12 / 49
第12話 イリスのリスクヘッジ
しおりを挟む
この機会だ。もう最初に言っておいたほうがいい。
決意表明のように言葉にすれば後に引けなくなるので前に進むしかない。
ただ離縁するだけではダメだ。メアリーの所業を聞いた今「私は違う」と言うのを明確にしておく事で後腐れなく侯爵家を後にできる。
侯爵家にいる間に社交界で爪痕を残す事をすれば妙な噂が流れても一蹴出来ると言うものだ。
イリスはレント侯爵夫妻に「3年経ったら離縁します」とハッキリ告げた。
おおよその予想はしていたのか、「もう少し様子を見ても」と言わない所を見ると、ラジェットはもう無理だと思っている様にも見える。
ならなぜ爵位を継がせる最低限の資格になる婚姻歴を?と考えたがこのポヤポヤ夫婦は「特別扱い」をしないだけなのだろう。婚姻歴がないと言う事で後継者レースから外すのではなくスタート地点に立つ権利は3兄弟に平等に与える。ただそれだけのように思えた。
「離縁はしますが、離縁までの間、ただ指を咥えて時間が経つのを待つのも愚かです。私の計画なのですが融資して頂いたお金は3年を待たず、2年で返済をする予定です」
「なら1年余ってしまうよ」
「はい。余りますがそうでない期間も働かねば借金は返せません。なので今まで通りペック伯爵家で仕事をするのですが、お互い貸し借りなしの身軽な方が気負いもないと思うのです。2年で完済すれば1年余りますが融資がなければ手前の2年もないのです」
「確かに。で?そんな事を言い出すとすれば私達に何か頼みでもあるのかね?」
「はい」
レント侯爵家は過去の遺産が莫大で少々のことで屋台骨が揺らぐ事はない。それでも鉱山から以前ほどダイヤモンドも産出出来なくなり、近い将来完全な閉山も行わなくてはならない。
閉山は「や~めた」とすれば良いのではなく、それまでの坑道などを塞いだり、搬出路として設けた道も一部は塞いだり、利用できるものは整備もせねばならない。
何より問題は領民の生活。それまで従事してきた仕事が無くなるのだから一時は補償や配給で凌げても未来永劫続けることも出来ない。新しい産業を起こし、まだ余力のある今から行わなければならない。
先送りにしているといきなり行き詰まる。
「何をするんだい?」
「はい。ペック伯爵家は紡績業をしているのですが今回融資を受けねばならなくなった原因にホワイトアントバッタの蝗害があるのです」
「あぁ聞いているよ。当家の領も数年かけて耕し直さねばならない」
「そこでです。鉱物を掘った後の坑道を利用して、水耕栽培やキノコ類の栽培、そしてワインの長期熟成用保存であったり、牧草などの低温保管をしてみてはどうかと思うのです」
レント侯爵は前のめりになって「それで?」を続きを促す。
「思いついたのは牧草だったんです。現在牧草は地面に直接生えている青草系か、刈り取って枯らしたモノしかありません。青草を出来るだけ鮮度の良い状態で保管できるとなれば羊毛産業が今回ほどの打撃は回避できたんじゃないかと」
「なるほどね。確かにワインなどは自然に出来た洞窟などを利用しているところもある」
「はい。湿度も気温もほぼ一定していますし風雨に晒される事もないので。レント侯爵家も地下にワインセラーがありますよね。1階や2階に使っていない部屋があっても、ワインは地下。それは地上よりも温度などが一定だからです。坑道は深く掘ったものではなく調査は必要ですが岩盤で周囲が安定しているもの、つまりより固く掘り難かった場所なら崩落や陥没の対策も簡単に済むかと思うのです」
「水耕栽培も可能だな。洗浄用に使っていた水は領民の生活用水でもある。水銀などを掘っていた訳じゃないし、あの山からは石灰も硫黄も出ないから…使えるか…ふむ」
イリスも仕事を受ける時、全てを父のオーディンや兄のブレイドルに任せていたわけではない。集金のついでに新たな受注を引っ張り出す事もしてきた。
17歳と年齢は若いが、集金は10歳になる前からしていて子供の時は相手が「子供だから判らない」と話している内容にも耳を傾け、大人たちの駆け引きを間近で何度も見て技を盗んだ。
レント侯爵の食いつき具合いはかなり良い。
――あと一押し!――
イリスはレント侯爵に「嫁いだばかりで失礼ですが」と前置きして食いついた針を更にグッサリと飲ませる作戦に出た。
「レント家は豊富な資産があります。しかしながら現在は過去ほどの収益はなく収支はトントン、若しくは出ていく方が多い年もあるかと。ニワトリは放し飼いにしておけば卵を産みますが金は金を生むのに放っておいても増えません。増やすのには何をしてもリスクはつきもの。だったら近い将来必要になる事を今、やってみませんか?失敗をしても改良し学ぶ事がある筈です。でもそれが出来るのは余力のある時だけです」
「さぁどうだ!」と言わんばかりにイリスはレント侯爵に詰め寄った。
「そうだな。何れは必要になる。あの子たちにいきなりやれと言っても他で手一杯になるだろうし…判った。やってみよう。先ずは坑道の調査だ。早速調査隊を組んで領地に向かわせよう」
――イヤッシャァァ!!――
これはまだ序の口。
レント侯爵家で牧草の低温保管が出来るようになれば羊毛も安泰!
