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光をもたらす者

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シルヴェーヌの診察が終わり、侍医が侍女と共に退室をしていくと目を腫らしたメイドが寝台のわきにへなへなと座り込み、また泣き出してしまった。

「良かったですぅ~もうびっくりしたんですからねぇ!うわぁぁん」
「ごめんなさい。夢見が悪くて…」
「そんな夢見るの、クロヴィスさんが悪いんですよぅ!ドヘタレだからぁ!」
「クロヴィス様は関係な――」
「大ありですぅ。うぁぁぁん」

クロヴィスを見れば、目が合うとサッと顔を逸らしてしまう。
しかし、今回の事にクロヴィスは何も悪くはないとメイドに諭す。
今度こそ落ち着いたメイドは「もう寝ます」と部屋を出ていった。

2人きりになり、クロヴィスは扉の外、持ち場に戻るか思案したがシルヴェーヌの元にゆっくりと歩み寄った。

「クロヴィス様、先程はありがとうございました」
「当然の事なんだが…その…すまない。やりすぎた」
「いいえ…とても落ち着きました。なんだか…前にも同じ事があったような気がして」

俯きかけた顔を、ハッとあげクロヴィスは寝台の側に置いた椅子を引き寄せた。
座ってはみるものの、寝台に横たわり自分の方に頭だけを向けているシルヴェーヌを見ると落ち着かない。手で口を覆ったり、座り直してみたりとして見るが心拍数が上がり、頬が火照るだけだった。

シルヴェーヌの手が枕の下を探り出し、「位置が悪いのか」と問えば下にある子供たちが贈ってくれた本を取ってくれと言う。あの本かと思い少し躊躇したがクロヴィスは枕の下に手を入れた。
しかし、奥まで手を入れても手に触れるのはリネンの感触だけ。ふと視線を下に向ければシルヴェーヌの顔が間近にあった。

今更だと思いながらもクロヴィスが最初に発したのは残念な一言。

「汗臭かったでしょう。すみません」
「いいえ。御座いませんの?おかしいわ…どこにいってしまったのかしら」
「少し待ってください。寝台の周りを見てみます」

手を枕の下から引き抜く。ふわりとシルヴェーヌの香りがクロヴィスを包んだ。
火が出るほど真っ赤になった顔を隠そうとランプを手に持ち、必要以上に突き出して寝台の周りを照らした。
寝台の下を覗き込むと、小さな何かが見えた。
ランプを床に置き、顔の半分だけが覗き込むようにクロヴィスは手を伸ばした。

行き先をクイクイと床を鞣すように動かすが関節1つ分届かない。
思い切ってムン!と肩口も潜り込ませるように突っ込むとなんとか取れた。

「ありました。ちょっと待ってくださいね」

立ち上がるとバルコニーのある窓に行き、窓を開ける。
這い蹲った床の埃を一頻り叩くと、また部屋に入り窓を閉める。夜風がカーテンを揺らしていたが静かに止まった。


「これですよね」
「えぇ」

パラパラとクロヴィスはページを捲っていくがピタリとその手が止まった。
開いたページはシルヴェーヌが過呼吸を起こした時に開いていた場所と同じ。

「そこにある騎士様というのは、クロヴィス様……の事ですの?」
「違います」

消え入りそうだった語尾のあと、クロヴィスは力強く即答した。

「では、殿下というのは第二王子――」
「違います」

今度はシルヴェーヌの言葉に被せるようにクロヴィスは否定をすると静かに椅子に腰を下ろした。子供たちが作った本をお互いの中間ほどにそっと置くとクロヴィスは息を一つ吸って自分の頬を両手で挟むようにパンと叩いた。

「お話いたします」

記憶を失った後、シルヴェーヌの元に第二王子ディオンは一度も訪れていない。
理由は王妃により謹慎処分として自室に幽閉をされているからである。
側近のヘルベルトが実行犯なのだから、仮に何も知らないとしても管理責任は問われる。一連の調べが終わるまでは食事すら自室でディオンは廊下にすら出る事を許されていない。

不安になったり、混乱を避けるためにセレスタンとの関係も伝えられてはいない。


「シルヴェーヌ様。貴女に最初に出会ったのは今から8年前、もうすぐ9年になるでしょうか。12歳の時でした。貴女は11歳。先日ここに来たクディエ公爵と共に登城された際に初めてお会いしたのです」

「そんな以前から…ごめんなさい。思い出せないわ」
「いいんですよ」
「では、登城したのはディオン殿下のとの――」

「いいえ。違います。シルヴェーヌ様はその日、ディオン殿下ではなくディオン殿下の異母兄に当たる王太子セレスタン殿下との婚約者、顔合わせに登城されたのです。私は養父と近衛隊へ入団の為に登城しておりました」

「王太子‥‥え?待ってくださいませ…でも結婚は‥」
「シルヴェーヌ様は元々王太子セレスタン殿下の婚約者でした」
「では、私が何か不手際を?」

「いいえ。シルヴェーヌ様は立派に務めを果たしておられました。この届けられた手紙本はその時の事業で文字の読み書きを覚えた子供たちから届けられたものです。貴女はセレスタン殿下に冷遇されながらも立派に1人で立っておられました」

「ですが、何故それをクロヴィス様がご存じなのです?」
「私はセレスタン殿下の側近でした。これを見て頂けますか」


クロヴィスは静かに立ち上がると上着を脱ぎ、シャツのボタンを外した。そしてシャツを脱ぐとランプを手に持ち、シルヴェーヌに向けた背がよく見えるように照らす。

「ヒッ!!」
「汚い物を見せてしまい申し訳ございません」
「いいえ‥‥いいえ…どうしてこんな…」

シルヴェーヌは、到底届かない位置にあるにも関わらずクロヴィスの背に震えながら手を伸ばした。背中には目を背けたくなるような古傷が幾つもあり、肉が盛り上がっている個所もあれば抉れた箇所もあった。
クロヴィスは手にしていたランプをサイドテーブルに置くと話しながらシャツを身に纏った。

「この傷は養父母となったトラント公爵夫妻に躾だと鞭で打たれた傷です。貴女もクディエ公爵に乳飲み子の時に公爵領に追いやられ、貧しい暮らしをしたと聞きます。王太子の婚約者に内定し王都に呼ばれた1年弱。それは酷い折檻を受けていたと仰っておりました。私達は‥‥似たような境遇から色々と話を致しました」

「そうだったのですね…なのに私は何も覚えていないなんて」

「いいんですよ。それでセレスタン殿下、ディオン殿下が成人のお披露目と開かれた夜会でセレスタン殿下に謀られ、婚約は解消、そしてディオン殿下の婚約者となったのです。他国の使者も多く参加した夜会でセレスタン殿下は一人で入場し、ディオン殿下と貴女が真実の愛で結ばれているからと嘘を並べ、何もわからない貴女をディオン殿下がエスコートして入場をした。場が場だけに覆る事はありませんでした」

「では、私はディオン殿下と…」

「ディオン殿下と真実の愛など嘘っぱちです。話をするのも公的な会議のみの2人がそんな関係になる筈がない。王命を勝手に覆した事の他にも理由はあったのですがセレスタン殿下は廃嫡となりました。王妃殿下は貴女を守るために敢えてディオン殿下と婚姻をさせました。結婚式もなく書面だけで」

「私を守るため?どうして?」

「セレスタン殿下が廃嫡になり王太子は不在。今もディオン殿下は立太子されていません。立太子をすれば子がいようがいまいが離縁は不可能になります。なのでディオン殿下を王子のままで据え置き、王子妃とする事で暴漢や誘拐などから守ったのです。その間も貴女がいたのはこの王妃殿下の宮です」

「だから私の部屋だと仰ったのね」

「そうです。王子も側妃は娶れます。ただ王太子と違うのは2、3年の間破綻した夫婦関係の場合は離縁が出来るのです。公爵家に戻せば何をされるかわからない。だからその日まで王妃殿下は貴女を守るおつもりでした。ですが…事件が起きてしまいました」

「記憶を失った…事件ですの?」

クロヴィスが両手を固く握り、寝台のわきでその手に更に力を籠める。
シルヴェーヌはその手にそっと手を添えた。

「事件の数日前、セレスタン殿下が私の元に来ました。当時私は主が廃嫡されたので暇を出されたのです。トラント公爵家も飛び出し浮浪者同然だった私の元に…その子供が書いた手紙を持ってきたのです。誘拐と書かれていたけれど怪しいと思いました。出来るはずがないと思ったからです。でも当日どうしても心配で…知人から夜会がある事を知らされ、いても経ってもいられず‥‥恥ずかしい話トラント公爵家で支度をして不正と判っていて無意味な側近の証を見せて門をくぐり…庭園で‥‥庭園で…」

「クロヴィス様…無理をなさらないで」

クロヴィスは自分の手に添えられたシルヴェーヌの手を包むように握り返すと額に当てた。絞り出す声に涙が混じる。

「間に合わなかった…シルヴェーヌ…貴女は凶刃きょうじんに倒れてしまった後だった」
「クロヴィス様は何も悪くないではありませんか」

クロヴィスが首を横に振る度に、涙が包まれた手を通して流れ込んできた。

「嫌なんだ。貴女が…シルヴェーヌ…貴女が辛い思い、痛い思いをするのは嫌なんだ」
「だから生涯守ると仰ったのね」
「うん…うん…絶対に守る…何があっても。貴女のいない世界など要らない」


鼻をすするクロヴィスがやっと顔をちゃんと向けてくれたのは夜も白み始めた頃だった。

「クロヴィス様、このままではダメだと思うのです」
「何がダメだと?」
「何と言ったらいいのか判らなけれど…胸につっかえている気がするんです。何かこう…モヤモヤするような。酷い不快感を持った何かが…。この正体を知りたいんです。その廃嫡された殿下に会えませんか?」
「危険すぎる。離縁をするまでは動かない方がいい」
「離縁をする時はちゃんとしておかないといけない気がするんです」

――これが王妃殿下の言っていた直感か?――

悩んだクロヴィスは「お願い」と縋るシルヴェーヌの繋いだ手の指先をそっと唇にあてた。

「解りました。貴女の望むように。ただ無茶はダメです」
「ありがとう」

にこりと微笑むシルヴェーヌにクロヴィスも微笑んだ。

「少し寝てください。昼になるでしょうが朝食に付き合いますから」
「クロヴィス様も寝てくださいね」
「えぇ。勿論」

目を閉じるシルヴェーヌをクロヴィスは愛おし気に見つめる。
寝息が規則的になった頃、静かに廊下に出た。

正面に見える明の明星ルシファー
【光をもたらす者】という意味もある堕天使の名がついた星。

クロヴィスはシルヴェーヌが願うのなら、たとえ悪魔、堕天使と言われようがその光になろうと決意した。
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