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第09話 敷地内別居の許可を得る
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さて、朝食である。
「部屋にお持ちする事も出来ます」とアリスは言うが使用人だからと言ってこき使って良いわけではない。使用人だって決められた時間に決められた場所で食事をしてもらえれば手間も省ける。
イリスの実家、ペック伯爵家には従業員は居ても使用人はいない。
自分の事は自分でしないと経費ばかり掛かって儲けが減る。いい加減そんなに利益はないので利益は万が一に備えてプールするか、従業員に雀の涙、子供の駄賃と言われても還元する。それがペック伯爵家のやり方だった。
体の隅々までしみ込んでいる貧乏。イリスの体はほぼ100%貧乏で形成されている。
しかし、郷にいては郷に従えと昔の人が言うように何でも自分のやり方を押し付けるのは遺恨を残すだけになる。レント家の決め事には極力従おう。イリスもそこは解っている、解っていたのだ。
食事室に行くと侯爵夫妻が先に食事をしていた。
ラジェットの姿は見えない。アリスが気を利かせて「若旦那様は昼過ぎに起床されますので」と言う。
――昼過ぎ?!父親から執務を教えてもらっている分際で?――
ちょっとイリスには理解が出来なかった。
体調が悪くて起き上がれないのならそれは仕方ないし、仕事が夜の場合は昼も寝ていても仕方がない。しかしラジェットは王宮の文官職を既に退職しているのだ。
その理由が家の執務に専念するためと聞いているが、当主の父親より遅く起きて何をするのだろう。
考えても仕方がない。もしかするとそれはレント家のルールかも知れないので新参者が口を出す事ではない。
「おはようございます」
イリスが声を掛けると夫妻はにこやかに「おはよう」と返してくれる。
「昨夜はごめんなさいね。ちゃんと説明はしたのだけど」
「お気になさらず」
「結婚式の時も言ったが、無理だと思ったら3年で離縁していいよ。3年目のその日までは私達がサポートする」
「それは心強いですわ」
朝食を取りながら侯爵夫人は「勘違いしないでね?」と切り出す。
何の事かと思ったらラジェットとメアリーの関係についてだった。
「ライモンドが留守の時はメアリーが寂しいと泣くから一緒の部屋で朝まで過ごしているだけなの」
――破壊力十分の爆弾発言って理解してます?――
百歩、いや数万歩譲ってもだ。弟が留守の間に兄が弟の妻と朝まで同じ部屋で過ごす。100人の人間がいて、その言葉を聞いて「不貞じゃないな」と何人が頷いてくれるのだろう。
イリス的には100人中100人が不貞を疑うと思う。
それが親公認だとすると「イカれてる」としか思えない。
驚く事に「言葉の通り」なのだと言うからさらに驚きだ。
右の頬を打たれたら左の頬を差し出す神だって、そこまでケアはしてくれないだろう。
人間とは煩悩の塊。毎晩一緒にネンネする男女。
年齢は男が25歳、女は21歳。ヤることは限られるはず。
――イケない。こんな事考えちゃダメ!――
イリスは煩悩を必死で振り払った。
「今まであと少しで婚約だった話はあったけれど、この事でどれも断られてしまったの」
――でしょうね。異常だもの――
それでも良いとなると逆に嫁いでくる理由を聞きたいくらいだ。
「今回は融資の件もあったから‥すまない。結局君を騙す結果になった。言い訳だが結婚までの3週間でそんな話も耳にするかも知れないとは思ったんだ。だが融資の話がある以上断らないだろうと、驕りだと言われても仕方ない」
イリスは昨夜考えた。
メアリーの事は廊下でばったり出くわした使用人から聞いたが「それ、恋人よね」としか思えなかったので、この際ラジェットにはいつも通りの生活をしてもらって3年を過ごそうと。
この結婚の3年でラジェットは当主に成る資格を得る。それだけで当主に成れるわけではないが最低限の条件は1つクリアできるのだ。メアリーとは好きに過ごして頂いて、こちらも好きにさせてもらおう。それが一番無難だと考えたのだ。
そう、イリスは昨夜でこの結婚を3年で終わらせる事に決めたのだ。
「あのですね。提案なんですけども他家にはおそらく漏れていないと思うのです。漏れていないと言うのは他家がこの事を自主的に伏せてくれているからだとは思います。そこで、私は余計な手間をかけないように庭にある別棟で暮らそうと思うのです」
「別棟で?構わないが食事などはわざわざこっちに来なければいけないよ?」
