32 / 49
第32話 夜も怖いがもっと怖いもの
しおりを挟む
さぁ、寝ようかとすると廊下から扉をノックする音が聞こえる。
小さな声で「ジェイ。私。夜が怖くて眠れないの。一緒に寝て」メアリーの囁く声が聞こえる。ラジェットは聞こえなかった事にして掛布に包まったがコンコンとノックの音はしばらく続く。
帰宅して2週間。帰宅した初日からずっとだ。ラジェットの心変わりなど知る由もない使用人が「いつもの事だ」と扉を開けてメアリーを部屋に入れてしまう。
使用人に注意をしてもそれまでの行いが行い。
以前はメアリーを部屋に入れなかった使用人の事を殴った事もあった。
使用人にしてみれば殴られるより「長く続いた指示」に従う方が良い。
そして以前も「メアリーが寝付くまでだから」と部屋から使用人を追い出していた。廊下の扉は開けていたのでコトに及んでいない事は知っていただろうが、夜に使用人の姿が消え、扉も閉じたのはイリスとの初夜から。
使用人達も「お好きにどうぞ」とラジェットを見限った。
その時はそんな事を思いもしなかったラジェットだったが、今になって見れば悔やむばかり。
以前と同じように部屋に入って来たメアリー。
寝たふりをするラジェットの隣に潜り込んできたメアリーはラジェットの体をまさぐり続ける。
据え膳食わぬは男の恥と言うが、生理的に受け付けない生き物となったメアリーにラジェットの男性機能は全く働かない。遂には変化のないラジェットに実力行使をして既成事実を作ろうとするメアリーを突き飛ばし、怒鳴って寝台から追い払った。
しかしメアリーは執拗に潜り込んでくる。仕方なくラジェットが寝台から出てソファで寝る日々。
冷たくすればそのうち諦める。ラジェットは思ったが甘かった。
後がない人間ほど恐ろしいものはない。
ライモンドに捨てられた。置いて行った離縁届にサインをすれば侯爵家は追い出されるし、実家に戻ろうにも夜逃げをしているので実家はない。
メアリーに帰る家はないし、今のような衣食住&娯楽に不自由しない生活が送れなくなる。
死活問題でもありメアリーは必死だった。
――おかしいわね。どうしてノってこないの?――
こんな事ならライモンドに操立てなどせずにラジェットと体の関係を持っていれば良かったと後悔するが後の祭り。
しかしメアリーには1つ勝算めいた思いがあった。
ここ3、4カ月の間、月のものがないのである。そしてパンの香りが非常に不快に感じる。
――妊娠したのかしら――
心の中では「かしら」と疑問形ではない。確信もあった。
時期としてもだが、間違いなくライモンドの子供。
それでもずっと背を向けるラジェットの背中を見て思うのだ。
――両親が同じなのよ?違いが誰に解ると言うの?――
真夜中、まだ背中に肌を寄せてくるメアリーの体温を不快に思うラジェットに恐ろしい呪詛のような言葉をメアリーが投げかけた。
「こっち向いてくれなくていいわ。聞こえてなくてもいいの。ジェイに聞こえてなくても明日、お義父様の耳にはしっかりと届けるから」
ラジェットも聞こえていない訳ではない。寝てしまって体を好き勝手されれば朝、洗顔係が来た時に取り返しがつかなくなる。眠くても舌を噛んだり爪を手のひらに食い込ませ、痛みを感じる事で眠気を飛ばしている。
メアリーの言葉に「離縁書にサインする気になったのかな」と思ったがやはりメアリー。そんな殊勝な身の引き方をする筈がなかった。
「妊娠したみたいなの」
ラジェットは全身から冷や汗が噴き出した。種が自分でない事はラジェット自身がよく知っているが声の主はメアリーなのだ。心臓が嫌な拍動を打ち始めた。
「ライの子だけど…きっとライは責任なんか取ってくれないわ。でもいいの。ジェイ…貴方がいるもの。使用人だってライの子かジェイの子かとなれば判断はつかないだろうし、生まれたってあなた達は兄弟だもの」
堪らずラジェットは飛び上がる様に起き上った。
「ふふっ。やっぱり起きてた」
「僕の子じゃない!違う!断言できる!」
「貴方の断言なんかどうでもいいの。誰が信じると?ライも言ったわ。男と女が寝室に居て何もありませんでした…信じる方が愚か者なの。でも良いのよ?私はレント侯爵家の血を引く子を間違いなく産むんだもの。父親なんてどっちでもいいの。うふふっ」
「おまっ!お前っ!!」
「仲良くしましょう?大丈夫。子供が生まれるのが先だけどジェイが離縁するのを待ってあげる♡こうなってみると貴方に媚びを売って良かったわ。今度は鼻の下を伸ばすだけ伸ばして我慢しなくていいのよ?」
その夜、メアリーは初めてラジェットが運ばなくても自分の足で寝室に戻って行った。
「うわぁぁぁーっ」
こんな恐ろしい夜があっただろうか。
寝室に1人になったラジェットは枕に顔を埋め、何度も吠えた。
小さな声で「ジェイ。私。夜が怖くて眠れないの。一緒に寝て」メアリーの囁く声が聞こえる。ラジェットは聞こえなかった事にして掛布に包まったがコンコンとノックの音はしばらく続く。
帰宅して2週間。帰宅した初日からずっとだ。ラジェットの心変わりなど知る由もない使用人が「いつもの事だ」と扉を開けてメアリーを部屋に入れてしまう。
使用人に注意をしてもそれまでの行いが行い。
以前はメアリーを部屋に入れなかった使用人の事を殴った事もあった。
使用人にしてみれば殴られるより「長く続いた指示」に従う方が良い。
そして以前も「メアリーが寝付くまでだから」と部屋から使用人を追い出していた。廊下の扉は開けていたのでコトに及んでいない事は知っていただろうが、夜に使用人の姿が消え、扉も閉じたのはイリスとの初夜から。
使用人達も「お好きにどうぞ」とラジェットを見限った。
その時はそんな事を思いもしなかったラジェットだったが、今になって見れば悔やむばかり。
以前と同じように部屋に入って来たメアリー。
寝たふりをするラジェットの隣に潜り込んできたメアリーはラジェットの体をまさぐり続ける。
据え膳食わぬは男の恥と言うが、生理的に受け付けない生き物となったメアリーにラジェットの男性機能は全く働かない。遂には変化のないラジェットに実力行使をして既成事実を作ろうとするメアリーを突き飛ばし、怒鳴って寝台から追い払った。
しかしメアリーは執拗に潜り込んでくる。仕方なくラジェットが寝台から出てソファで寝る日々。
冷たくすればそのうち諦める。ラジェットは思ったが甘かった。
後がない人間ほど恐ろしいものはない。
ライモンドに捨てられた。置いて行った離縁届にサインをすれば侯爵家は追い出されるし、実家に戻ろうにも夜逃げをしているので実家はない。
メアリーに帰る家はないし、今のような衣食住&娯楽に不自由しない生活が送れなくなる。
死活問題でもありメアリーは必死だった。
――おかしいわね。どうしてノってこないの?――
こんな事ならライモンドに操立てなどせずにラジェットと体の関係を持っていれば良かったと後悔するが後の祭り。
しかしメアリーには1つ勝算めいた思いがあった。
ここ3、4カ月の間、月のものがないのである。そしてパンの香りが非常に不快に感じる。
――妊娠したのかしら――
心の中では「かしら」と疑問形ではない。確信もあった。
時期としてもだが、間違いなくライモンドの子供。
それでもずっと背を向けるラジェットの背中を見て思うのだ。
――両親が同じなのよ?違いが誰に解ると言うの?――
真夜中、まだ背中に肌を寄せてくるメアリーの体温を不快に思うラジェットに恐ろしい呪詛のような言葉をメアリーが投げかけた。
「こっち向いてくれなくていいわ。聞こえてなくてもいいの。ジェイに聞こえてなくても明日、お義父様の耳にはしっかりと届けるから」
ラジェットも聞こえていない訳ではない。寝てしまって体を好き勝手されれば朝、洗顔係が来た時に取り返しがつかなくなる。眠くても舌を噛んだり爪を手のひらに食い込ませ、痛みを感じる事で眠気を飛ばしている。
メアリーの言葉に「離縁書にサインする気になったのかな」と思ったがやはりメアリー。そんな殊勝な身の引き方をする筈がなかった。
「妊娠したみたいなの」
ラジェットは全身から冷や汗が噴き出した。種が自分でない事はラジェット自身がよく知っているが声の主はメアリーなのだ。心臓が嫌な拍動を打ち始めた。
「ライの子だけど…きっとライは責任なんか取ってくれないわ。でもいいの。ジェイ…貴方がいるもの。使用人だってライの子かジェイの子かとなれば判断はつかないだろうし、生まれたってあなた達は兄弟だもの」
堪らずラジェットは飛び上がる様に起き上った。
「ふふっ。やっぱり起きてた」
「僕の子じゃない!違う!断言できる!」
「貴方の断言なんかどうでもいいの。誰が信じると?ライも言ったわ。男と女が寝室に居て何もありませんでした…信じる方が愚か者なの。でも良いのよ?私はレント侯爵家の血を引く子を間違いなく産むんだもの。父親なんてどっちでもいいの。うふふっ」
「おまっ!お前っ!!」
「仲良くしましょう?大丈夫。子供が生まれるのが先だけどジェイが離縁するのを待ってあげる♡こうなってみると貴方に媚びを売って良かったわ。今度は鼻の下を伸ばすだけ伸ばして我慢しなくていいのよ?」
その夜、メアリーは初めてラジェットが運ばなくても自分の足で寝室に戻って行った。
「うわぁぁぁーっ」
こんな恐ろしい夜があっただろうか。
寝室に1人になったラジェットは枕に顔を埋め、何度も吠えた。
1,381
お気に入りに追加
2,545
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
私はただ一度の暴言が許せない
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。
花婿が花嫁のベールを上げるまでは。
ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。
「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。
そして花嫁の父に向かって怒鳴った。
「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは!
この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。
そこから始まる物語。
作者独自の世界観です。
短編予定。
のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。
話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。
楽しんでいただけると嬉しいです。
※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。
※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です!
※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。
ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。
今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、
ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。
よろしくお願いします。
※9/27 番外編を公開させていただきました。
※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。
※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。
※10/25 完結しました。
ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。
たくさんの方から感想をいただきました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」
結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は……
短いお話です。
新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。
4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』
ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました
杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」
王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。
第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。
確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。
唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。
もう味方はいない。
誰への義理もない。
ならば、もうどうにでもなればいい。
アレクシアはスッと背筋を伸ばした。
そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺!
◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。
◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。
◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。
◆全8話、最終話だけ少し長めです。
恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。
◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。
◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03)
◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます!
9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!
政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います
結城芙由奈
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので
結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中
【完結】「別れようって言っただけなのに。」そう言われましてももう遅いですよ。
まりぃべる
恋愛
「俺たちもう終わりだ。別れよう。」
そう言われたので、その通りにしたまでですが何か?
自分の言葉には、責任を持たなければいけませんわよ。
☆★
感想を下さった方ありがとうございますm(__)m
とても、嬉しいです。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる