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12:☆家族ってイイナ

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「家族に会ってみるかい?」


テレンスさんが午後のお茶の時間に私、エリーに聞きます。

「家族」って何だろう?今までいた事がないので思うところが何もないのです。
施設の先生を「お母さん」と呼んだら「違うでしょう?先生。先生でしょう?」と否定をされてしまった経験はあります。参観日にもクラスメイトのように教室の後ろや廊下を気にした事もありません。

そういえば困った事はありました。「父の日」「母の日」に似顔絵を描いて贈るという図画の授業でした。敬老の日は施設長が「私を描いてくれると嬉しいな」と言ったので毎回描いたのですが、父の日、母の日は困りました。
何も描けなくて真っ白の画用紙を見つめて授業の時間が終わるのをただ待った記憶があります。

施設でも時々親が面会に来る子や不定期に親元に帰る子もいました。
私のように迎えに来る事も面会すらもない子もいました。

高校を卒業し、施設を出る時に夜逃げはしちゃったけど会社の社長夫婦は「親だと思って」と言ったけれど夕食を一緒に取る事もなかったし、最近では給料日に「少し貸してくれない?」と頼まれた事も。

「親代わりなんだし、親子ならどこでもしてることよ?」

社長の奥さんはそう言ったけれど、否定するだけの知識がある訳でもなかったですし、結局貸したままになって…あ、腹が立って来ました。

だけど体はマジョリーさんのもの。
きっとマジョリーさんの家族なら会いたいって思っているのかも。
ううん、中身が違うから娘を返せって叱られるかも知れません。


「急がなくていいんだ。気にしなくていい」
「いえ、でもマジョリーさんのご家族は何と仰っているのですか?」
「ふふっ。そりゃもう…早く会いたいと首を長くしているよ」
「だけど、私は…マジョリーさんじゃないので、がっかりするんじゃないでしょうか」
「しないと思うよ?私の親友はね。そんな小さい男じゃない。勿論その家族も」


逃げていても仕方がないと思いました。
仕事だって、ややこしそうな事、面倒な事、時間のかかりそうな物から先に片付けると後が楽でしたし、同系列で考えて良いとは思いませんが、逃げていてもいずれは会わねばならないのですから。


「会います。マジョリーさんのご家族に…会います」
「無理はしていないか?躊躇する気持ちがあるなら彼らは何時までも待つと言っている。焦らなくていいんだ」
「会います。大丈夫です」
「そうか。では日程を調整しよう」


テレンスさんはお父さんというほど年齢は離れていないのですが、少し年のあいた兄のような気がしました。



この世界に来て1か月。テレンスさんに「ご家族と会う」と伝えて5日後。
扉が開くと、女性が私を見るなり駆け寄ってきてギューギューに抱きしめられます。

「グエッ…く、苦しい…」
「マジョリー!良かった…会いたくて毎晩貴女の夢を見るくらいだったの」
「ぞ、ぞれば‥ども…ぐるじぃ‥」

「母上、マジョリーの顔が青白くなっていますよ!!」

あら?かなり年下の男の子に助けられました。
とても可愛いのですが、トレッドさんと言ってお兄さんなのだそうです。
すっかりマジョリーさんの年齢を忘れておりました。

「ズルいわ!私が先だって言ったのに!お姉ちゃんっ!!」

今度はこれまた可愛いオレンジの髪をした女の子に抱きしめられます。

「会いたかった。これでローザの事は覚えたでしょう?これからいっぱい一緒に買い物に行ったり、お茶したり、劇も観に行こう!」

ローザと名乗る女の子に抱きしめられながら、最後に大人の男性が号泣しながら2人まとめて抱きしめてきます。

「会ってくれてありがとう。忘れてしまっていたっていい。嫌われているのかと毎日神に懺悔をしたよ」

――いえ、知らない人を嫌ったりしませんから――

聞けば、マジョリーさんは国を挙げての大捜索が行われていたのだとか。
VIPだったようです。考えていたより「救世主」というのは国にとっての重要人物のようでした。


「エリーという名を貰ったそうだね」
「あ、貸してもらっているんです。名前を思い出せなくて」
「いいのよ?出来れば…なんだけどマジョリーって名前も使ってくれ――」
「メリーア!」
「ご、ごめんなさい…意地悪をするつもりはなかったの」

