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本編
19・カシム公爵は齧る
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かつてアレコスとカリスに別れを告げた部屋。
カシム公爵家イアニスは「今度は誰だ?」と従者に溢しながらやってきた。
扉を開けるとその直線状にいたのは娘のソフィアだった。
明らかな困惑の色がイアニスの表情に浮かぶ。
エカテリニはそんなイアニスに着席を促したが、以前に座った側の席に空席はない。
かつて、アレコスやカリスのいた側の椅子が1つ空席だった。
以前と異なるのは、その並びで腰を下ろしている者が数人いる事である。
だが、その面々を見てイアニスはもう一度エカテリニを見た。
間違いではないだろうか。そう思いつつ、「此処ですか」と問えば「そうだ」とエカテリニの後ろにいる第一騎士団長の声が返ってきた。
隣に腰を下ろす青白い顔の男はベドラ侯爵家の当主。
噂では孤児を隣国に人身売買していると聞く。
反対側に腰を下ろし、カタカタ小刻みに震えているのはアガゼル伯爵家の当主。
こちらも噂だが、違法薬物を隣国に売りさばいているとも聞く。
「揃ったようね。では結論から申し――」
「お待ちください!」
エカテリニの言葉を遮ってイアニスは声を荒げた。
「何かしら?イアニスさん」
「えっ?名前…どうして…」
家名ではなく名前を呼ばれた事にイアニスは心臓がギュゥゥと縮こまった。
この場からもう逃げられない事を悟ったものは茫然と椅子に座って前を見つめる。
「あなた方の貴族籍はこの部屋に入った時点で剥奪致しました。既に家名は御座いませんのでお間違いなきよう。ただ、当主時代に犯した罪は償って頂きます」
「罪?!何をしたと言うのだ?!」
「そうだ!そうだ!何も悪い事はしておりませんぞ」
「寡婦が長く、王妃殿下は耄碌されたか?!」
「黙れ。貴様ら。不敬罪も追加されたいか!」
第一騎士団長の一喝で誰もが言葉を発しなくなる。
イアニスは「腰抜けが」と小さく呟き、エカテリニに向かって言葉を投げつけた。
「何故私がこのような場に?これまでどれだけ王妃殿下の元で力を!手を貸してきたか。お忘れでは御座いませんでしょう。まして娘まで第一王子殿下の婚約者としたのですよ?功績を褒められこそすれこのような場に、こちら側へ案内をされるとは。まさに後ろ足で砂をかけられる。断固抗議させて頂くッ!」
「その娘を使い、第一王子ニキフォロス殿下の毒殺を企てたのではないのか?」
騎士団長の言葉にイアニスは両手の手のひらを上に軽く上げて、肩を窄めた。
「私が?!どこにそんな証拠があるのです?あの騒ぎには私も大いに驚きましたが、無事だと言うではありませんか。娘は大事を取って王宮に留め置かれただけだと聞いておりますが?」
エカテリニは従者に目くばせをするとイアニスの前に菓子籠を運ばせた。
菓子を見た途端、イアニスの表情が曇った。
「よろしい。ではその菓子を食うてみよ」
イアニスの喉仏が数回大きく上下に動く。
瞬きが多くなり、目が泳ぐ。
「愛娘の作った菓子。わたくしも大好きで良く作ってきてくれたけれど、公爵令嬢が手づから菓子を作る。この意味が判るのなら大人しく菓子を食うてみるが良い」
通常、高位貴族の令嬢ともなれば調理をする事はない。
恥ずかしい事だと教えられているからである。
ソフィアは不出来だと言われ続け、反発をした事でいずれはニキフォロスと婚約も解消になるだろうと考えた。婚約が解消となれば、それもまた家の恥。修道院に行くか放逐されるか。憂いた結果一人で生きていくために調理を覚えた。結果としてニキフォロスとの仲は深まったが、今度は父親の隠された顔を知った。
公爵家の人間である以上、連座は免れないものとして処刑も辞さず。しかし収監中に恩赦があれば平民として市井で生きていくために調理を続けた。
「本来であれば一族郎党は処刑。だが…わたくしは国の混乱は避けたい。だからこそ罪ある者だけを切り離す事とした。冥府に旅立つことを恐れるのなら留まる事も出来たであろうに。そなた達には扱いやすい傀儡の王妃に見えていたのであろうと思うと…残念でならない」
イアニスはエカテリニをもう一度見た。
不敵に笑みを浮かべると、目の前の菓子を1つ手に取った。
「試されているのでしょう?私が王妃殿下の忠実なる臣下であるかどうかを!」
「忠実な臣下。そのように思うておったか。わたくしは同志と思うておったのに」
「同士?まさか。この覆らない身分を以て同士とは」
イアニスは毒入り菓子を似せた物で試しているのだとほくそ笑む。
焼き菓子と言ってもあれからもう2週間以上経過しているのだ。数日でボロボロと劣化し崩れていく菓子がこの状態で残っているはずがない。
半分に手折り、菓子をそのまま口に入れた。
ガシガシと噛み締めると草のエグ味が鼻腔に突き抜けていく。
吐き出そうとしたのだが、悲しいかな。イアニスも高位貴族の教えを幼い頃から叩きこまれた人間である。人前で吐き出す事など禁忌だと体が吐き出す事を拒否し飲み込んだ。
胸が痛くて息が出来ないイアニスはヒューヒューと喉の奥を鳴らして呼吸をしようと藻掻く。
「致死量に若干足らない所が、そなたの小賢しいところのようね」
イアニスはエカテリニに必死で手を伸ばしたが「連れて行きなさい」の声が頭に響く。
担がれて運ばれていく中、イアニスは意識を飛ばした。
地下牢に一時収監をされたイアニスを始めとした元当主たちの元には「家族」からの差し入れだけが唯一の食事となる。何人かの者には妻や娘「だった」とされる者が食料を持ってきた。
イオニスは誰も来るはずがない。
床の石の冷たさに触れている時だけが痺れを感じさせない事を覚え、動きの悪い体を芋虫のように動かし冷たさを貪った。
空腹に耐え、このまま飢えて命が尽きるのかと目を閉じていると声がした。
「えぇっと…ここですね。おーい!カシム家の方が来られたぞ」
牢番の声に重い瞼を開けて、ゆっくりと顔を横に向けた。
そこには、娘のソフィアだけが微笑んでいるのが見える。
「っっっ!!…ソフィ…父さんを許してくれる…のか」
ソフィアは辛うじて声を出すイアニスに微笑んだ。
「こんなに余ってますわ。食べてくださいませね?」
差し入れられたのは「あの焼き菓子」の残りだった。
カシム公爵家イアニスは「今度は誰だ?」と従者に溢しながらやってきた。
扉を開けるとその直線状にいたのは娘のソフィアだった。
明らかな困惑の色がイアニスの表情に浮かぶ。
エカテリニはそんなイアニスに着席を促したが、以前に座った側の席に空席はない。
かつて、アレコスやカリスのいた側の椅子が1つ空席だった。
以前と異なるのは、その並びで腰を下ろしている者が数人いる事である。
だが、その面々を見てイアニスはもう一度エカテリニを見た。
間違いではないだろうか。そう思いつつ、「此処ですか」と問えば「そうだ」とエカテリニの後ろにいる第一騎士団長の声が返ってきた。
隣に腰を下ろす青白い顔の男はベドラ侯爵家の当主。
噂では孤児を隣国に人身売買していると聞く。
反対側に腰を下ろし、カタカタ小刻みに震えているのはアガゼル伯爵家の当主。
こちらも噂だが、違法薬物を隣国に売りさばいているとも聞く。
「揃ったようね。では結論から申し――」
「お待ちください!」
エカテリニの言葉を遮ってイアニスは声を荒げた。
「何かしら?イアニスさん」
「えっ?名前…どうして…」
家名ではなく名前を呼ばれた事にイアニスは心臓がギュゥゥと縮こまった。
この場からもう逃げられない事を悟ったものは茫然と椅子に座って前を見つめる。
「あなた方の貴族籍はこの部屋に入った時点で剥奪致しました。既に家名は御座いませんのでお間違いなきよう。ただ、当主時代に犯した罪は償って頂きます」
「罪?!何をしたと言うのだ?!」
「そうだ!そうだ!何も悪い事はしておりませんぞ」
「寡婦が長く、王妃殿下は耄碌されたか?!」
「黙れ。貴様ら。不敬罪も追加されたいか!」
第一騎士団長の一喝で誰もが言葉を発しなくなる。
イアニスは「腰抜けが」と小さく呟き、エカテリニに向かって言葉を投げつけた。
