3 / 36
公爵家の教育
しおりを挟む
執事に多少の学問は教えて貰っていたとしても、執事は家庭教師ではない。
公爵領では家庭教師を雇うにも金がないのが現状だった。
しかし公爵領で年老いた執事はシルヴェーヌに出来る限りのことを教えた。
「なんでもそうですが、経験に勝るものはないのです。例えばこの本にある小川の【潺】も川にはいろんな表情があるのです。雪解け水がちょろちょろと流れてくる、浅い川べりをサラサラ流れる、本当に微かに音がしたかもわからないほど潺々と流れる。全て【潺】なのですよ」
答えは一つではなく幾つもあるもの、答えは1つだけれど導くためには幾通りも道筋があるもの。執事は座学で学ぶだけでなく、目に見えるもの、耳に聞えるもの、手に触れるもの、味や肌に感じるものと身近なものを使ってシルヴェーヌに学問を教えた。
マナーや所作も他国ではあるが講師をしていたという高齢の女性が楽しみながらシルヴェーヌに教えてくれた。
「お茶はね、湯の温度や蒸らし方、その日の天気色んな条件で変わって来るけれど、一番は感謝して楽しんで飲む事。苦労して茶葉を作った人、お日様、雨や風、そして花粉を運んでくれる虫に感謝しながら楽しんで飲む物よ」
「優雅に見せる必要なんてないの。相手に対しての今できる自分の感謝の気持ちを表せばいいの。会ってくれてありがとうってね」
その甲斐あってか、シルヴェーヌの所作やマナーはほぼ完ぺきで11歳でそのレベルに達している者などほぼいない状態。座学についても学園の高等部を首席レベルに近いくらいに達していた。
しかし公爵夫人のリベイラが連れてきた家庭教師たちは皆シルヴェーヌに眉を顰めた。
初回に持ってきた幼児用の問題を解いてしまったりクリアすると粗探しを始める。
「どうして間違うの。こんなの10歳になるまでに出来て当たり前よ」
「ごめんなさい」
バシッ!
「返事が違います。申し訳ございませんでしたでしょう?言ってごらんなさい」
「申し訳ございませんでした」
「心がこもってないわ。やり直し」
「申し訳ございませんでした」
バシッ!
「誰に対して、何に申し訳ないの?それも判らないのに軽々しく口にしないっ!」
「算術が解けず…先生に迷惑をかけました。申し訳ございません」
「あのね、貴女はバカなの。いい?この程度の問題も解けないバカなの。もっと敬う気持ちを込めてもう一度謝りなさい」
講師は機嫌のよい時は間違っても何が悪かったのかを優しく説く時もあったが、大半はイライラしていてシルヴェーヌにきつくあたった。
時に3時間ずっと謝罪だけで、如何に自分が愚かで教えを理解しない愚鈍な人間なのかを言わされるだけの授業である事もあった。雇われている家庭教師は全て公爵夫人のリベイラの友人達で夫の浮気や息子が嫁ばかりを贔屓してこちらを顧みてくれないと嘆く者ばかり。
家庭教師は罰としてシルヴェーヌの手の甲をポインターで何度も打ち据えた。しかし、痣になり残れば問題視される事を恐れた公爵夫人のリベイラは家庭教師に注意をした。
「見える所に躾をしてどうするの」
コルセットなどを締めれば継ぎ目になる脇腹や背、頭頂部など人に見えない部分、見えたとしても隠す事が出来たり、ドレスを着る事でどうしても痕になるのだと言い訳が出来る部位に限定をしただけで、その行為が問題だという注意はしなかった。
「シルヴェーヌ、こちらにいらっしゃい」
「はい」
「はぁ~。あのね。ちゃんと呼んだ人の名を言わないと」
「申し訳ございません。お継母様」
「あぁ、いやだ。いやだ。痒くなってきたわ。あなたに母と呼ばれる筋合いはなくてよ。声と一緒に虱でも飛んできてるんじゃないかしら」
シルヴェーヌはワンピースに隠れるように小さな手をギュッと握りしめた。