そうですよね。ご家族にとっては、中身がどうであれ、知っている髪色とは違っていても、この体はマジョリーさん。凄く愛されていたのがよく判ります。

だって、今も両手はお母さん?のメリーアさんと妹のエルローザさんに握られっ放しですし、お兄さんのトレッドさんはソファに座った私の後ろで「いい子、いい子」するように頭を撫でていますし、お父さん?のクロフォードさんは目の前に跪いて号泣しながら微笑んでます。

そして部屋の隅に積み上げられていく荷物。
マジョリーさんが困らないようにと化粧品やドレス、普段着に刺繍セット。
今、王都で若い女の子たちに流行っているというリリアンセットを見た時は、ものすごく見覚えがあってくらくらしました。エッグっちは無いようです。ちょっと残念。


「お姉ちゃん。これローザとお揃い。あ、お母様もお揃いなの」

そう言って手首につけてくれたのは「ミサンガ」
そのままプチっと切れると願い事が叶うというあのミサンガ!テレンスさんから預かったままのブレスレットをしている逆の手首にはお揃いのミサンガ。

「これは私とトレッドからだ。メリーアとローザに聞いて幾つか作ってみた」

クロフォードさんが取り出したのはウィッグ。

何故だろうと思えば、この銀髪は目立ちすぎるのだそうです。
お出かけをしなかった、いえ、したいとは思わなかったので自宅警備員をしていただけなのですが、ウィッグを手に取るとローザさんの目がキラッキラに光ります。

「これでお出かけできるね。一緒に行ける!」


私はキングル伯爵家にはまだ帰れないのだそうです。
何故だと問えば、「警備に不安がある」と言います。

――アルソ●クかセ●ムをお勧めします――

それなら夜中に発報しても警棒をもって機動隊のような恰好をした武道有段者のお兄さんが駆け付けてくれますよ?問題点と言えばレベルに応じてですが、Gが這っただけで作動する事もあるので夜中に何度も起こされる事があると…誰かが言ってました。あら…イトムラ君遺留●査になっちゃった。


テレンスさんが言うには、間もなく「救世主」の認定が変更されるのだとか。

――そんなに簡単に変更できちゃうんだ――

ですが、それまでは出来るだけ「人目につかないように」と言われます。


毎日ではありませんが、マジョリーさんの家族がこの屋敷に来てくださるのだとか。
話が合いそうなのは年齢的にメリーアさんですが、ローザさんのキラッキラな瞳を無碍にすることも出来ません。


「ここに来る時は裏口から納品業者に変装して来るの!探検隊みたいで楽しみだわ」


若いっていいな。
でも探検隊は川口隊長がいないとアナコンダとは戦えないのよ?
あれ?戦ったかしら?ピラニアに指を噛まれてたとは思ったけれど。


帰り際、今度は呼吸困難とは無縁の抱擁を家族と交わします。

「私達は家族だ。だからいつでも頼って欲しい」
「そうよ?あなたは何があっても私達の娘なの」
「お前はいつも我慢するからな。もうこの機会に我慢はやめるんだぞ?」
「お姉ちゃん。ローザは何時だってお姉ちゃんが一番好き!」

エリーという貸してもらった名前を使い続けてもいいとクロフォードさんは仰います。
マジョリーと言う名を使ってもいいのかまだ迷いがあると答えましたが、「それでもいいよ」と言ってくれたのです。「だって家族だから絆がそれで無くなるわけじゃない」とも。

馬車が動き出し、門道を駆けていきます。小さくなっても横側に飛び出ているのはローザさん。ずっと私に向かって手を振ってくれているのです。

そっと私の肩に手を置いたテレンスさんが言いました。

「いい家族だね」
「はい」
「風が出てきた。もう入ろうか」
「いいえ。もう少し。馬車が見えなくなるまで」

馬車が走り出した時、胸元までしか上げられなかった手を私は大きく振ったのです。何故かそうしたいと思ったのです。
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