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VOL:16   癒しのハーブは要らないの

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初夜の翌日、休職の届けを出して屋敷に戻ってみればそれは丁寧な大公夫妻の謝罪の嵐。

「気にしておりませんのでご安心を」
「だが、この事はマカレルが悪い。本当に申し訳ないっ」
「きつく言い聞かせます。どうか・・・」
「本当に気にしてないんです。それに今は夫婦の形も色々ありますし‥お気遣いは無用で御座いますよ?」

確かに大公夫妻が結婚した当時から言えば、政略結婚する夫婦の数は減ってはいないが子は時期を見てとする若い夫婦は増えた。

マカレルの子が欲しい。それは変わらないがオークパトスは「お世継ぎを!」と成婚前から急かされていた兄の国王を知っている。プレッシャーで気を病んでも外からは判らない。だからガンガーゼに2、3年子が出来なくても何も言わなかった。5年目でもクロエイーアではなくガンガーゼに検査をさせたのはクロエイーアの負担を考えての事だった。

オークパトスは「やはり白い結婚?」と更に疑惑を深めた。





そして2週間が経過する。

暇である。兎に角暇である。

気忙しく働く事が当たり前だったサーディだが、全ての市場、仕立て屋、そして医療院に休職の届けをだし朝起きてする事と言えば、「どうやって時間を潰そう」かと考えること。

――なんて無駄な時間を過ごしているの!!――


時は金成りとも言う。金が全てではないがする事もなく堕落した生活を送ると生活習慣病が老後に待ち受けているようで、心臓が不整脈を打ち始める。

――ダメだわ。自分で病気の悪循環を招き寄せているわ!――


する事もなかったサーディは先ず庭に出た。
森林とは呼べないが、南の離れの敷地はそれなりに広く、一周するだけでもかなりの運動になる。

15分ほど歩いていると庭師のマートンが何かの苗を植えていた。


「こんにちは。何をしておられるんですの?」
「これは若奥様。いえね。若様が植え替えておけと五月蠅いもので」

ふと覗き込めば【ミント】と【ローズマリー】世間ではハーブと呼ばれる草である。
が、サーディは首を傾げた。

「あのぅ…庭師さんは・・・失礼ですが何年目ですの?」
「へっ?庭師になってからって事ですか?」
「はい」

マートンは手を止めて、空を見上げて、また視線を手に戻して数えながら指を折る。

「子供の頃から庭木を弄るのが好きで趣味が高じただけなんですけども、そのおかげで合格率1.5%の難関を潜り抜け剪定師の資格を取ってからは4年です。趣味だった時間を加えれば20年でしょうか。あっと・・・若奥様。ご挨拶が後になりましたが、大公様よりこの南の区画の庭木を任されましたマートン・スナッパーと申します」

額や首の汗を土と共に拭きながら立ち上がったマートンは丁寧に頭を下げた。

「いえいえ!そんな!頭をあげてください。私も挨拶が遅れました。サーディ・オルーカと申します。当面御厄介になりますがよろしくお願いいたします」


間違いではないはずだとサーディは自分の言葉を反復した。
確かに離縁ありきの結婚なのでここを出ていく日が来るのは間違いないが、マカレルの元に嫁いだのではなくマカレルがオルーカ伯爵家のサーディに婿入りをしたのだ。

――ここは間借り。いつか出ていくことに変わりはないわ――

が、ふと考えた。

――バニーが爵位を継げば私は平民だけど仮夫さんはどうするんだろう――

バニートゥは在学中で20歳の誕生日を迎えるが、学院生は「扶養者」とみなされるので卒業後に爵位を継ぐ事になる。

順序としては籍を入れた日、バニートゥの卒業、一緒に住み始めた日となるのだが、籍を入れた日に離縁となれば貴族との離縁なのでマカレルは大公家に籍が戻るだけ。
だが、一緒に住み始めた日となるとサーディは爵位を失っているので夫であるマカレルも「平民と結婚」となり大公家に戻る事は出来なくなる。

――ま、その辺りは考えてるでしょ――

どっちにしてもサーディは平民として生きていくのだから離縁する夫の事まで考える必要はないし、「不干渉」なのだからとそれ以上考えるのを止めた。

で、マートンである。


「あの…私、花卉かき市場や卸売市場で働いていたので、そこで聞いたんですが・・・」
「あぁ、植え方でしょう?」
「ご存じですのね?失礼を致しました」

マートンは数歩先にある麻布でくるんだ苗をサーディに見せた。


「本宅の周りにもミントやローズマリーは植えてます。但し・・・鉢植えでね。そうしないと大変な事になりますから」
「ですが…ここには地植えをされてますよね。あっという間にこの辺り一帯に広がってしまいますし、折角選定した草花も栄養を取られて枯れてしまいますよね?」
「何度も言ったんです。鉢植えにしろとね。特にミントは土の中で根がグングン張って見えてる部分だけ取ればいいってモンじゃなくなる。土を剥ぎ取らないといけなくなるんで手に負えないんですがねぇ」

