上 下
39 / 43

VOL:37   温もりに包まれた朝

しおりを挟む
その日は仮眠室で就寝をしたサーディ。
サーディの隣にはメジーナ。シーナはアージと離れたくないのでどんなに遅くなってもアージの元に帰る。

シイロナガスは護衛の兵士を置いて、離宮に帰って行った。


騒ぎが起きたのは翌朝。
工場には多くの従業員が始業開始まで前の当番だった者から引継ぎを行っていた。

土煙をあげながら敷地に入って来たのは1頭の馬と、騎乗したツナカーンだった。


「サーディさん!直ぐに本宅にお帰り下さい!」
「一体どうしたの?パン、食べる?柑橘風味の味噌って言うジャムだけど美味しいわよ?」


中央卸売市場には色んな物が持ち込まれる。
遠い異国の味噌という大豆を発酵させたものにミカンや柚子など柑橘系の果汁や皮を混ぜ込んだ新商品はこの頃サーディのお気に入り。

「頂きます・・・あ、でも本宅には急いでくださいね」
「いいけど・・・元々本宅にあったモノは持ち出してないわよ?」
「違います‥もぐもぐ・・・あ、旨っ、旨いっすね‥」
「でしょ?この頃こればかりなのよ。1瓶850ハゼでちょっとお高――」
「そうじゃなくて!!旨さに忘れる所だったっ」
「なんですの?」

そんなに重要な事でもないだろうとパンをまた齧ったサーディ。
しかし、喉に詰まらせるかと思うくらいにツナカーンの言葉は衝撃だった。

「マカレルさんですよ!若様に子供が出来たんですよっ」

「ヒュッ!!」メジーナもパンを引き込んでしまった。

<< ゲホッゲホッ・・・ヒュゥヒュゥ・・・ >>


呼吸が落ち着くのを待ってサーディはツナカーンに問い返した。

「子供が出来たって本当?」
「はい!旦那様に言われてサーディさんを連れ帰るよう言われましたので」
「凄いわ・・・メジーナ・・・聞いた?」
「えぇ、空想の世界だと思ってたんですが若様・・・オメガだったんですね」
「残念だわ・・・ヒート中の香りって経験したかったのに!」


サーディとメジーナ。確かに驚いた。が、その驚きはツナカーンとはまさに異次元の驚き。

「なんです?そのオメガとかヒートって?」
「知らないの?男性同士が愛し合う世界よ。オメガって言うのは妊娠出来ると言われてるの」

サーディの言葉に「何かが違う」と悟ったツナカーン。
いつものブイサインではなく指を1本立ててチッチッチ。

「違いますよ。若様がクロエイーアさんとの間に子供を作っちゃったんですッ!」

サーディとメジーナは顔を合わせて、うんと頷くと何事もなくパンをパクリ。

「驚かないんですか?」 ツナカーンは驚かない事に驚く。

「別に?あれだけ仲良しさんしてたら当然だと思うけど?ね?メジーナさん」
「そうそう。むしろ良く今まで出来なかったなーなんて思うわよ」
「で、でもサーディさんの夫じゃないですか」
「そうね。でもお互いのする事には不干渉なの。何故か干渉してきたから物理的に合わないように私が避けなきゃいけないって手間があったけど、これで心置きなくこっちに引っ越せるわ」

「何でです?」
「だって、子供は今日出来て明日生まれるわけじゃないでしょう?」
「そうですけど」
「つ・ま・り!生まれるまでに学ぶ事が沢山あるわ。邪魔しちゃいけないでしょう?」
「そんなっ邪魔って」
「よく考えて?子供が生まれた後は初めての育児でワタワタでしょ?大公家は人員削減もあるんだから自分の事は自分でしなきゃいけない事も増えるの。ツナカーンさんも考えてみて?1年後、半年後にこんなイベントがありまーすって言われて、何もしないでその日を迎える?」

ツナカーンはブンブンと首を横に振った。

「でしょ?産み月は判ってるんだからその日に備えて勉強よ。それが親の勤めってものでしょう?・・・って作業場の奥さん達が言ってたんだけどね。邪魔しちゃいけないわ」



だが、マカレルと結婚をしているのは間違いなく、一旦戻って話をせねばならない事も判る。マカレルが不貞を犯したとあっても、離縁できるのは半年後。ちょうど子供が生まれるかどうかの時期にもなる。

――ま、円満離縁だし、慰謝料も要らないし、いいかぁ――

暢気に考えていたサーディだったが、本宅で「申し訳ない」と言いつつ頭を下げる大公夫妻に殴りかかりそうになった。

「1年後に王太子殿下が即位となる今、大公家が問題を起こすことは出来ないんだ」

「だからと言って!どうしてこの時点で小大公に?!離縁してからでいいじゃないですか。バニートゥの事ももういいです。他に当たります。私は小大公夫人になんてなりたくありません!」