「いえ、軽食が作れるミニキッチンはあるそうですし呼ばれた時だけこちらにお邪魔すると言うのは如何でしょう。勿論私が異性を引きこんだりと心配な点はあるでしょうから泊り番の使用人さんを空き部屋に住まわせて頂いて構いません」
「だけどそれでは手が足らないでしょう?生活に困るわ」
夫人が言うのは使用人の数が足らないので着替えや湯あみなど日常生活に困るだろう?と言う意味だ。
昨夜のことは既に侯爵夫妻の耳には入っている。初夜なのに「出て行ってくれ」と部屋を追い出される。レント家のルールがどうあれこの事をイリスがポロっと他家に漏らしてしまえば、今の段階で婚約を蹴り飛ばした家には火種があるのだから「正妻の制裁」として社交界では一気に炎上するだろう。
本当は夫婦で話し合った方がいいだろうが、この結婚の特殊性からして夫のラジェットではなく侯爵夫妻と話を詰めた方が早い。
なんせ当主は侯爵夫妻。後継者を誰にするかは決まっていないし夫のラジェットはこの結婚の3年で要件の1つを満たすだけであり、仮に当主となってもそれは3年を超えての事なのでその時イリスは離縁をしてここにはいない。
この結婚ですら侯爵夫妻が決定をした事でラジェットの意向は関係ないのだ。
息子夫婦は居候でしかなく、最大限に良く言っても後継者候補でしかない。
「敷地内同居となるわけだが、それでいいのかい?」
「えぇ。昨夜の件もありますし何れは出ていく私が内情を深く知るのはレント家にとってデメリットでしかありません。建物が違うので別居ですが同じ敷地内ですし同居と言えば同居。何よりお客様を宿泊させる際、正妻が客間。ご夫妻がどうお考えになっていようと他者がどう思うかまでは解りませんよね。私の立場からすると偶然お客様と鉢合わせをしても実家の手伝いに出向ているなど理由は幾らでも付けられますしメリットしかありません」
しばし考え、顔を見合わせた侯爵夫妻は「別棟を自由に使いなさい」と許可を出した。
朝食が終わると同時に侯爵夫妻からも許可が得られた。
――この夫婦って…親馬鹿っていうよりバカ親なだけなのよね――
次男については辺境と言う遠い地でもあり、手を掛けたくてもかけられないのだろうがラジェットの行いを許している事や、嫁を放りっぱなしで放蕩者のライモンドに独り立ちをさせることもなく金を渡している。
――金持ちのする事ってホント意味が解らないわ――
別棟で生活をするのは、なんだかんだ言っても一緒に生活をすると感化されてしまう部分はあるので最小限に抑えようと言うイリスの企みでもあったのである。
「部屋にお持ちする事も出来ます」とアリスは言うが使用人だからと言ってこき使って良いわけではない。使用人だって決められた時間に決められた場所で食事をしてもらえれば手間も省ける。
イリスの実家、ペック伯爵家には従業員は居ても使用人はいない。
自分の事は自分でしないと経費ばかり掛かって儲けが減る。いい加減そんなに利益はないので利益は万が一に備えてプールするか、従業員に雀の涙、子供の駄賃と言われても還元する。それがペック伯爵家のやり方だった。
体の隅々までしみ込んでいる貧乏。イリスの体はほぼ100%貧乏で形成されている。
しかし、郷にいては郷に従えと昔の人が言うように何でも自分のやり方を押し付けるのは遺恨を残すだけになる。レント家の決め事には極力従おう。イリスもそこは解っている、解っていたのだ。
食事室に行くと侯爵夫妻が先に食事をしていた。
ラジェットの姿は見えない。アリスが気を利かせて「若旦那様は昼過ぎに起床されますので」と言う。
――昼過ぎ?!父親から執務を教えてもらっている分際で?――
ちょっとイリスには理解が出来なかった。
体調が悪くて起き上がれないのならそれは仕方ないし、仕事が夜の場合は昼も寝ていても仕方がない。しかしラジェットは王宮の文官職を既に退職しているのだ。
その理由が家の執務に専念するためと聞いているが、当主の父親より遅く起きて何をするのだろう。
考えても仕方がない。もしかするとそれはレント家のルールかも知れないので新参者が口を出す事ではない。
「おはようございます」
イリスが声を掛けると夫妻はにこやかに「おはよう」と返してくれる。
「昨夜はごめんなさいね。ちゃんと説明はしたのだけど」
「お気になさらず」
「結婚式の時も言ったが、無理だと思ったら3年で離縁していいよ。3年目のその日までは私達がサポートする」
「それは心強いですわ」
朝食を取りながら侯爵夫人は「勘違いしないでね?」と切り出す。
何の事かと思ったらラジェットとメアリーの関係についてだった。
「ライモンドが留守の時はメアリーが寂しいと泣くから一緒の部屋で朝まで過ごしているだけなの」