レント侯爵家の金を食いつぶすのではなく、少しでも増やしておけば後腐れなく離縁も出来るというもの。メアリーのようにただ世話になっているだけでは離縁した時に穀潰しと言われかねない。
――これもリスクヘッジ。侯爵様、ごめんね、ごめんね~――
さて…次は綿花だとイリスの鼻が「ふふん」と膨らんだ。
決意表明のように言葉にすれば後に引けなくなるので前に進むしかない。
ただ離縁するだけではダメだ。メアリーの所業を聞いた今「私は違う」と言うのを明確にしておく事で後腐れなく侯爵家を後にできる。
侯爵家にいる間に社交界で爪痕を残す事をすれば妙な噂が流れても一蹴出来ると言うものだ。
イリスはレント侯爵夫妻に「3年経ったら離縁します」とハッキリ告げた。
おおよその予想はしていたのか、「もう少し様子を見ても」と言わない所を見ると、ラジェットはもう無理だと思っている様にも見える。
ならなぜ爵位を継がせる最低限の資格になる婚姻歴を?と考えたがこのポヤポヤ夫婦は「特別扱い」をしないだけなのだろう。婚姻歴がないと言う事で後継者レースから外すのではなくスタート地点に立つ権利は3兄弟に平等に与える。ただそれだけのように思えた。
「離縁はしますが、離縁までの間、ただ指を咥えて時間が経つのを待つのも愚かです。私の計画なのですが融資して頂いたお金は3年を待たず、2年で返済をする予定です」
「なら1年余ってしまうよ」
「はい。余りますがそうでない期間も働かねば借金は返せません。なので今まで通りペック伯爵家で仕事をするのですが、お互い貸し借りなしの身軽な方が気負いもないと思うのです。2年で完済すれば1年余りますが融資がなければ手前の2年もないのです」
「確かに。で?そんな事を言い出すとすれば私達に何か頼みでもあるのかね?」
「はい」
レント侯爵家は過去の遺産が莫大で少々のことで屋台骨が揺らぐ事はない。それでも鉱山から以前ほどダイヤモンドも産出出来なくなり、近い将来完全な閉山も行わなくてはならない。
閉山は「や~めた」とすれば良いのではなく、それまでの坑道などを塞いだり、搬出路として設けた道も一部は塞いだり、利用できるものは整備もせねばならない。
何より問題は領民の生活。それまで従事してきた仕事が無くなるのだから一時は補償や配給で凌げても未来永劫続けることも出来ない。新しい産業を起こし、まだ余力のある今から行わなければならない。
先送りにしているといきなり行き詰まる。
「何をするんだい?」
「はい。ペック伯爵家は紡績業をしているのですが今回融資を受けねばならなくなった原因にホワイトアントバッタの蝗害があるのです」
「あぁ聞いているよ。当家の領も数年かけて耕し直さねばならない」
「そこでです。鉱物を掘った後の坑道を利用して、水耕栽培やキノコ類の栽培、そしてワインの長期熟成用保存であったり、牧草などの低温保管をしてみてはどうかと思うのです」
レント侯爵は前のめりになって「それで?」を続きを促す。
「思いついたのは牧草だったんです。現在牧草は地面に直接生えている青草系か、刈り取って枯らしたモノしかありません。青草を出来るだけ鮮度の良い状態で保管できるとなれば羊毛産業が今回ほどの打撃は回避できたんじゃないかと」
「なるほどね。確かにワインなどは自然に出来た洞窟などを利用しているところもある」
「はい。湿度も気温もほぼ一定していますし風雨に晒される事もないので。レント侯爵家も地下にワインセラーがありますよね。1階や2階に使っていない部屋があっても、ワインは地下。それは地上よりも温度などが一定だからです。坑道は深く掘ったものではなく調査は必要ですが岩盤で周囲が安定しているもの、つまりより固く掘り難かった場所なら崩落や陥没の対策も簡単に済むかと思うのです」
「水耕栽培も可能だな。洗浄用に使っていた水は領民の生活用水でもある。水銀などを掘っていた訳じゃないし、あの山からは石灰も硫黄も出ないから…使えるか…ふむ」
イリスも仕事を受ける時、全てを父のオーディンや兄のブレイドルに任せていたわけではない。集金のついでに新たな受注を引っ張り出す事もしてきた。
17歳と年齢は若いが、集金は10歳になる前からしていて子供の時は相手が「子供だから判らない」と話している内容にも耳を傾け、大人たちの駆け引きを間近で何度も見て技を盗んだ。
レント侯爵の食いつき具合いはかなり良い。
――あと一押し!――
イリスはレント侯爵に「嫁いだばかりで失礼ですが」と前置きして食いついた針を更にグッサリと飲ませる作戦に出た。
「レント家は豊富な資産があります。しかしながら現在は過去ほどの収益はなく収支はトントン、若しくは出ていく方が多い年もあるかと。ニワトリは放し飼いにしておけば卵を産みますが金は金を生むのに放っておいても増えません。増やすのには何をしてもリスクはつきもの。だったら近い将来必要になる事を今、やってみませんか?失敗をしても改良し学ぶ事がある筈です。でもそれが出来るのは余力のある時だけです」
「さぁどうだ!」と言わんばかりにイリスはレント侯爵に詰め寄った。
「そうだな。何れは必要になる。あの子たちにいきなりやれと言っても他で手一杯になるだろうし…判った。やってみよう。先ずは坑道の調査だ。早速調査隊を組んで領地に向かわせよう」
――イヤッシャァァ!!――
これはまだ序の口。
レント侯爵家で牧草の低温保管が出来るようになれば羊毛も安泰!
レント侯爵家の金を食いつぶすのではなく、少しでも増やしておけば後腐れなく離縁も出来るというもの。メアリーのようにただ世話になっているだけでは離縁した時に穀潰しと言われかねない。
――これもリスクヘッジ。侯爵様、ごめんね、ごめんね~――
さて…次は綿花だとイリスの鼻が「ふふん」と膨らんだ。
1,556
お気に入りに追加
2,545
あなたにおすすめの小説
私はただ一度の暴言が許せない