継母であるリベイラの娘が昔着ていたというワンピースは確かに貰ったが、箱をあければ虫がわいており穴だらけだった。縫い目かと思えばそれこそ虱で熱湯をかけたり何度も洗ったりで色落ちはしたけれど虫はいない。
王都の人たちは体を拭くという習慣がない。蒸し暑い日もあった公爵領で育ったシルヴェーヌは夜中に1人で湯を沸かして桶に入れ体を洗うのが日課だった。
――あなた達よりよっぽど綺麗にしてるもの!――
声を大に言いたいが、言えばどうなるか判っているだけに黙るより方法がない。
呼ばれたのは家庭教師もしている友人たちとの茶会の席。
ここで、どれだけ習得をしたのかを見てやるというのだ。
粗が無ければ粗を作ってシルヴェーヌを吊るし上げるだけの席。
それでもシルヴェーヌには席に着くより他になかった。
11歳の少女には抗う術がない。公爵領にいた時の執事はもう退職してしまったし侍女代わりの女性達は公爵領で現地採用。王都には来ていない。
ここにはシルヴェーヌを助けてくれる者など誰一人いないのだ。
「さぁ召し上がって。最高級の茶葉よ。感想を聞きたいわ」
周りの大人たちの目は半月を描いてシルヴェーヌを注視する。
震える手を膝の上でギュっと握って笑顔で手を伸ばそうとすればヒシリ!と音がして茶器に入った茶が揺れた。所作を教えている女性がポインターでテーブルの上を叩いたのだ。
「何をニヤニヤと。卑しいわね。生まれ乍らの公爵令嬢でもない貴女のニヤついた顔なんか誰も望んでいないの。貴女が今!ここですべきは何?立って御覧なさい」
立ち上がれば全員が「まぁ」と声を揃え姿勢が悪い、手の位置が悪い、髪型がなっていないと口々に悪い点を並べ始めた。そして最後には【注意をする事ばかりで茶がぬるくなった】と夕食抜きの罰を与えられる。
やっと解放をされたと思っても終わりではない。
気分屋の継母であるリベイラが部屋にやってきて、「おさらい」をするのだ。
公爵領では家庭教師を雇うにも金がないのが現状だった。
しかし公爵領で年老いた執事はシルヴェーヌに出来る限りのことを教えた。
「なんでもそうですが、経験に勝るものはないのです。例えばこの本にある小川の【潺】も川にはいろんな表情があるのです。雪解け水がちょろちょろと流れてくる、浅い川べりをサラサラ流れる、本当に微かに音がしたかもわからないほど潺々と流れる。全て【潺】なのですよ」
答えは一つではなく幾つもあるもの、答えは1つだけれど導くためには幾通りも道筋があるもの。執事は座学で学ぶだけでなく、目に見えるもの、耳に聞えるもの、手に触れるもの、味や肌に感じるものと身近なものを使ってシルヴェーヌに学問を教えた。
マナーや所作も他国ではあるが講師をしていたという高齢の女性が楽しみながらシルヴェーヌに教えてくれた。
「お茶はね、湯の温度や蒸らし方、その日の天気色んな条件で変わって来るけれど、一番は感謝して楽しんで飲む事。苦労して茶葉を作った人、お日様、雨や風、そして花粉を運んでくれる虫に感謝しながら楽しんで飲む物よ」
「優雅に見せる必要なんてないの。相手に対しての今できる自分の感謝の気持ちを表せばいいの。会ってくれてありがとうってね」
その甲斐あってか、シルヴェーヌの所作やマナーはほぼ完ぺきで11歳でそのレベルに達している者などほぼいない状態。座学についても学園の高等部を首席レベルに近いくらいに達していた。
しかし公爵夫人のリベイラが連れてきた家庭教師たちは皆シルヴェーヌに眉を顰めた。
初回に持ってきた幼児用の問題を解いてしまったりクリアすると粗探しを始める。
「どうして間違うの。こんなの10歳になるまでに出来て当たり前よ」
「ごめんなさい」
バシッ!