――破壊力十分の爆弾発言って理解してます?――
百歩、いや数万歩譲ってもだ。弟が留守の間に兄が弟の妻と朝まで同じ部屋で過ごす。100人の人間がいて、その言葉を聞いて「不貞じゃないな」と何人が頷いてくれるのだろう。
イリス的には100人中100人が不貞を疑うと思う。
それが親公認だとすると「イカれてる」としか思えない。
驚く事に「言葉の通り」なのだと言うからさらに驚きだ。
右の頬を打たれたら左の頬を差し出す神だって、そこまでケアはしてくれないだろう。
人間とは煩悩の塊。毎晩一緒にネンネする男女。
年齢は男が25歳、女は21歳。ヤることは限られるはず。
――イケない。こんな事考えちゃダメ!――
イリスは煩悩を必死で振り払った。
「今まであと少しで婚約だった話はあったけれど、この事でどれも断られてしまったの」
――でしょうね。異常だもの――
それでも良いとなると逆に嫁いでくる理由を聞きたいくらいだ。
「今回は融資の件もあったから‥すまない。結局君を騙す結果になった。言い訳だが結婚までの3週間でそんな話も耳にするかも知れないとは思ったんだ。だが融資の話がある以上断らないだろうと、驕りだと言われても仕方ない」
イリスは昨夜考えた。
メアリーの事は廊下でばったり出くわした使用人から聞いたが「それ、恋人よね」としか思えなかったので、この際ラジェットにはいつも通りの生活をしてもらって3年を過ごそうと。
この結婚の3年でラジェットは当主に成る資格を得る。それだけで当主に成れるわけではないが最低限の条件は1つクリアできるのだ。メアリーとは好きに過ごして頂いて、こちらも好きにさせてもらおう。それが一番無難だと考えたのだ。
そう、イリスは昨夜でこの結婚を3年で終わらせる事に決めたのだ。
「あのですね。提案なんですけども他家にはおそらく漏れていないと思うのです。漏れていないと言うのは他家がこの事を自主的に伏せてくれているからだとは思います。そこで、私は余計な手間をかけないように庭にある別棟で暮らそうと思うのです」
「別棟で?構わないが食事などはわざわざこっちに来なければいけないよ?」
「いえ、軽食が作れるミニキッチンはあるそうですし呼ばれた時だけこちらにお邪魔すると言うのは如何でしょう。勿論私が異性を引きこんだりと心配な点はあるでしょうから泊り番の使用人さんを空き部屋に住まわせて頂いて構いません」
「だけどそれでは手が足らないでしょう?生活に困るわ」
夫人が言うのは使用人の数が足らないので着替えや湯あみなど日常生活に困るだろう?と言う意味だ。
昨夜のことは既に侯爵夫妻の耳には入っている。初夜なのに「出て行ってくれ」と部屋を追い出される。レント家のルールがどうあれこの事をイリスがポロっと他家に漏らしてしまえば、今の段階で婚約を蹴り飛ばした家には火種があるのだから「正妻の制裁」として社交界では一気に炎上するだろう。
本当は夫婦で話し合った方がいいだろうが、この結婚の特殊性からして夫のラジェットではなく侯爵夫妻と話を詰めた方が早い。
なんせ当主は侯爵夫妻。後継者を誰にするかは決まっていないし夫のラジェットはこの結婚の3年で要件の1つを満たすだけであり、仮に当主となってもそれは3年を超えての事なのでその時イリスは離縁をしてここにはいない。
この結婚ですら侯爵夫妻が決定をした事でラジェットの意向は関係ないのだ。
息子夫婦は居候でしかなく、最大限に良く言っても後継者候補でしかない。
「敷地内同居となるわけだが、それでいいのかい?」
「えぇ。昨夜の件もありますし何れは出ていく私が内情を深く知るのはレント家にとってデメリットでしかありません。建物が違うので別居ですが同じ敷地内ですし同居と言えば同居。何よりお客様を宿泊させる際、正妻が客間。ご夫妻がどうお考えになっていようと他者がどう思うかまでは解りませんよね。私の立場からすると偶然お客様と鉢合わせをしても実家の手伝いに出向ているなど理由は幾らでも付けられますしメリットしかありません」
しばし考え、顔を見合わせた侯爵夫妻は「別棟を自由に使いなさい」と許可を出した。
朝食が終わると同時に侯爵夫妻からも許可が得られた。
――この夫婦って…親馬鹿っていうよりバカ親なだけなのよね――
次男については辺境と言う遠い地でもあり、手を掛けたくてもかけられないのだろうがラジェットの行いを許している事や、嫁を放りっぱなしで放蕩者のライモンドに独り立ちをさせることもなく金を渡している。
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