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。
花婿が花嫁のベールを上げるまでは。
ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。
「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。
そして花嫁の父に向かって怒鳴った。
「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは!
この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。
そこから始まる物語。
作者独自の世界観です。
短編予定。
のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。
話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。
楽しんでいただけると嬉しいです。
※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。
※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です!
※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。
ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。
今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、
ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。
よろしくお願いします。
※9/27 番外編を公開させていただきました。
※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。
※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。
※10/25 完結しました。
ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。
たくさんの方から感想をいただきました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」
結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は……
短いお話です。
新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。
4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』
政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います
結城芙由奈
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので
結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
【完結】どうやら私は婚約破棄されるそうです。その前に舞台から消えたいと思います
りまり
恋愛
私の名前はアリスと言います。
伯爵家の娘ですが、今度妹ができるそうです。
母を亡くしてはや五年私も十歳になりましたし、いい加減お父様にもと思った時に後妻さんがいらっしゃったのです。
その方にも九歳になる娘がいるのですがとてもかわいいのです。
でもその方たちの名前を聞いた時ショックでした。
毎日見る夢に出てくる方だったのです。
戻る場所がなくなったようなので別人として生きます
しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。
子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。
しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。
そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。
見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。
でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。
リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。
【完結】4人の令嬢とその婚約者達
cc.
恋愛
仲の良い4人の令嬢には、それぞれ幼い頃から決められた婚約者がいた。
優れた才能を持つ婚約者達は、騎士団に入り活躍をみせると、その評判は瞬く間に広まっていく。
年に、数回だけ行われる婚約者との交流も活躍すればする程、回数は減り気がつけばもう数年以上もお互い顔を合わせていなかった。
そんな中、4人の令嬢が街にお忍びで遊びに来たある日…
有名な娼館の前で話している男女数組を見かける。
真昼間から、騎士団の制服で娼館に来ているなんて…
呆れていると、そのうちの1人…
いや、もう1人…
あれ、あと2人も…
まさかの、自分たちの婚約者であった。
貴方達が、好き勝手するならば、私達も自由に生きたい!
そう決意した4人の令嬢の、我慢をやめたお話である。
*20話完結予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる