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VOL:36   こんな時に!

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国王に呼び出されたオークパトスは重い足を引きずって大公家に帰ってきた。

「どうなさいましたの?」
「どうやらカティの大好きなサーちゃんは手放すしかなさそうだ」
「エェェーッ?!」


ガンガーゼがいなくなり、面倒なクロエイーアをこれまた面倒しか起こさない愚息マカレルと一緒に放逐し、寝取られ妻となるサーディと暮らそうかな~と暢気な事を考えていた大公夫妻。

サーディに「当面は他言無用」と口封じをし、水面下で進めていたのはいずれバニートゥが継ぐオルーカ伯爵家を間もなく即位する王太子のご意見番として抱え上げるというものだった。

ご意見番は爵位に関係なく、多方面から国政に意見をする。
学院でも成績も優秀なバニートゥは年齢は若いが、それも強み。ゴリゴリに昔のやり方に拘る老害連中に根拠を突きつけて論破できると考えた。

大公夫妻はバニートゥの事だけをサーディに話した。
サーディもそれならと納得をしたが、大公夫妻はその他は伝えていない。

サーディはマカレルと離縁となるが、その後を大公家が責任を持つとすればいい。その頃には大公家ではなく「前大公家」となっているが、庇護下に置いたサーディに面と向かって悪態を吐く者はいなくなる。

サーディが気忙しく働いているのはきっと平民となった時の生活の為と思い至った大公夫妻は面倒をみる事でサーディに「生活の心配はない」とする予定だった。

息子でダメなら娘のような子で良いじゃないか。
それが大公夫妻の考えだった。


が、国王はマカレルと離縁後、半年の時間をおいてサーディをシイロナガスの認妃として迎えると言った。再婚であるサーディと結婚は認める事は出来ないが、愛人として側に置く事は認める。そのため認妃つまり愛人とするとオークパトスに決定を言い渡した。

認妃となってしまえばサーディを手放すしかない。
「嫌だと言うなら勅令を出す」と言われてしまい引き下がるしかなかった。



神様は無類の悪戯好きなのかも知れない。

国王の決定を妻のカトルフィに伝え、がっくりとしている所にやって来たのはクロエイーアだった。
嬉々とするクロエイーアの後ろで大公夫妻以上に肩を落としているのはマカレルだった。


「なんだ?忙しいんだ。具合が悪いなら侍医を呼べ。ここに侍医はいない」

突き放すオークパトスにクロエイーアは「さぁ!早く!」マカレルの腕を引いて入室してきた。


「お義父様、とぉっても大事なお話がありますの。人払いをして下さらない?」
「人払い?ここの使用人は口は貝よりも固いが?」
「いいんですかぁ?どうなっても知りませんわよ?ねっ?マーク」

バツが悪そうに俯くマカレルをクロエイーアは背を押してオークパトスの前に押し出した。


「喜んでくださいませ。お義父様、お義母様が望んでいらした待望の赤子が出来ましたの」

<< っっっ! >>

嬉しそうにまだ膨らみの見えない下腹に手を当てるクロエイーア。
オークパトスは一瞬自我崩壊しそうになったが、マカレルに「本当か」と問い質した。

マカレルは言葉でなく、首を大きく下に動かした。
項垂れたにしては大きな動作。直ぐに涙に潤んだ目を大公夫妻に向けた。

「お前の子・・・だと言うんだな?」

マカレルに問うたオークパトスだったが、答えたのはクロエイーア。

「うふっ。さぁどうしますの?困りましたわぁ。わたくしの夫はガジィ。でも腹の子の父親はマーク。一線を超えるつもりなんかありませんでしたのよ?ですがか弱い女の力が年若いマークに敵うはずが御座いませんでしょう?」

「無理やりな関係だったとでも訴えるつもりか」

「さぁ?そうして欲しいのなら致しますけれど・・・世の中には取引という言葉も御座いますわ。わたくしはいいんですのよぉ?赤子だけしっかりと育てて頂ければ。だって…抗えなかったとは言え受け入れたのはわたくし。わたくしの体を蹂躙したのはマーク。赤子に罪は御座いませんもの」

バッとオークパトスの前に跪いたマカレルは涙を流し訴えた。

「避妊薬を飲んだ!避妊具も装着した!でもっでもっ・・・」

「オホホホ。あら避妊薬?もしかしてあのお茶かしら?色が怪しかったから捨てておきましたの」

「で?避妊具にも穴をあけておいたと?」

「嫌ですわ。殿方の避妊具など扱いは女の仕事では御座いません。何だろうと手に取った際に指輪で引っ掻いたおかしら?穴が空いたかどうかなど、わたくしが装着するわけでもないのに判りませんわ」


クロエイーアの後ろにはいつの間にかゴーンズイ公爵家の従者が立っていた。

「勝手に人の屋敷に!」
「あら?心外。わたくしまだ離縁はしておりません。実家から菓子を届けてもらっただけですわ。だから申しましたでしょう?人払いをなさいませ・・・と?アハハっアーハハハ」

