上 下
31 / 35

VOL:27  出せない手紙

しおりを挟む
グラウペルが目を覚ましたのは翌日の昼だった。

「お目覚めで御座いますか?軽く清拭し寝間着に着替えさせて頂きますのでお待ちください。その後侍医様にも診て頂きます」

声を掛けてきたのはパウゼン侯爵家の使用人だった。

(あぁ、倒れたんだった)

朧げな記憶ながら、はっきりと覚えているのはレイニーの愛称を思い切って口にしたところまで。その先は途切れ途切れになるが、レイニーが「重い~」と唸りながらグラウペルを客間に運んでくれた。

その後はレイニーが薬湯を飲ませてくれて、脇と膝、首回りに少し絞りが甘いが冷たいタオルをあててくれた。

部屋が暗かった気がするので使用人が来るまでレイニーが世話をしてくれたのだろう。
的確な熱の下げ方は夜間は1人になる事が通常のレイニーがそうしていたからかも知れない、いやそんな時は使用人がいたかも知れないが経験からだろう。

「起きないでくださいね。騎士団には連絡もしてあります。数日は休むようにと言付かっております」
「ありがとう・・・あの・・・」
「お嬢様でしたら今はお休み中なのでお声がけは遠慮して頂けると助かります」


やはりレイニーが夜通し看病をしてくれたのだろう。
食べられるならと出されたパン粥もぺろりと平らげる事が出来たし、もう熱も引いている。日頃の鍛錬もあるだろうが、やはり水を被るのは失敗だった。


その後は着替えをしてパウゼン侯爵家の侍医の診察を受けていると父である国王の使いが来ていると告げられた。

そう言えば宮の使用人には告げていたが国王には何も言っていなかった事を思い出した。

(1つ出来れば他の事が御座なりになってしまうな…)

寒くないようにと陽の有る時間帯なのに暖炉に火も入っている。
1つの行動が周りに迷惑をかけてしまっている事にグラウペルは自分が情けなくてうつ伏せになり、枕に顔を埋めた。


「殿下、旦那様からの言伝も御座いますが」

使用人の言葉にクルリと反転。グラウペルは上半身を起こすが、即座にその肩に上着が掛けられた。

「冷やすのは良くないとお嬢様からのめいで御座いますので失礼いたします」
「ありがとう。で?侯爵はなんと?」
「仲良きことは美しきかな。で御座います」
「そうか。侯爵に謝辞を。心遣い痛み入ると伝えて欲しい」
「畏まりました」

父の国王からはレイニーの屋敷に住まうのなら宮を王太子の息子にという言葉。
いずれはその日が来ると判ってはいたが、レイニー用に用意した部屋に荷があるのでどうするかというもの。

一切手付かずの荷。そうなったのもグラウペルの言葉が原因だが、ここに運び入れるのもレイニーがどう思うかだが、悩む事も無かった。

夕食はレイニーと一緒に取ることが出来たので、問うてみた。

「要りませんので処分して頂ければ。使用人さんで欲しい方がいれば自己責任で持ち帰り頂くのが一番安上がりですわね」

「宝飾品やドレスもあるんだがどうする?」

「買い取りに出して頂き、宮も改装費が多少なりとも必要でしょうので充てて頂ければ。わざわざ民の血税から予算を割り振らなくても、そこにあるものでペイ出来たほうが合理的です」

「本当に物欲はないんだな」

「まぁ…こう言っては何ですけども価格のついているもので買おうと思って買えない物は有りませんので。お爺様も私を想って買い揃えたのでしょうけど・・・以前も申しましたが体は1つしかないのに住む場所が幾つもあっても仕方ありません」


育った環境もだが、それまで人の顔色を伺っていたレイニー。
元々物欲も薄い方で捨てる事に目覚めてからは最小限を追及してしまっている。

グラウペルもここに持ち込むものは最小限で良いと、宮にあるものを処分しようと考えていた。

「騎士団から10日ほど休みを貰っているんだが、4日後ではなく明日でも買い物はどうだろうか」
「病み上がりですよ?そう言う時こそ大事を取るものです」
「それなりに鍛えているからね。行軍中は熱が下がれば――」
「ここは軍隊ではありません。夜間は私1人なので昨夜のような事は困るのです」
「そうだな。軽率だった。では予定通りに。4日後までには完全復活するように努める」
「是非そうなさって。ですが買い物は予定を伸ばします。4日後に侍医ももう一度診察と言っておりましたので」
「そうだな・・・承知した」


ショボンとしたグラウペルにレイニーは声を掛けるのも忘れない。

「行かない訳ではありません。体が優先なだけです」
「うんっ!」

我ながら単純だとグラウペルは思うが、中止になった訳ではない事が嬉しかった。




そうしているうちにもレイニーの屋敷は改修工事も進み、家屋としての部分は小さくなっていく。解体の時は大きな音がすると言われてはいたが、桁梁を落とした時は大きな音がして何ごとかとグラウペルも飛び上がった。

