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第20話  クラリッサを探す方が早い

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「まぁ可愛い!!」
「ミィミィ・・・ミィミィ」

この度子爵家に飼われているようで自由気ままな猫のミータに仔猫が誕生した。
馬小屋の片隅にある飼い葉を保管する小屋で5匹の仔猫を出産していたのだ。発覚したのは2週間前。

ミータが仔猫を咥えて移動しているところを馬丁が見つけた。

「仔猫また減っちゃいましたね」

午前中に1人引き取り手が来て5匹いた子猫は現在3匹。

「全部は飼えないからね」
「そうなんですねぇ…1匹いるとミータも寂しくないのにねぇ。ミータ」

授乳中のミータは「は?」と言いたげにクラリッサに目だけを動かす。

ミータの出産はこれで7回目。その度にもらい受けてくれる人を探すのは結構手間がかかるのだが、貴族の屋敷よりも商人が猫は欲しがってくれる。

何と言ってもネズミを追い払ってくれるので重宝がられているのだ。
ただ毛並みは選り好みをされてしまう。

クラリッサは最後まで残りそうだったサビ柄の猫を残ったら飼いたいなと思っていた。

「ミータは坊ちゃんが拾って来たんですよ。賢い猫です」
「らしいわね。それに美猫さんだわ」

馬丁と話をしているところに、ザカライアがやって来た。

――またきた!!――

この頃、クラリッサが行く先々に何故かザカライアが現れる。子爵の手伝いの書類整理も一区切りついたので子爵家のあちこちをウロウロしたりしていると突然現れる。

特に使用人達と仲良く話をしている時にやって来るのだ。
何か言いたいことでもあるのかな?と思ったが、朝食も夕食も一緒に取る時に話はない。

女嫌いとも聞いていたので会話が少ないのは仕方ないと思っていた。
初日はきっとあんな事件もあったし変なアドレナリンが多量に、かつ、過剰に出ていただけだろうと気にもしていなかった。クラリッサもここに世話になった時は気負いもあったが、慣れれば素の部分も多く出始めて結構自由にさせてもらっている。

先日は壁の修理をする下男に板の打ち付け方を習っていたら「危ないだろう!」と金づちを取り上げられてしまった。

その前はシェフに卵をボウルでかき混ぜるのを手伝わさせて貰っていたら「腕が痛くなる」と泡だて器を取り上げられた。

ザカライアの執務で書類を纏めている時はふと「誰かに見られてる?」と視線を感じる事があるが、それだけでペンや書類を取り上げられる事はない。
ただ、不浄に行こうかな、休憩しようかなと席を立つ度に「何処に行くんだ?」と問うてくるのは止めて欲しい。クラリッサもその度に行き場所を答えるのは恥ずかしい。

しかし変なのだ。
執務を手伝っている時、ザカライアが何処かに行ってしまう事はない。
執務はそれなりの時間拘束されるのに、別行動している時に限ってザカライアが不意に現れるのである。

1週間前に実家に一時帰宅していたのだが、その帰りにパン屋に寄っただけなのに「帰宅が遅い!」とザカライアが捜索隊を頼もうと騎士団に出向く寸前だった時は驚いた。

「遅いって…予定より15分遅くなっただけですよ?それに元々16時帰宅って言うのが何故か15時にされちゃってたんですよ?」

「15時以降に女性が出歩くものじゃない。日没まで4時間しかないじゃないか。危険すぎる」

――ちょっと意味が解らないわ――

滞在も3か月目になると使用人達にザカライアを探す時はクラリッサを探したほうが早いとも言われている。


そんな事が続き、クラリッサはザカライアはきっと「預かっている」感覚なので責任感を感じているのだろうと基本屋敷内をうろつくのだが、やっぱり出没する事に「またきた」と思ってしまっている。


「猫を飼いたいのか?」
「そうですねぇ…残れば飼いたいなと思ったんですけど」
「今からでも断るぞ」
「それはダメです。相手さんも困るでしょう?」


そうなのだ。いつもなら貰い手を探すのに3,4か月以上はかかって仔猫も成長してしまっていたが、今回は速攻で貰い手が付いた。理由など判り切っている。

ザカライアが国王の異母弟だと民衆にも知れ渡ってしまったからである。

それに最後の錆猫を貰ってくれると言ってきたのはあのアンドリューだった。
ザカライアにはエミリオの弟だったので最初に話があった時は断った。何か魂胆があるんじゃないかと疑った。
しかし、その後もアンドリューは直接やって来てザカライアに「是が非でも」と頼んだ。

ザカライアから最後の仔猫の引受先が誰になったか聞いた時にクラリッサは心配した。
アンドリューが引き籠ってしまい部屋から出て来なくなった事はクラリッサも時々やって来る両親から聞いていたのだ。

詳しくはクラリッサも聞かなかったが夜会の後、パットン伯爵家はすっかり落ちぶれてしまったという。

エミリオは籍を抜かれたようで先に平民となったが、パットン伯爵家が財産整理をして近々爵位も返上するらしいとは聞こえてくる。アンドリューはこの猫を引き取って独り暮らしを始めると言っていた。

お節介かなと思ったがクラリッサは「猫のご飯代だけはちゃんと稼ぐ」とアンドリューがザカライアに約束したと聞いて仔猫を引き取りに来た時に渡して欲しいと手紙をザカライアに渡した。

それはサヴェッジ侯爵家から「どうもシイタケを食べると肥満になり難いようだ」と聞いて売り物にならないシイタケの研究を始めるというので学問の中でも植物や生物学が好きだったアンドリューを雇って貰えないかと問い合わせたのだ。

「世話をやきすぎなんだよ…」
「でも、あの子はきっと頑張れるわ」
「そうじゃ無くて、どうせなら俺の世話・・・」
「ん?今、何か?」
「何でもない。風が出てきた。もう家の中に入ろう」
「風なら午前中から今日は吹いているんだけど」

間違いではない。立っていられないほどではないが庭掃除を無意味にするそれなりの強さで朝から風は結構吹いているのだ。


「とっ!兎に角!もうすぐ夕食の時間だ」
「夕食まであと2時間はあるのに?」
「夕食まで俺の部屋にいればいい」

――えぇーっ。詰まんないんだけど――

どうやらザカライアは迎えに来たらしい。

――ミータの授乳を見に来たのになぁ――

馬丁は苦笑しながらも助け船を出した。

「奥様、懐かれていますねぇ」
「え?そうでもないわよ?ミータはまだシャーって言うもの」
「そっちじゃないんですけどね」


帰りの小道も手を繋ぐ訳でもないし、会話が弾むかと言えば皆無。

――ミータをもっと撫でたかったんだけどな――

そう思うクラリッサの隣でザカライアは手を繋ごうと何度も手汗をボトムスに吸わせていた。
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