まさかゴーンズイ公爵家の従者まで連れ込んでいるとは思わなかった。
大公家の従者がくい止めるために騒ぎになっているはずだ。

その時は気が付かなかったが、大公家の廊下には従者が何人も倒れていた。クロエイーアが呼び寄せたのはゴーンズイ公爵家の間者が数名。その中には女性の間者もいる。不意を突かれた大公家の使用人。そもそもで暗殺も辞さない間者相手に命を落とさなかっただけ僥倖だ。


「何が望みだ。ガンガーゼとの離縁の撤回か?」

「まさか!そんな安いものでわたくしが納得するとでも?帰ってこないガジィなど必要ありません。何より男も女も若い方が活きが良いでしょう?40が目の前のガジィでわたくしに我慢しろと?嫌だわぁ。随分とわたくし、安く見積もられておりましたのねぇ」

「ならマカレルと結婚をし直したいとでも?」

「お義父様?マカレルとわたくしの関係・・・望んでましたわよね?これを持って追い出そうなぁんて・・・甘いわ。口の中が砂糖でジャリジャリしそう。マカレルが離縁、わたくしも離縁・・・だとぉ~マカレルは時期を待てば平民でしょう?今だって伯爵家の婿だもの。格下の男に必要なのは体だけですわ。わたくしは小大公の妻のまま。だぁれも離縁はしない。むしろ・・・あの女に自分の夫がわたくしとの間に作った子を世話させる余興を楽しみたいんですのぉ」

「随分と趣味の良い事だな。そんな戯言が叶うと思っているとは」

「あら?叶えたい望みなどありませんわよ?周りが私の希望、要望通りに動くだけですわ」


クロエイーアはゆっくりと下腹を撫でて、ウットリ。恍惚とした表情を浮かべた後、蔑むようにオークパトスを見た。


「ガジィは失踪とし、マークに小大公になって頂くわ。だから離縁なんてさせないわよぉ?で、居なくなったガジィの子をマークが養子にする。わたくしは寡婦となり生母として一緒に暮らす。どうぜマークの子をわたくし達の養子にしようとしてたんですもの。マークとは血の繋がった子。書面上だけの養子ですわね」

「そんな事はさせない!認めるものかっ」

「あらぁ?認めないの?いいのよ?わたくしは。陛下が代替わりされる際にこんな出来事があったなんて・・・お父様が議会で何を喋ってしまうのか。ふふふっ…。即位される王太子殿下の顔に泥を塗りこんで戴冠式に向かわせるなんて、お義父様も随分なご趣味ですわぁ。まぁわたくしとマークが不貞を犯すよう仕組んでましたものねぇ」

クロエイーアを嵌めたつもりが策士策に溺れる以前の問題。
あまりにも自由にさせ過ぎたのが命取りになった。
オークパトスの企みを逆手に取ったクロエイーアにしてやられてしまった。

兄嫁を兄の不在に孕ませるという前代未聞な醜聞は間違いなく王家に対し民衆が不信感を持つ。大公家だけが責任を取れば良いというものではない。かと言って堕胎は最大の禁忌。

――この時期で無ければ!!――

オークパトスはあと少し。マカレルとサーディが白い結婚を狙っているのならあと半年だったのにと悔やんだ。

国王のサーディを認妃にというのも断りを入れねばならなくなった。
お飾りの大公家。何の力も無いのに大公家には縛りが多い。

2人の間をかき回す事は望んだが、この時期に国政を、即位をかき乱す事は望んでいないし出来ない。


「判った。マカレルを小大公、サーディを小大公夫人とする。だが直ぐに前小大公となるがな」

「話の判る人は大好きよ。わたくしは憂いなく過ごす毎日があればそれで充分なの。アハっハハハ。じゃぁ暫くマークはお返しするわ。妊娠中の閨事は危険だもの。マークのような駄犬が何をするか判らないし…せいぜい2人目を作るまで溜め込んでもらえると助かるわ」


ゴーンズイ公爵家の従者と共に去って行くクロエイーア。
マカレルは床に突っ伏し「ごめんなさい」と何度も繰り返す言葉だけが部屋に響いた。



★~★
完結後の訂正および追記です。
認妃にんき:造語です。
大公家の存在が一般的なお話の位置づけとも異なりますので、認妃にんきという造語としました。

公的な結婚をするのではなく、王子が愛人のような立場で側に置く女性。

「妃」とつけば結婚していると受け取られるかと思いますが、事実婚のようなもので、夫となる人が亡くなっても相続権などはなく、子供も王族としては認められないって感じです。

他の妃のように権利などはなく、ただ愛されるだけのお仕事で国王が特定の王族の側にいる事を認めた人という感じです。

シイロナガスが臣籍降下すれば認妃にんきではなく、ただの愛人となります。
王女が側に置く場合は認夫にんふとお考え下さい(*^-^*)

リアルとは違う想像の話なので、ご了承ください<(_ _)>
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