「返事が違います。申し訳ございませんでしたでしょう?言ってごらんなさい」
「申し訳ございませんでした」
「心がこもってないわ。やり直し」
「申し訳ございませんでした」
バシッ!
「誰に対して、何に申し訳ないの?それも判らないのに軽々しく口にしないっ!」
「算術が解けず…先生に迷惑をかけました。申し訳ございません」
「あのね、貴女はバカなの。いい?この程度の問題も解けないバカなの。もっと敬う気持ちを込めてもう一度謝りなさい」
講師は機嫌のよい時は間違っても何が悪かったのかを優しく説く時もあったが、大半はイライラしていてシルヴェーヌにきつくあたった。
時に3時間ずっと謝罪だけで、如何に自分が愚かで教えを理解しない愚鈍な人間なのかを言わされるだけの授業である事もあった。雇われている家庭教師は全て公爵夫人のリベイラの友人達で夫の浮気や息子が嫁ばかりを贔屓してこちらを顧みてくれないと嘆く者ばかり。
家庭教師は罰としてシルヴェーヌの手の甲をポインターで何度も打ち据えた。しかし、痣になり残れば問題視される事を恐れた公爵夫人のリベイラは家庭教師に注意をした。
「見える所に躾をしてどうするの」
コルセットなどを締めれば継ぎ目になる脇腹や背、頭頂部など人に見えない部分、見えたとしても隠す事が出来たり、ドレスを着る事でどうしても痕になるのだと言い訳が出来る部位に限定をしただけで、その行為が問題だという注意はしなかった。
「シルヴェーヌ、こちらにいらっしゃい」
「はい」
「はぁ~。あのね。ちゃんと呼んだ人の名を言わないと」
「申し訳ございません。お継母様」
「あぁ、いやだ。いやだ。痒くなってきたわ。あなたに母と呼ばれる筋合いはなくてよ。声と一緒に虱でも飛んできてるんじゃないかしら」
シルヴェーヌはワンピースに隠れるように小さな手をギュッと握りしめた。
継母であるリベイラの娘が昔着ていたというワンピースは確かに貰ったが、箱をあければ虫がわいており穴だらけだった。縫い目かと思えばそれこそ虱で熱湯をかけたり何度も洗ったりで色落ちはしたけれど虫はいない。
王都の人たちは体を拭くという習慣がない。蒸し暑い日もあった公爵領で育ったシルヴェーヌは夜中に1人で湯を沸かして桶に入れ体を洗うのが日課だった。
――あなた達よりよっぽど綺麗にしてるもの!――
声を大に言いたいが、言えばどうなるか判っているだけに黙るより方法がない。
呼ばれたのは家庭教師もしている友人たちとの茶会の席。
ここで、どれだけ習得をしたのかを見てやるというのだ。
粗が無ければ粗を作ってシルヴェーヌを吊るし上げるだけの席。
それでもシルヴェーヌには席に着くより他になかった。
11歳の少女には抗う術がない。公爵領にいた時の執事はもう退職してしまったし侍女代わりの女性達は公爵領で現地採用。王都には来ていない。
ここにはシルヴェーヌを助けてくれる者など誰一人いないのだ。
「さぁ召し上がって。最高級の茶葉よ。感想を聞きたいわ」
周りの大人たちの目は半月を描いてシルヴェーヌを注視する。
震える手を膝の上でギュっと握って笑顔で手を伸ばそうとすればヒシリ!と音がして茶器に入った茶が揺れた。所作を教えている女性がポインターでテーブルの上を叩いたのだ。
「何をニヤニヤと。卑しいわね。生まれ乍らの公爵令嬢でもない貴女のニヤついた顔なんか誰も望んでいないの。貴女が今!ここですべきは何?立って御覧なさい」
立ち上がれば全員が「まぁ」と声を揃え姿勢が悪い、手の位置が悪い、髪型がなっていないと口々に悪い点を並べ始めた。そして最後には【注意をする事ばかりで茶がぬるくなった】と夕食抜きの罰を与えられる。
やっと解放をされたと思っても終わりではない。
気分屋の継母であるリベイラが部屋にやってきて、「おさらい」をするのだ。
36
お気に入りに追加
2,574
あなたにおすすめの小説
ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)
三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。
各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。
第?章は前知識不要。
基本的にエロエロ。
本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。
一旦中断!詳細は近況を!