「何故私がこのような場に?これまでどれだけ王妃殿下の元で力を!手を貸してきたか。お忘れでは御座いませんでしょう。まして娘まで第一王子殿下の婚約者としたのですよ?功績を褒められこそすれこのような場に、こちら側へ案内をされるとは。まさに後ろ足で砂をかけられる。断固抗議させて頂くッ!」
「その娘を使い、第一王子ニキフォロス殿下の毒殺を企てたのではないのか?」
騎士団長の言葉にイアニスは両手の手のひらを上に軽く上げて、肩を窄めた。
「私が?!どこにそんな証拠があるのです?あの騒ぎには私も大いに驚きましたが、無事だと言うではありませんか。娘は大事を取って王宮に留め置かれただけだと聞いておりますが?」
エカテリニは従者に目くばせをするとイアニスの前に菓子籠を運ばせた。
菓子を見た途端、イアニスの表情が曇った。
「よろしい。ではその菓子を食うてみよ」
イアニスの喉仏が数回大きく上下に動く。
瞬きが多くなり、目が泳ぐ。
「愛娘の作った菓子。わたくしも大好きで良く作ってきてくれたけれど、公爵令嬢が手づから菓子を作る。この意味が判るのなら大人しく菓子を食うてみるが良い」
通常、高位貴族の令嬢ともなれば調理をする事はない。
恥ずかしい事だと教えられているからである。
ソフィアは不出来だと言われ続け、反発をした事でいずれはニキフォロスと婚約も解消になるだろうと考えた。婚約が解消となれば、それもまた家の恥。修道院に行くか放逐されるか。憂いた結果一人で生きていくために調理を覚えた。結果としてニキフォロスとの仲は深まったが、今度は父親の隠された顔を知った。
公爵家の人間である以上、連座は免れないものとして処刑も辞さず。しかし収監中に恩赦があれば平民として市井で生きていくために調理を続けた。
「本来であれば一族郎党は処刑。だが…わたくしは国の混乱は避けたい。だからこそ罪ある者だけを切り離す事とした。冥府に旅立つことを恐れるのなら留まる事も出来たであろうに。そなた達には扱いやすい傀儡の王妃に見えていたのであろうと思うと…残念でならない」
イアニスはエカテリニをもう一度見た。
不敵に笑みを浮かべると、目の前の菓子を1つ手に取った。
「試されているのでしょう?私が王妃殿下の忠実なる臣下であるかどうかを!」
「忠実な臣下。そのように思うておったか。わたくしは同志と思うておったのに」
「同士?まさか。この覆らない身分を以て同士とは」
イアニスは毒入り菓子を似せた物で試しているのだとほくそ笑む。
焼き菓子と言ってもあれからもう2週間以上経過しているのだ。数日でボロボロと劣化し崩れていく菓子がこの状態で残っているはずがない。
半分に手折り、菓子をそのまま口に入れた。
ガシガシと噛み締めると草のエグ味が鼻腔に突き抜けていく。
吐き出そうとしたのだが、悲しいかな。イアニスも高位貴族の教えを幼い頃から叩きこまれた人間である。人前で吐き出す事など禁忌だと体が吐き出す事を拒否し飲み込んだ。
胸が痛くて息が出来ないイアニスはヒューヒューと喉の奥を鳴らして呼吸をしようと藻掻く。
「致死量に若干足らない所が、そなたの小賢しいところのようね」
イアニスはエカテリニに必死で手を伸ばしたが「連れて行きなさい」の声が頭に響く。
担がれて運ばれていく中、イアニスは意識を飛ばした。
地下牢に一時収監をされたイアニスを始めとした元当主たちの元には「家族」からの差し入れだけが唯一の食事となる。何人かの者には妻や娘「だった」とされる者が食料を持ってきた。
イオニスは誰も来るはずがない。
床の石の冷たさに触れている時だけが痺れを感じさせない事を覚え、動きの悪い体を芋虫のように動かし冷たさを貪った。
空腹に耐え、このまま飢えて命が尽きるのかと目を閉じていると声がした。
「えぇっと…ここですね。おーい!カシム家の方が来られたぞ」
牢番の声に重い瞼を開けて、ゆっくりと顔を横に向けた。
そこには、娘のソフィアだけが微笑んでいるのが見える。
「っっっ!!…ソフィ…父さんを許してくれる…のか」
ソフィアは辛うじて声を出すイアニスに微笑んだ。
「こんなに余ってますわ。食べてくださいませね?」
差し入れられたのは「あの焼き菓子」の残りだった。
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