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VOL:7の1   急転直下の伯爵家②の①

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パウゼン侯爵家の従者が来たとの知らせにフェリッツの兄エルヴァンは「なんだろう?」と思いつつサロンに招き入れるように指示をした。

圧倒的な力関係があり、従者に対しても不手際が許されない。
茶葉にもランクがあるが、王族も御用達の茶はパウゼン侯爵が訪れた時用。従者には次のランクの茶を振舞う。

天候の不順があって大不作の年でもそれらが買えるのはパウゼン侯爵家の融資があるからに他ならない。弟のフェリッツは恵まれているとこの13年間思わなかった日はない。
出生順が違えば自分がフェリッツの立場だったと思うと悔しくて眠れなかった日もある。


しかし、今月分の融資は遅れる事も無く2週間前に届いているのに何があったのだろうかと首を傾げながらサロンに出向いてみると、茶には手を付けず、着席もしていない従者に違和感を感じ胸の奥がゾワゾワと騒めいた。

「ようこそ、どうぞお掛けください。本日はどのようなご用件で?」
「主より書簡を預かって参りました」

差し出された書簡は外観はいつもと変わらない。
紐を解き、中を改めるが全てを読む必要はない。冒頭に書かれている「婚約破棄について」といきなりの直球に息の仕方すら忘れてしまった。

従者は中身を知っているのだろう。だから着席も固辞する。
立ったままで「私はこれで」とエルヴァンに背を向けた。

「おまっ!お待ちくださいッ!」

やっと声が出たが、こんどは足が縺れて右足と左足が同時に出てしまい盛大に床に転がった。ヘゼル伯爵家の使用人が慌てて駆け寄るが、起き上がろうにも足に力は入らないし、腕を掴んでもらってもずるりとその場に崩れ落ちてしまう。

エルヴァンの頭の中は何を考えているのかすら解らないくらいに色んな考えが縦横無尽に走り回る。


「内容は書簡に書かれております。私は返事も持ち帰る必要はないと伺っておりますので」

従者は・・・にべもない。
これはもう決定事項で何を足掻いたところで覆らないということ。

直ぐに私財を金にしようかとも考えたが、相手はパウゼン侯爵家。
細々と営んでいる買取店すら買取を拒否されるのは火を見るよりも明らか。

王家よりも力のある家だからこそ、何の憂いも無く生活が出来て社交界でも常に輪の中心に要られたのに、たった1通の書簡を受け取った瞬間に全てを失った。

従者は振り返る事も無くサロンを出て行き、残されたエルヴァンはブルブルと震える手でまだ目にしていない文字をその目に映した。
エルヴァンを支える従者も一緒にその文字を読もうとするのだが、エルヴァンの手の震えは常軌を逸脱するほど大きく揺れてインクの黒い塊が上下左右に動き回る。

「旦那様、しっかりなさってください!」
「わひゃ‥わひゃてる」

呂律も回らなくなり「判っている」と言っているのだろうと推測を付けて従者はエルヴァンの手を握った。

「不貞?!」

たった一言だけ従者は声を出したが、エルヴァンはビクンと体を跳ねさせると白目を剥いて失神した。従者達は書簡の文字を我先にと読み始めた。

ご丁寧に「音読」する従者がいて部屋の中にいるメイドも護衛騎士と顔を見合わせる。そこからは早かった。使用人の数人が屋敷にいる使用人を呼びに走り、非番の使用人の家にも知らせが走る。

1時間もしないうちに使用人達は「給料と退職金に見合う分」の絵画や調度品、食器、置物などを袋に入れると「お元気で」と言い残して屋敷を出て行く。

夫人の叫び声と生まれたばかりの赤子の声が屋敷に響き渡るが使用人達の動きは止まらない。

再就職をしようにも「紹介状」があるとないとでは雲泥の差があるが、それでもヘゼル伯爵家の紹介状など持っていたら場末の飲み屋ですら雇ってはくれないだろう。



嵐の過ぎ去った後というのは、綺麗さっぱり物が無くなっているのではなくそこかしこに色んなものが散らばっているのだなと窓から吹いてくる風に目を覚ましたエルヴァンはようよう自分の体を起こすとへたり込んだまま茫然と部屋を見つめた。

窓から風が吹いてくるのは、窓が取り外されたからで海の向こうの国から取り寄せた夫人お気に入りのカーテンも絨毯もそこにはなかった。

窓が無くなり開口部となった空間の向こうには、あったはずの装飾付きの手摺すらなくなっている。

「どうなっていますの!?使用人がわたくしの宝飾品やドレスを!!」

怒鳴りながら駆け込んできた夫人は「邪魔です」とすごい剣幕で使用人に凄まれて腰を抜かし、壁伝いにサロンにやって来たがサロンの有様を見て「%#&$▽?!」声にならない叫び声をあげて真後ろに卒倒した。
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