよりマシだろうからな」


床に転がるミッシェル、ソファから立ち上がる事も出来ない両親。
そしてアレックスを残し、兄の第一王子、叔父のテレンス、リーフ子爵夫人は部屋から出て行った。

その姿を追うように数人の従者がそれぞれを交互に見て、廊下に飛び出して行く。
アレックスはそれまで自分に仕えていた者達が走り去るのを見送るしかなかった。


――まともな思考を持っていれば、残るという選択肢は消えるのか――





ピーアス王国が地図の上から名前を消すのに時間はかからない。
アレックスが即位し、たった2年でピーアス王国は滅亡をしたのである。

アレックスに玉座を譲った国王は、王妃と隣国の別荘に蟄居するため王宮を出た。

「いいか?国王と言うものは他者に甘える事は考えるな」

事実上の親子の絶縁である。

アレックスは即位をすると税率をそれまでの3倍に引き上げ、歯向かう者は次々に投獄した。ミッシェルは「予言」として各家に「宝飾品などを差し出さねば災いが起きる」と乗り込み、兵士達と強奪のような徴収を繰り返した。

その結果、最後までアレックスとミッシェルの統治する国に残ったのは、破落戸のような荒くれ者と働かなくても「炊き出し」がある事に甘んじて来た民衆だった。


ミッシェルの予言は毎日アレックスにミッシェルが告げにくる。

「ねぇっ…来週は夜会にブルーサファイヤって出てるのよ」

だが、アレックスはその言葉を聞き流すだけだった。


残った私財を行商の商人に売り払いアレックスは逃げようとした。

「1人だけ逃げようって甘いわ」

馬車の中にはミッシェルが宝飾品の詰まったカバンを抱えて待っていた。
それだけあれば隣国で当面暮らせる。アレックスは御者席に座ると馬車を走らせた。

しかし甘くはない。王宮から出て行く馬車を物乞いが囲んだ。

「ほら!俺の言った通りだ!そろそろお貴族さんの馬車が通るって予言しただろう!」
「お前~。その予言、ここ半年毎日じゃねぇか!」


襤褸を纏った者達に囲まれ、一人がアレックスにやんわりと声を掛けた。

「何処に行くんだい?何か食べ物を置いて行ってくれよ」

置いて行けと言いながらも馬車の屋根に積んだ食料や衣類を先を争って奪い合う者達。ミッシェルは馬車の奥で宝飾品を抱えて震えているが、誰もミッシェルのカバンを奪おうとはしない。宝飾品を売るにも買ってくれる店はないし、宝飾品では満福にはならないからだ。

下手に群れの中に手を出せば負傷してしまうため何もなくなるまで見ている事しか出来ない。そんな中、戦利品を抱えて歩く男にアレックスは声を掛けた。

「こんな…人の物を奪ってお前たちは幸せなのか?」

男は前歯に2本しかない顔をニマっと綻ばせて、フガフガ答えを返した。

「それなりに大変だが救世主がいるから幸せだ」

逃げ出すための馬車も壊され、逃げる事も出来ない。
隣国の使者が宣戦布告を告げに来た時、アレックスとミッシェルはその場で降伏した。そうしなければ、もうミッシェルの宝飾品も流れの商人に売り尽くして食べる物もなかったからである。
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