「もう決めた事なんだ。届けも出した。間違いなく反対すると思ったからね。だが…多数決で反対はサーディ。君だけなんだ」

「多数決って!結果ありきの事でしょう?そんなの評決を取る意味が何処に?!あなたも何か言いなさいよ!3年経ったら白い結婚で離縁!お互いの事は不干渉!家庭内別居!そう言ったでしょう?!私は貴方のする事には何も言わなかった!私はちゃんと約束を守ってるじゃない!」

サーディはマカレルに詰め寄ったが、マカレルはこの先もクロエイーアに纏わりつかれる事に絶望し、サーディとの結婚があることに救いを求めて来た。

「今まではそうだった。でも・・・こうなった以上、僕の心の拠り所、大公家に戻るにはサーディ!君しかいない。僕を殴ってもいい、詰ってもいい!喜んで受ける!でも・・・妻である事を辞める事だけは!離縁する事だけはどうか!どうか思い直して僕との結婚を続けてくれ!頼むよ‥‥じゃないと君に見放された上に平民だなんて僕は壊れてしまう」

「壊れればいいでしょう!?自分の都合よく私を利用しないで!」

「別居でもいいんだ!君と結婚をしている・・・もうそれだけがクロエに束縛されない僕の唯一なんだ!」

「嫌よ!嫌!クロエイーアさんと好きにすればいいじゃない!子供まで作って何甘えた事を言ってるのよ!離縁してよ!今すぐ!!」

「そんな事をしたら僕は何の保証も無い平民になってしまう。そんなの嫌だ。それに大公家に戻った後に離縁なんてしたら周りから何を言われるか!そんなの針の筵だよ!」

「こうしなければ大公家も、王家も民衆からの反感を買ってしまう!王太子殿下の即位にケチをつけるわけにはいかないんだ!判ってくれ」

「判るわけないでしょう!あなた達のした事じゃない!?私だけじゃなく爵位まで利用しないでよ!!」


必死に抵抗をするサーディだったが、オークパトスは書類を1枚サーディの目の前に突き出した。


「陛下にももう認可をもらった。離縁届を出しても不受理となる。この償いは何とでもする!すまないっ!」

「そんな・・・何もかも済ませた後で納得だけしろって?!馬鹿にしないで!!こんなものっ!こんなもの!!」

サーディはオークパトスから書類を取り、ビリビリに切り裂いた。
半分になり、また半分。小さくなったクズがっ床に落ちるが手の中にある書類をサーディはこれでもか!と引き裂いた。


無駄な抵抗だとは判っている。ここにあるのは2通のうちの1つ。
もう1つは国王の元にありそれが正本。副本を破ったところで意味はない。
それでもサーディの怒りは他にぶつけようがなかった。




★~★

その夜から5日。サーディは大公家に戻る事は無かった。
管理室に併設した仮眠室でメジーナも追い出して起きている間は書類と縫物。
夜は鍵をかけて1人で朝まで泣いた。


コンコン。ノックの音がするがサーディはメジーナだと思い扉を開けなかった。

コンコン。もう一度ノックの音に「帰って」と声をあげた。

今度はノックではなく、カチャリと扉が開いた。


「シイロナガス様‥‥すみません。メジーナさんだと思ったので」
「構わないよ。何日も寝てないし、まともに食べてないんだって?」
「そんなこと・・・ありません。ほら!元気でしょう?私、頑丈なの――」

サーディの言葉が途切れたのはシイロナガスに抱きしめられたからだった。

「全部・・・聞いた。辛いだろう」

シイロナガスの言葉にサーディはフルフルと首を小さく横に振るが、サーディの頬をシイロナガスの手が覆った。

「無理をするな。私だけには胸の奥を吐露してくれないか?全て受け止める」
「いいんです・・・何も思ってな――(っっっ?!)」

今度はサーディの唇にシイロナガスの唇が重なった。

「何もかも捨てて君と遠い街に逃げてもいいんだ。私を頼って欲しい。全てを受け入れるよ?私は君を愛している」

サーディはシイロナガスの胸で思い切り泣いた。
サーディはいつの間にか眠っていたがシイロナガスは朝までただ抱きしめてくれた。

「私は正式に妻と出来なくても生涯サーディだけを愛すると誓う」
「そんな事をしたら余計に男色という噂が立ってしまいます」
「構わないよ。周りがどう言おうとサーディだけが違うと知ってくれていればいい」
「だけど、不貞関係になってしまいます」
「書面がないだけさ。私は体ではなくサーディ。君の心が欲しい。私だけを熱を持った目で見て欲しい。君の心を私で満たしたい。私の子を産むとすれば・・・君の全てが私だけになった時だ。私は待ては苦手だが克服しようと考えているよ」


重ねたのは唇だけ。
朝までシイロナガスの温もりに包まれたサーディの目に入った朝日はとても美しかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】11私は愛されていなかったの?

華蓮
恋愛
アリシアはアルキロードの家に嫁ぐ予定だったけど、ある会話を聞いて、アルキロードを支える自信がなくなった。

魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される

日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。 そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。 HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!

「僕は病弱なので面倒な政務は全部やってね」と言う婚約者にビンタくらわした私が聖女です

リオール
恋愛
これは聖女が阿呆な婚約者(王太子)との婚約を解消して、惚れた大魔法使い(見た目若いイケメン…年齢は桁が違う)と結ばれるために奮闘する話。 でも周囲は認めてくれないし、婚約者はどこまでも阿呆だし、好きな人は塩対応だし、婚約者はやっぱり阿呆だし(二度言う) はたして聖女は自身の望みを叶えられるのだろうか? それとも聖女として辛い道を選ぶのか? ※筆者注※ 基本、コメディな雰囲気なので、苦手な方はご注意ください。 (たまにシリアスが入ります) 勢いで書き始めて、駆け足で終わってます(汗

腐っている侍女

桃井すもも
恋愛
私は腐っております。 腐った侍女でございます。 腐った眼(まなこ)で、今日も麗しの殿下を盗み視るのです。 出来過ぎ上司の侍従が何やらちゃちゃを入れて来ますが、そんなの関係ありません。 短編なのに更に短めです。   内容腐り切っております。 お目汚し確実ですので、我こそは腐ってみたいと思われる猛者読者様、どうぞ心から腐ってお楽しみ下さい。 昭和のネタが入るのはご勘弁。 ❇相変わらずの100%妄想の産物です。 ❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた、妄想スイマーによる寝物語です。 疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。 ❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく激しい微修正が入ります。 「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。

没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしてきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!

日之影ソラ
ファンタジー
 かつては騎士の名門と呼ばれたブレイブ公爵家は、代々王族の専属護衛を任されていた。 しかし数世代前から優秀な騎士が生まれず、ついに専属護衛の任を解かれてしまう。それ以降も目立った活躍はなく、貴族としての地位や立場は薄れて行く。  ブレイブ家の長女として生まれたミスティアは、才能がないながらも剣士として研鑽をつみ、騎士となった父の背中を見て育った。彼女は父を尊敬していたが、周囲の目は冷ややかであり、落ちぶれた騎士の一族と馬鹿にされてしまう。  そんなある日、父が戦場で命を落としてしまった。残されたのは母も病に倒れ、ついにはミスティア一人になってしまう。土地、お金、人、多くを失ってしまったミスティアは、亡き両親の想いを受け継ぎ、再びブレイブ家を最高の騎士の名家にするため、第一王子の護衛騎士になることを決意する。 こちらの作品の連載版です。 https://ncode.syosetu.com/n8177jc/

優秀な姉の添え物でしかない私を必要としてくれたのは、優しい勇者様でした ~病弱だった少女は異世界で恩返しの旅に出る~

日之影ソラ
ファンタジー
前世では病弱で、生涯のほとんどを病室で過ごした少女がいた。彼女は死を迎える直前、神様に願った。 もしも来世があるのなら、今度は私が誰かを支えられるような人間になりたい。見知らぬ誰かの優しさが、病に苦しむ自分を支えてくれたように。 そして彼女は貴族の令嬢ミモザとして生まれ変わった。非凡な姉と比べられ、常に見下されながらも、自分にやれることを精一杯取り組み、他人を支えることに人生をかけた。 誰かのために生きたい。その想いに嘘はない。けれど……本当にこれでいいのか? そんな疑問に答えをくれたのは、平和な時代に生まれた勇者様だった。

今更愛を告げられましても契約結婚は終わりでしょう?

SKYTRICK
BL
冷酷無慈悲な戦争狂α×虐げられてきたΩ令息 ユリアン・マルトリッツ(18)は男爵の父に命じられ、国で最も恐れられる冷酷無慈悲な軍人、ロドリック・エデル公爵(27)と結婚することになる。若く偉大な軍人のロドリック公爵にこれまで貴族たちが結婚を申し入れなかったのは、彼に関する噂にあった。ロドリックの顔は醜悪で性癖も異常、逆らえばすぐに殺されてしまう…。 そんなロドリックが結婚を申し入れたのがユリアン・マルトリッツだった。 しかしユリアンもまた、魔性の遊び人として名高い。 それは弟のアルノーの影響で、よなよな男達を誑かす弟の汚名を着せられた兄のユリアンは、父の命令により着の身着のままで公爵邸にやってくる。 そこでロドリックに突きつけられたのは、《契約結婚》の条件だった。 一、契約期間は二年。 二、互いの生活には干渉しない——…… 『俺たちの間に愛は必要ない』 ロドリックの冷たい言葉にも、ユリアンは歓喜せざるを得なかった。 なぜなら結婚の条件は、ユリアンの夢を叶えるものだったからだ。 ☆感想、ブクマなどとても励みになります!

【完結】愛する女がいるから、妻になってもお前は何もするなと言われました

ユユ
恋愛
祭壇の前に立った。 婚姻契約書と共に、もう一つの契約書を 神に提出した。 隣の花婿の顔色が少し悪いが知ったことではない。 “お前なんかと結婚したくなかった。 妻の座はやるが何もするな” そう言ったのは貴方です。 今からぶっといスネをかじらせていただきます! * 作り話です * R指定は保険レベル * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...