【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話
みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。
「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453
の続きです。
ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで
【R18】らぶえっち短編集
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
調べたら残り2作品ありました、本日投稿しますので、お待ちくださいませ(3/31)
R18執筆1年目の時に書いた短編完結作品23本のうち商業作品をのぞく約20作品を短編集としてまとめることにしました。
※R18に※
※毎日投稿21時~24時頃、1作品ずつ。
※R18短編3作品目「追放されし奴隷の聖女は、王位簒奪者に溺愛される」からの投稿になります。
※処女作「清廉なる巫女は、竜の欲望の贄となる」2作品目「堕ちていく竜の聖女は、年下皇太子に奪われる」は商業化したため、読みたい場合はムーンライトノベルズにどうぞよろしくお願いいたします。
※これまでに投稿してきた短編は非公開になりますので、どうぞご了承くださいませ。
【R18】溺愛される公爵令嬢は鈍すぎて王子の腹黒に気づかない
かぐや
恋愛
公爵令嬢シャルロットは、まだデビューしていないにも関わらず社交界で噂になる程美しいと評判の娘であった。それは子供の頃からで、本人にはその自覚は全く無いうえ、純真過ぎて幾度も簡単に拐われかけていた。幼少期からの婚約者である幼なじみのマリウス王子を始め、周りの者が
シャルロットを護る為いろいろと奮闘する。そんなお話になる予定です。溺愛系えろラブコメです。
女性が少なく子を増やす為、性に寛容で一妻多夫など婚姻の形は多様。女性大事の世界で、体も中身もかなり早熟の為13歳でも16.7歳くらいの感じで、主人公以外の女子がイケイケです。全くもってえっちでけしからん世界です。
設定ゆるいです。
出来るだけ深く考えず気軽〜に読んで頂けたら助かります。コメディなんです。
ちょいR18には※を付けます。
本番R18には☆つけます。
※直接的な表現や、ちょこっとお下品な時もあります。あとガッツリ近親相姦や、複数プレイがあります。この世界では家族でも親以外は結婚も何でもありなのです。ツッコミ禁止でお願いします。
苦手な方はお戻りください。
基本、溺愛えろコメディなので主人公が辛い事はしません。
所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!
ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。
幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。
婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。
王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。
しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。
貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。
遠回しに二人を注意するも‥
「所詮あなたは他人だもの!」
「部外者がしゃしゃりでるな!」
十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。
「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」
関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが…
一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。
なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
婚約者の誕生日パーティーに出席していたら、前世でわたしの夫だったという人が現れました
柚木ゆず
恋愛
それは、わたしことエリーズの婚約者であるサンフォエル伯爵家の嫡男・ディミトリ様のお誕生日をお祝いするパーティーで起きました。
ディミトリ様と二人でいたら突然『自分はエリーズ様と前世で夫婦だった』と主張する方が現れて、驚いていると更に『婚約を解消して自分と結婚をして欲しい』と言い出したのです。
信じられないことを次々と仰ったのは、ダツレットス子爵家の嫡男アンリ様。
この方は何かの理由があって、夫婦だったと嘘をついているのでしょうか……? それともアンリ様とわたしは、本当に夫婦だったのでしょうか……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる