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第11話   怖いくらいにトントントーン

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音にするならギー、ガチャン。ギー、ガチャン。

カムチャは「こちらにどうぞ」と外門から玄関までを往復してるの?!と人生で初体験。
フワフワのクッションが座面についた豪奢な馬車に揺られて門道を通過する。

「フォフォー!凄い!揺れがっ!揺れがっ!」

感じないわけではないが、時折農道を走る荷馬車に乗せてもらうが揺れ方が全く違う!

「お喋り出来る馬車がこの世に存在したなんて!!」

主のケルマデックよりも先にこんな夢のような世界を体験できる喜びに打ち震えていると馬車が止まった。

「なんだ?!なんだ?!」

驚いていると扉が勝手に開くではないか!
外から開けられたとは思わず「魔法かっ?!」っと扉が開いただけでカムチャの腰はもう崩壊寸前だった。

「トラフ伯爵家の使者様で御座いますね」
「いいえ、執事です」
「・・・・」
「あ、あの…僕、何か不味い事を?!」
「こちらへどうぞ」

そうだった。ここは侯爵家なんだとカムチャは自分に言い聞かせ、先導する従者について歩いていくと領で一番高さのある教会の中よりも広くて豪華な部屋に通された。

履いている靴で絨毯を踏んでもいいのか?と迷うほどに毛足の長い絨毯。
一歩足を踏み出すとフワフワ体が浮いているのかと感じた。


「遠いところをようこそ。当主のバルバドス・トレンチです」
「はっはい!僕、いえわたっわたっ私はトラフ伯爵家の執事を任されておりますカムチャ・ツカともっもっ申しまっす」
「肩の力を抜いてください。この度は当家の娘、マリアナとの婚約をお申し出頂き誠にありがとうございます。娘とも話を致しましたが、是非トラフ伯とのご縁。大事にしたいと思っております」


カムチャはダメ元で釣り書きを出してみたのだが、まさか選ばれるとは思っていなかった。そりゃぁちょっとは「もしかして?もしかして?」とは思ったがくじ運の悪い主ケルマデックが選ばれるとは思わなかった。

なにより背中をダラダラと冷や汗が伝うのは、釣り書きを出したのはカムチャの独断専行で遠い領地にいるケルマデックはこの事を何も知らないという恐怖の事実。

「本来ならトラフ伯にも当家にお越し頂いて正式な書面にするのが筋かと思いますが…王都の噂は御存じでしょうか」

――あれかな?――

思い当たる噂はヘロゥワークで耳にしたがその一度きり。
また違う噂が流れているとすれば下手に答える事も出来ない。

「隠す事でもありませんので。2カ月ほど前に娘は婚約破棄を致しまして、事実無根の噂が王都で流れているのです。そこでこちらからの ”婚約締結書” をお渡ししますので娘を領地に同行させて頂きたいのです」

「うぇっ?!待ってください!」

「やはり気が早いですかな…」

「そうではなくっ…」


カムチャは言えなかった。
貧乏なので徒歩なんですとは言えなかったのだ。

男でも夜間は危険が伴うので多少無理をしても商人の馬車が野営をしている近くで夜間に休憩を取ったりする。敷布も掛布もなく、見上げれば夜空の星が見えるごろ寝。
その上、食費も切り詰めているので帰り道は2、3日は川の水を沸騰させて飲むだけになる事もある。

ここにきてカムチャは「とんでもない事をしちゃった」と生きた心地もしなかった。

しかし、目の前のトレンチ侯爵は婚約破棄となったと貴族の隠したい部分もちゃんと告げてくれた。カムチャも本当のことを言わねばならない。

「実は…トラフ伯爵家は…経済的に下降線‥いや横這いなんですけど下降線と申しますか…兎に角、金がないのです。なので私も王都行きの往復は徒歩で御座いまして、大事なお嬢様を長距離歩かせる事も出来ず…そのぅ」

「では当家の馬車を出しましょう。トラフ領でも自由に使って頂いて構いません」
「何もかも…本来ならトラフ伯爵家で用意をせねばなりませんのに」
「いいえ。こちらも無理を言って娘を預かって頂くのですから」

怖いくらいにトントン拍子で話が決まっていく。カムチャは冷静になればなるほど「非常に不味い」ともう背中もぐっしょり。席を立てば粗相をしたと思われるくらい尻も汗で椅子から滑ってしまいそうになった。


荷物の準備ができるまでは3日間。
カムチャはそれはもう至れり尽くせりの対応をされて「やっぱ、ちゃうわぁ」と勘違いもしそうになる。

3階の部屋なのに寝台に横になれば1階まで沈み込むんじゃないかと思うフカフカの寝具。
形がゴロゴロと残っているだけでなく、溶け込んだ野菜もあるという濃厚なスープ。

口の中で天使が絶賛大暴れする柔らかい上にそれだけで甘みのあるパン。なんとこんなに甘い味がするのに「ジャムをどうぞ」「バターも御座います」その上チーズまで形があるものからトロトロに溶かして具材を鉄串にさし、チャポンと浸すチーズフォンデュなんか食べた日には「ほっぺたが落ちるって本当だ♡」と初体験に「母上、僕を生んでくれてありがとう!」と11歳で口減らしのために奉公に出されて以来会っていない母に感謝したのだった。
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