「仕事が早いな・・・1週間やそこらでここまで壊すんだな」
「造る時は時間がかかるもの。壊すのは一瞬です。信頼と同じですから」
「そうだな・・・肝に銘じておくことにするよ」


すっかり回復をしているのに「大事を取れ」とレイニーが言うのも健康管理は自己責任。流感を貰ってしまうのは不可抗力なので誰も咎めないが、無理をする事で他者に感染うつしてしまう事もある。
きちんと治す事は自分の為ではなく一緒に働く同僚のため、同居人の為でもある。

当たり前のことが騎士団でも出来ていない現実をグラウペルは実感する事も出来た。

(本当に教えられる事ばかりだな)

数日屋敷に居て、ウロウロするとレイニーの生態も垣間見ることができる。
物欲が薄いと言ってはいたが、何かをする度に全力なのだ。他の令嬢のように流行を追うバイタリティーを別の事に使っているだけというのもグラウペルは感じた。

次期当主というのは他家でも重責だけれど、レイニーの場合はパウゼン侯爵家という他家とは比べ物にならない領民の人生も背負う事になる。

本当に金で解決できる事など問題にもならないと現パウゼン侯爵が言う通りなのだ。

窓から見える小さな菜園で庭師と共に人参を引き抜き、ドテンと尻もちをついて満面の笑みのレイニーと、キャロルとじゃれ合うレイニー。昨日は本宅の執務に行くと同行させてもらったが、真剣な顔で執務を行うレイニーと色々なレイニーを見てグラウペルは父の国王に手紙を書いた。

【臣籍降下の日を早めて欲しい】

しかし、文字にしてグシャっと丸め、また同じ文字を書いて丸める。
ゴミ箱に捨てるのではなく、それらを暖炉に放り込んで灰にした。

「自分だけで決めちゃだめだ。相談をしないと」

相談の相手は国王ではない。グラウペルは臣籍降下が最初から決められている王子なので今の段階では成婚したらという日数を消化するだけの日々。

相談をするのはレイニー。

今はレイニーの情に縋って甘えている。
もう間違えてはいけないと明日の「買い物デート」でグラウペルはレイニーに相談しようと決めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

お飾り王妃の受難〜陛下からの溺愛?!ちょっと意味がわからないのですが〜

湊未来
恋愛
 王に見捨てられた王妃。それが、貴族社会の認識だった。  二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。そんな二人の様子に王妃ティアナは、いつしか『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。  そんな中、暗躍する貴族達。彼らの行動は徐々にエスカレートして行き、王妃が参加する夜会であろうとお構いなしに娘を王に、けしかける。  王の周りに沢山の美しい蝶が群がる様子を見つめ、ティアナは考えていた。 『よっしゃ‼︎ お飾り王妃なら、何したって良いわよね。だって、私の存在は空気みたいなものだから………』  1年後……  王宮で働く侍女達の間で囁かれるある噂。 『王妃の間には恋のキューピッドがいる』  王妃付き侍女の間に届けられる大量の手紙を前に侍女頭は頭を抱えていた。 「ティアナ様!この手紙の山どうするんですか⁈ 流石に、さばききれませんよ‼︎」 「まぁまぁ。そんなに怒らないの。皆様、色々とお悩みがあるようだし、昔も今も恋愛事は有益な情報を得る糧よ。あと、ここでは王妃ティアナではなく新人侍女ティナでしょ」 ……あら?   この筆跡、陛下のものではなくって?  まさかね……  一通の手紙から始まる恋物語。いや、違う……  お飾り王妃による無自覚プチざまぁが始まる。  愛しい王妃を前にすると無口になってしまう王と、お飾り王妃と勘違いしたティアナのすれ違いラブコメディ&ミステリー

好きな人と友人が付き合い始め、しかも嫌われたのですが

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
ナターシャは以前から恋の相談をしていた友人が、自分の想い人ディーンと秘かに付き合うようになっていてショックを受ける。しかし諦めて二人の恋を応援しようと決める。だがディーンから「二度と僕達に話しかけないでくれ」とまで言われ、嫌われていたことにまたまたショック。どうしてこんなに嫌われてしまったのか?卒業パーティーのパートナーも決まっていないし、どうしたらいいの?

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

私は記憶を2度失った?

しゃーりん
恋愛
街で娘と買い物をしていると、知らない男にいきなり頬を叩かれた。 どうやら私の婚約者だったらしいけど、私は2年間記憶を失っているためわからない。 勝手に罵って去って行った男に聞きたかったのに。「私は誰ですか?」って。 少しして、私が誰かを知る人たちが迎えに来た。伯爵令嬢だった。 伯爵家を訪れた直後に妊娠していることが判明した。え?身に覚えはないのに? 失った記憶に何度も悩まされる令嬢のお話です。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。

ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。 即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。 そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。 国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。 ⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎ ※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい

風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」 顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。 裏表のあるの妹のお世話はもううんざり! 側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ! そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて―― それって側妃がやることじゃないでしょう!? ※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。

処理中です...