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第12話   イリスのリスクヘッジ

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この機会だ。もう最初に言っておいたほうがいい。
決意表明のように言葉にすれば後に引けなくなるので前に進むしかない。

ただ離縁するだけではダメだ。メアリーの所業を聞いた今「私は違う」と言うのを明確にしておく事で後腐れなく侯爵家を後にできる。

侯爵家にいる間に社交界で爪痕を残す事をすれば妙な噂が流れても一蹴出来ると言うものだ。


イリスはレント侯爵夫妻に「3年経ったら離縁します」とハッキリ告げた。

おおよその予想はしていたのか、「もう少し様子を見ても」と言わない所を見ると、ラジェットはもう無理だと思っている様にも見える。

ならなぜ爵位を継がせる最低限の資格になる婚姻歴を?と考えたがこのポヤポヤ夫婦は「特別扱い」をしないだけなのだろう。婚姻歴がないと言う事で後継者レースから外すのではなくスタート地点に立つ権利は3兄弟に平等に与える。ただそれだけのように思えた。

「離縁はしますが、離縁までの間、ただ指を咥えて時間が経つのを待つのも愚かです。私の計画なのですが融資して頂いたお金は3年を待たず、2年で返済をする予定です」

「なら1年余ってしまうよ」

「はい。余りますがそうでない期間も働かねば借金は返せません。なので今まで通りペック伯爵家で仕事をするのですが、お互い貸し借りなしの身軽な方が気負いもないと思うのです。2年で完済すれば1年余りますが融資がなければ手前の2年もないのです」

「確かに。で?そんな事を言い出すとすれば私達に何か頼みでもあるのかね?」

「はい」

レント侯爵家は過去の遺産が莫大で少々のことで屋台骨が揺らぐ事はない。それでも鉱山から以前ほどダイヤモンドも産出出来なくなり、近い将来完全な閉山も行わなくてはならない。

閉山は「や~めた」とすれば良いのではなく、それまでの坑道などを塞いだり、搬出路として設けた道も一部は塞いだり、利用できるものは整備もせねばならない。

何より問題は領民の生活。それまで従事してきた仕事が無くなるのだから一時は補償や配給で凌げても未来永劫続けることも出来ない。新しい産業を起こし、まだ余力のある今から行わなければならない。

先送りにしているといきなり行き詰まる。


「何をするんだい?」

「はい。ペック伯爵家は紡績業をしているのですが今回融資を受けねばならなくなった原因にホワイトアントバッタの蝗害こうがいがあるのです」

「あぁ聞いているよ。当家の領も数年かけて耕し直さねばならない」

「そこでです。鉱物を掘った後の坑道を利用して、水耕栽培やキノコ類の栽培、そしてワインの長期熟成用保存であったり、牧草などの低温保管をしてみてはどうかと思うのです」


レント侯爵は前のめりになって「それで?」を続きを促す。


「思いついたのは牧草だったんです。現在牧草は地面に直接生えている青草系か、刈り取って枯らしたモノしかありません。青草を出来るだけ鮮度の良い状態で保管できるとなれば羊毛産業が今回ほどの打撃は回避できたんじゃないかと」

「なるほどね。確かにワインなどは自然に出来た洞窟などを利用しているところもある」

「はい。湿度も気温もほぼ一定していますし風雨に晒される事もないので。レント侯爵家も地下にワインセラーがありますよね。1階や2階に使っていない部屋があっても、ワインは地下。それは地上よりも温度などが一定だからです。坑道は深く掘ったものではなく調査は必要ですが岩盤で周囲が安定しているもの、つまりより固く掘り難かった場所なら崩落や陥没の対策も簡単に済むかと思うのです」

「水耕栽培も可能だな。洗浄用に使っていた水は領民の生活用水でもある。水銀などを掘っていた訳じゃないし、あの山からは石灰も硫黄も出ないから…使えるか…ふむ」


イリスも仕事を受ける時、全てを父のオーディンや兄のブレイドルに任せていたわけではない。集金のついでに新たな受注を引っ張り出す事もしてきた。

17歳と年齢は若いが、集金は10歳になる前からしていて子供の時は相手が「子供だから判らない」と話している内容にも耳を傾け、大人たちの駆け引きを間近で何度も見て技を盗んだ。

レント侯爵の食いつき具合いはかなり良い。

――あと一押し!――

イリスはレント侯爵に「嫁いだばかりで失礼ですが」と前置きして食いついた針を更にグッサリと飲ませる作戦に出た。


「レント家は豊富な資産があります。しかしながら現在は過去ほどの収益はなく収支はトントン、若しくは出ていく方が多い年もあるかと。ニワトリは放し飼いにしておけば卵を産みますが金は金を生むのに放っておいても増えません。増やすのには何をしてもリスクはつきもの。だったら近い将来必要になる事を今、やってみませんか?失敗をしても改良し学ぶ事がある筈です。でもそれが出来るのは余力のある時だけです」

「さぁどうだ!」と言わんばかりにイリスはレント侯爵に詰め寄った。

「そうだな。何れは必要になる。あの子たちにいきなりやれと言っても他で手一杯になるだろうし…判った。やってみよう。先ずは坑道の調査だ。早速調査隊を組んで領地に向かわせよう」

――イヤッシャァァ!!――

これはまだ序の口。
レント侯爵家で牧草の低温保管が出来るようになれば羊毛も安泰!

レント侯爵家の金を食いつぶすのではなく、少しでも増やしておけば後腐れなく離縁も出来るというもの。メアリーのようにただ世話になっているだけでは離縁した時に穀潰しと言われかねない。

――これもリスクヘッジ。侯爵様、ごめんね、ごめんね~――

さて…次は綿花だとイリスの鼻が「ふふん」と膨らんだ。
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