上 下
35 / 49

第35話   とてつもない贈り物

しおりを挟む
王都に戻ったイリス達一行が先ず向かったのは国王の離宮だった。

レント侯爵の従者と王家の従者が天然温泉の宿にやって来たのは水の取水を宿屋の主と話し終わった時だった。

「陛下にお会いするような服がありません」イリスは固辞したが領地から戻る途中に立ち寄って欲しいのは王家の意向。是が非でもと言われれば断ることは出来なかった。

離宮のある場所は天然温泉宿の比較的近くにある。
わざわざ国王と王妃がここまで出向いたとなれば…。

――もしかして何かやっちゃった?処刑されるの?――


イリスの脳内にはカラスが「カァーカァー」と飛んで行く。

――こんな時にカラスって…私ぃ!――



導かれるままに案内された離宮は落ちついた宮で華々しさがない。
庭木の手入れがされていなければ外壁にはツタが這っていて一見すれば廃屋にすら見えてしまう。

イリスや調査員の乗った馬車がアプローチに並んで停車をすると国王と王妃が出迎えに出てきた。


――嘘でしょ…王弟殿下が一発目だった時の衝撃以上だわ――

「疲れているところ、申し訳ない」
「身に余るお言葉で御座います。国王陛下、王妃殿下には――」
「そう言うのは無しだ。ここは見ての通り寂れた場だ。非公式の場では私達もただの老人だ」
「そんなっ!!」
「今日はイリス殿、そして…同行した調査員の皆に受け取って欲しいものがあってね」

何だろうと全員が顔を見合わせる。
「さぁさぁ」と離宮の中に招き入れられると内装は外観とは全く違うモダンなものだった。

「孫の王女に言われてギャップ萌えと言うのを狙ったら違うと言われてね。あはは」

――あはは…って…陛下ってただのお爺ちゃんじゃん――

「ここは昔大広間だった部屋でね」そう言いながら国王が自ら扉を開けるとイリスも調査員も「あっ!」口を開けたままそれ以上声が出なかった。

「急ぎ改修させたからまだ途中なんだが、ここで羽毛製品の仕立てが出来るかと思ってね」

最新型のミシンが30台。整然と並んでいた。

「うわぁ…ミシン!!これ最新型ですよね?領地でチラシは見たんです」
「そうよ。ミシンは私からのプレゼント。紡糸機は15台。遅れて届くわ」
「紡糸機もですか?!」


縫製をするミシンだけではなく羊毛や綿花を糸にする紡糸機まで揃えてくれるとは。

――これって夢かしら――

イリスはアリスに言った。

「アリス、足の小指を踏んでくれない?」
「はぁっ?そう言うのは頬を抓るんじゃないんですかぁ?」
「抓るだけだけじゃ目が覚めそうにないの」
「なら適任者がいます。サイモンさんっ!」
「え?俺?足の小指が粉砕するよ」
「そこまで強く踏んで欲しいとは言ってないわ」

アリスは思う。
「歩けないだろうから僕がお姫様抱っこするよくらい言いなさいよ!」と。



離宮は1階の東半分が採取した羽毛や羊毛、綿花を洗浄し、種別や状態ごとに選り分ける選別室に保管庫、縫製室に針が残っていないかなどを調べる点検室。天然温泉宿と近いので洗浄用に湯を引いて配管をするにも問題のない距離だった。

西半分がワインを含め発行熟成させる食品や飲料の研究所になっていた。そちらには地下室もあるが温泉の出る場所が近いため、地下でも温かい。ワインは保管と言うよりも赤ワインを発酵させるための部屋である。

キノコ菌などを培養する部屋はワインなどに必要な酵母と一緒にならないように離れになっていた。

建物の2階、3階には上階なのに不浄や湯殿もあり泊りの勤務も出来る。

「乗合駆動車のお礼に無償で貸し出そうと思ってね。ホントに王弟が五月蠅くてなぁ。爵位の方がよければ爵位でも構わないが自社物件のようなものがあれば研究費などに回せるだろう?使っていない宮もこうやって使ってもらえると有難い」

乗合駆動車や貸出駆動車は本当に思いつきだったので、御礼も全く考えていなかった。

レント侯爵も「こちらの方が通勤距離ゼロだから住んでもいいのでは?」と食事については連家から料理人を回してくれると言う。

「あれ?では別棟はどうされるんです?」
「それなんだが‥‥あの娘が間もなく出産でね。子供には罪もないし捨て置くのもどうかと思ってね」

レント侯爵家に戻る前にイリスをここに呼んだ理由、それがメアリーの出産が近いと言う事に他ならなかった。

レント侯爵としては使用人達の証言などから腹の子の父親は十中八九ライモンドだとしても、第三者から見ればラジェットも十分に怪しい。

――ならなんで家に置いたのよ!ポイ!すれば良かったのよ――

と、イリスは思うがレント侯爵夫妻の想いは想像の斜め上にあった。

「正直妊娠と出産は予定外だったんだが、ラッセルはもう廃籍してくれと言って来たし、イリスにはこのままラジェットと別居婚を続けて欲しいんだ。アリス以外の14人もこちらに回すようにしている。我々にはどうしても婚姻歴の3年。最低限でかつ、相手の必要なこの制限を突破する必要があってね」

――まさかの敷地内同居を進化させた別居婚推し?!喜んでぇ!!――

どうあってもラジェットに婚姻歴を付けたいんだなぁっと思うが、どうぞ、どうぞである。

気分としてはお菓子についてくるおまけでレアものが出たのと同じ嬉しさ。
おつりで貰った紙幣の通し番号がAA777777AAのような心境。
イリスとしてはもうラジェット様、様である。

これでラジェットの顔も見なくていいのならもう「神様、ありがとう!」と毎朝教会に向かって祈りを捧げてもいいし、踊った事はないが毎晩部族の踊りを月に捧げてもいい。


――親ですもんね。親の経験はないけど判る気がする事にします!――

ここでニマっと顔は表情を取り繕えなくなっても一応、一応だ。レント侯爵もヨイショしなければならない。何でもかんでも糾弾して、やっぱやーめたは嫌すぎる。


「まぁ…ペック伯爵家が借りたお金も1回目にドーンと半分以上お返しするのももうすぐですが借金がある事には変わりないのでそれは構いません。元々3年は我慢‥‥あ、ごめんなさい」

「いいんだよ。我慢には間違いない。では3年は堪えてくれると?」

「はい。そのつもりでしたので。それに…このご縁があったからこそ駆動車の件も思いつきましたし、結果的に良い方向に転びましたが、羽毛の件も低温貯蔵の件もペック伯爵家ではどうにも出来なかった問題です。問題の解決策も見つかりましたし感謝もしているんです」

国王陛下からの褒章とあればもう受けるしかない。

ちらっと「もう返しませんよ?」と視線を向けると国王はうんうんと頷く。

――やった!いいわ!夢なら夢でずっと見られるように寝続けるまでよ!――

イリスはレント侯爵家には戻らず、そのまま元離宮となった工房で生活をする事になったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

砕けた愛は、戻らない。

豆狸
恋愛
「殿下からお前に伝言がある。もう殿下のことを見るな、とのことだ」 なろう様でも公開中です。

私はただ一度の暴言が許せない

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。 花婿が花嫁のベールを上げるまでは。 ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。 「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。 そして花嫁の父に向かって怒鳴った。 「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは! この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。 そこから始まる物語。 作者独自の世界観です。 短編予定。 のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。 話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。 楽しんでいただけると嬉しいです。 ※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。 ※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です! ※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。 ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。 今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、 ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。 よろしくお願いします。 ※9/27 番外編を公開させていただきました。 ※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。 ※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。 ※10/25 完結しました。 ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。 たくさんの方から感想をいただきました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、 今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきます。

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います

りまり
恋愛
 私の名前はアリスと言います。  伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。  母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。  その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。  でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。  毎日見る夢に出てくる方だったのです。

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます

しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。 子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。 しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。 そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。 見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。 でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。 リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

【完結】4人の令嬢とその婚約者達

cc.
恋愛
仲の良い4人の令嬢には、それぞれ幼い頃から決められた婚約者がいた。 優れた才能を持つ婚約者達は、騎士団に入り活躍をみせると、その評判は瞬く間に広まっていく。 年に、数回だけ行われる婚約者との交流も活躍すればする程、回数は減り気がつけばもう数年以上もお互い顔を合わせていなかった。 そんな中、4人の令嬢が街にお忍びで遊びに来たある日… 有名な娼館の前で話している男女数組を見かける。 真昼間から、騎士団の制服で娼館に来ているなんて… 呆れていると、そのうちの1人… いや、もう1人… あれ、あと2人も… まさかの、自分たちの婚約者であった。 貴方達が、好き勝手するならば、私達も自由に生きたい! そう決意した4人の令嬢の、我慢をやめたお話である。 *20話完結予定です。

処理中です...