ハーブ類はお茶にしたり、湯船に葉を浮かべればスッキリした香りで癒されたりするのだが地植えは危険。
種は広範囲に飛び散るし、地中は根っこだらけになる。
ローズマリーなどはあっという間に人の背丈を追い越す上に枝分かれが激しい。

少しなら癒されるが、手に負えなくなるとその香りが一帯を覆い、成長したミントの葉の香りは悪臭と化しと言って良い。

飛んだ種は芽を出すまで解らないが、芽を出した時は手遅れと言う事だ。

売り物にする農家は徹底した管理下で地植えなどで栽培をしている植物なので、いくら腕のいい庭師がいるからと庭に植えるような植物ではない。


「後はね、イチゴも頼まれてるんですが‥無謀ですよねぇ」
「イチゴっ?!温室でも作るんですか?」
「いやいや、そんな工作物は無理です。せいぜい腰までの棚を作るのが関の山です。枯れるか…実がなっても虫に食われると思うんですけどね」


サーディは頭が痛くなった。
イチゴは可愛くて甘くて美味しいが、育てるのは難しい。

露地栽培をしている者も確かにいるが、あくまでも自家消費やお裾分けで味も形も問わずという了解あってこそ。ここは大公家。箱の中に数個が鎮座する高級品なみの完成度が要求されるだろうし、そうでないとしても生クリームの上にチョコンと載せられるレベルは求められる。

温度管理が非常に難しく、昼夜問わずで世話は必要だし設備投資が半端ない。イチゴ農家はプロ中のプロだが、それでも失敗する可能性の高い難易度「高」な野菜である。


考えた末、サーディはマートンに「植えなくていい」と指示を出した。

「宜しいのですか?」
「構わないわ。その代わりここにはミントの代わりにコスモス、ローズマリーの代わりにヘアリーベッチを植えてくださる?花が咲いて見頃を迎えた頃に土に梳きこんで緑肥としてください」
「いいんですか?若様にバレますよ」
「苗は鉢植えにしてその葉を渡せばいいし、ヘアリーベッチの花をローズマリーと間違ってくれるわ。だってその程度の知識しかないんだもの。花が咲く時期も知っているとは思えないわ。他の植物に影響があると判っていて植えるのもマートンさんは心苦しいでしょう?」


マートンの顔もパッと明るくなる。サーディは「うんうん」と頷いて散歩の続きを始めた。

「イチゴってそんなに難しいんですか?」メジーナが問う。

「売り物になる野菜なんかで簡単なモノは無いわ。あるのは難易度。でもね?緑肥が出来たら初心者でも簡単な大豆とか、タマネギ、ジャガイモなんかを植えてみましょう。大豆はね。青いうちは枝豆なの。茹でると絶品よ?ま、カメムシ対策は必要だけど」

「そうなんですねぇ。青果店で並んでて買うだけだったので知りませんでした」
「私もそうだったの。でも中央卸売市場で色々教えてもらっただけ。豆苗やカイワレなんかのスプラウトとかネギは根っこは捨てずに水に浸しておけば伸びて来るのよ?1回奮発して買った後は半年お世話になったわ。香りだけじゃお腹は膨れないわ。どうせ植えるなら食べられる方が有益よ」

「クッ・・・そんな貧しい生活をっ!!」メジーナは憂いた。


侍女メジーナと緑肥が出来た後の会話をするサーディ。
マートンはその夜、主であるオークパトスに一部始終を報告した。


「なんでまたハーブなんぞを」
「クロエイーア様にお茶講義を受けたとマカレル様が仰っておりました」
「またか・・・初夜も放り出し見舞いだと言っておったが・・・」
「若奥様は案外せいせいしているかも知れません。緑肥の事で盛り上がってました」
「緑肥か・・・大公家の庭で農業でも始めるのか?」
「いいえ?向き不向きもご存じのようですよ。緑肥にするのにヒマワリは選ばれなかったので」


マートンはヒマワリの花言葉「あなたを見ている」を否定したのだと思ったが実は違う。
ヒマワリは水をグングン吸収するので水撒きの回数が多い。が、やり過ぎるとうどんこ病になるので世話が大変なのだ。

水に根っこを浸けて発芽した芽を食べていたサーディは効率を重視していただけである。
生きていくのには色気より食い気なサーディだった。
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