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VOL:26   それを戯言と言う

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夜会の会場に到着した馬車から先にマカレルが降りた。
まさか下車のエスコートをマカレルがするとは思わなかったが、これも演技。演技とサーディは笑みを浮かべてマカレルの手に手を乗せた。

――わぁ赤くなってる。気合の入った演技ね――

サーディにはマカレルが一世一代の演技をしている様に見えているがマカレルは違う。
会場までの一歩一歩に段々とサーディに対しての興味がわいた。

「まぁ珍しいわね。結婚をしたと聞いたけれどちっとも夜会にもでないから」
「御無沙汰をしておりました。実は妻を誰にも見せたくなくて」
「結婚も1年以上なのにまだ?惚気られるとこちらも汗をかきそうよ」

顔では笑みを浮かべながらサーディの心では「ちょっと気合入り過ぎじゃない?」とマカレルに勧告するのだが、マカレルは話しかけて来る貴族の当主夫婦に仲の良さ以上に妻への愛の深さを語って聞かせる。

――確かに皆さんへのお披露目と言って良いけどやり過ぎよ!――

あまりにも惚気ると、その後が面倒になる。
離縁をする頃になれば極端に冷え切った仲をまわりに見せねばならないのに、激熱過ぎると周囲の勘繰りが激しくなってしまうではないか。

「踊らないか?」
「・・・・・えぇ」

仲の良い夫婦の時間なのだ。1曲は踊らないと周りも疑うかも知れない。
が、誤った選択だった。

「あの…曲はもう終わりましたが?」
「婚約者や夫婦は続けて3曲踊って周りに知らしめるものだ」
「そうなんですか‥‥(チッ)」

が、続けて3曲どころか、マカレルはサーディの手を握り、腰に回した手を外す事をしない。周囲に目を向ければとんでもない要求を結婚に突きつけて来る男でも美丈夫なマカレル。「次はわたくしと!」と曲が終わりそうになると近寄って来る令嬢もいるのに見向きもしない。


やっとダンスから解放されたのはサーディの足が限界を迎えた8曲目だった。

「疲れただろう」

――当たり前でしょうがっ!!――

「庭に出て風にでもあたろうか。汗も引くだろうし」

――そんなのいいから、もう帰って湯船に飛び込みたぁい!――


気持ち悪いほど献身的に尽くす夫を演じるマカレル。
風に当たれる中庭のベンチに思わずサーディは「はぁーどっこいしょ」と面倒だしもう帰りたいし、足は痛いしという気持ちが口をついて出てしまった。

「ははっ。令嬢でもそんな掛け声で腰を下ろすんだな」
「聞き苦しくて申し訳ないですね。もういいんじゃないですか?こんな所まで演技しなくても」
「演技?アハハ・・・そうか・・・君には演技に見えてたんだね」

――は?演技じゃなかったらなんだと言うの?――

言葉を返さず、「はぁ?」と疑問を浮かべたサーディの表情にマカレルはクシャッと顔を綻ばせて笑うと「ちょっと待っててくれ」と噴水に向かって歩き、ハンカチを濡らすと絞りながら戻って来た。

「足が痛いだろう。冷やしてあげるよ」
「いっいいです!遠慮します!」
「仲の良い夫婦なんだから、これくらいはさせてくれ」
「いえいえ、こんな所で何をするつもりなんです?」
「つま先を冷やすだけだ。直ぐに乾くから大丈夫だ」
「ちょちょちょ・・・全然大丈夫なんかじゃないです。足先までキンキンに冷えてるので遠慮します!」

が、マカレルはベンチに座ったサーディの前に跪くと、サーディの足首を優しく握って靴を脱がせ、ハンカチをバッと音をさせて水分を飛ばすとつま先を包むようにあてた。

――ハァ♡気持ちい~‥‥っていかんいかん!流されちゃだめ!――

「次の夜会にはドレスを贈りたい。受け取ってくれる?」
「要らないです」
「遠慮はいらないよ。僕からの気持ちだ」
「えぇっと・・・演技ですよね?近くに間者でもいるんですか?」
「ぷはっ!面白い事を言うんだね。誰も聞いちゃいないさ」
「だったら、ここまで来て演技しなくてもいいんじゃないですか?」
「演技じゃない。ドレスを贈りたいのは僕の本当の気持ちさ」

――あぁ~アレか。そう、アレだわ――


大公のオークパトスからマカレルが本来サーディが受け取らなかったら返金される持参金を懐に入れたことは聞かされて知っている。

大公家には基本的に自由に出来る金は無い。欲しいと思っても1つの商会や工房が判るような品を身に着ける事も規制をされている。公平に満遍なく。装いにも気を配らねばならない。

裕福に見えて実は自由に買い物もできない大公家で育ったマカレルは自由にできる大金を手にしたのだから、サーディには開放感から散財をしたい男にしか見えなかった。

――憐れよねぇ。私とは違った意味で貧乏なんだもの――


棄てられた仔犬を見るようなめでサーディはマカレルを見た。
マカレルはサーディの視線に気が付くと、耳まで赤くして顔を背けた。

――うっわぁ・・・やること成すこと気持ち悪さが半端ないわ――


「風が出て来たね。もう帰ろうか。送って行くよ」

――そりゃ馬車1台ですから置いて行かれても困るんですけどね――


馬車までの回廊でサーディは「何のカミングアウト?」と首を傾げた。


「疑っているかも知れないが、僕と義姉さんの関係は何と言うか・・・慰めているだけなんだ」
「そうですか」
「浮気だと誤解する者もいる。距離感から不貞行為だと君も感じているだろう」
「いえ?ご自由にとは常日頃から。ですから何も申し上げておりませんし」
「うん。君の気持ちはわかる。でも不貞じゃないんだ。慰めているだけだから」
「そう言われて、私にどうしろと?」
「どうもしない・・・だた気持ちはないという事は知っててほしいだけだ」

――不干渉なんだからどうでもいいんですよ?じゃんじゃんやっちゃって?――


サーディはふと考える。
世の奥様で「気持ちはない体の関係だから」で許せる人はいるんだろうかと。

サーディの気持ちとしては「何処かの誰かさん同士の不貞」という傍観者的な立ち位置だから許せるだけで、本来の結婚をしていたらその発言は導火線のショートカットになるんじゃないの?としか思えなかった。


帰りの馬車でも摩訶不思議な現象が起きた。
マカレルがサーディの隣に座ってもいいかと聞くのだ。

「いえ、遠慮します」
「照れなくていい。ここには僕と君しかいないんだから」

サーディは自分の両耳に指を入れた。山登りの途中で耳がツンとするような事があったのかな?と聞こえた言葉を疑った。

「隣‥‥イイかな?」
「それって寝言ですか?世迷言?」
「あははっ。君は知れば知るほど面白いね。僕を揶揄っているのかい?」

ジト目・・・・・

「戯言でしたね。足を伸ばしたいので遠慮します」
「なら僕の膝の上に伸ばせばいい」

すん・・・・・
サーディは言葉を失い、マカレルの十八番である【奥義・無言の抗議】を行った。

片足は落とすしかなかったが、サーディは隣に座られるくらいならと座席に寝転んだ。

――結局目の保養どころじゃなかったわ。ケェッ!――

サーディの毒吐きはマカレルには聞こえないが、不貞腐れたように寝転ぶサーディをみてマカレルの胸はキュンキュンと締め付けられていた。
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