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VOL:10   聞く者の心が冷える恋心

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サーディを迎えに豪華な馬車がアパートメントの前に止まるとあっという間に人だかりが出来る。

ガチャリと扉が開くと降りてきたのはマカレル。
サーディは馬車に乗り込む前にマカレルに1つ頼みごとをした。

家名しかないとは言え、バニートゥに引き継ぐまでそれなりに書類業務がある。
ずっと手伝ってくれたオルーカ伯爵家の家令アージとその妻シーラを放っておくことは出来ず、カンディール家に連れて行っても良いかと頼んだ。

「君の行なう事、君の話す事には干渉しないと言ったはずだが?君が必要だと思うなら連れていけばいいし、側に置いた方が都合が良いと言うなら屋敷には部屋もあるのだから住まわせればいい。こんな事まで逐一許可を求めないでくれないか。こういう煩わしい事にも関わりたくないんだ」

「左様ですか。判りました」

ビキっとこめかみが音を立てそうになったが、引き攣った笑顔でサーディはマカレルの言葉を受け流した。マカレルの言葉に不安げな表情を浮かべるアージとシーラ。
サーディは2人に飛び切りの笑顔を向けた。


「大丈夫。織り込み済みってやつよ!」
「お嬢様‥では、私達はここを引き払う手続きを済ませて後日合流致します」
「色々とありがとう。向こうで待ってるわ。シーラも無理はしないでね」
「お嬢様、大丈夫ですよ。ここの事はちゃんと済ませて参ります」

アージとシーラの順に軽くハグをするとサーディは馬車に乗り込んだ。



ガタゴトと走る馬車でマカレルとサーディは向かい合って座る。
御者と会話をする小窓を閉じたマカレルは「到着までに」と切り出した。

「持参金を受け取らなかったと聞いたが?」
「要らないので。バニートゥの学費も払ってもらいましたし…」
「だが、約束だ。君が受け取ってもいい金だ」
「なら、3年分の家賃や食費としてください。夜会なども最低限出席ならドレスなども必要でしょうし経費ですね」


ニコニコと笑うサーディにマカレルはそれ以上持参金に付いては口にしなかった。
が、その先が問題だった。


「住まいは敷地の南側にある離れだ。独立をしているが厨房を改装している最中だから当面の間の食事は本宅で両親と共にしてもらう。両親の他には時折兄が同席する。本宅までの道は1つしかないから庭で迷う事は無い」

「お兄様・・・あぁ小大公様で御座いますね。小大公様の奥様は?」

「彼女は同席しない。彼女は部屋で食事を取っている。余計な事は一切口にするな。特にこの契約と・・・兄上の奥方に付いては何かを問う事もするな」

「はぁ・・・それは構いませんが、こちらが問わずとも問われた時は?」

「発言に気を付けて答えを返せばいい。それから彼女と会話をする機会があった時には絶対に彼女の言葉を否定するな。言葉だけでなく行動もだ。彼女は非常に心がなんだ。君と違って打たれる事に慣れてはいない。出来れば彼女の目に触れないように3年間過ごしてもらいたい」

――さりげなくディスられてる気になるのは何故なのかしら――

マカレルは兄嫁クロエイーアの事になると必要以上にサーディには強い口調で制限を伝えた。
そこまで言われてしまうと、色恋沙汰に縁がなかったサーディにも「ビビッ」とくるものがあるのは不思議ではない。


「もしや・・・結婚をしなかったのは、その兄嫁さんの事があるからですか?」

「なっ!なにを‥」

「好きとは言えない関係ですからね。取り敢えず私は兄嫁さんをスルーすれば良いんですね?」

「スルー?!まさか!無視はするな。さっきも言っただろう。とても繊細な人なんだ。無視をして傷つけるような真似をしたら許さない。彼女には兄上以外に守る者が必要なんだ私は彼女を側で見守るために結婚もしなかったし、特定の女性も持たなかったんだ。なのに…父上も母上も‥くっ!」

――押しつけ感満載なんだけど。気持ち悪っ――

「えっ?じゃぁこの結婚は?」

「結婚をしなければ父上に3年後、屋敷から追い出すと言われた。そうなったら彼女の側にいられないじゃないか。今だって体も弱く部屋からもあまり出られないのに!」


激高しているのか単に照れているのか。耳まで赤くなっているマカレルを見てサーディの心がキンキンに冷える。

気温38度超えの炎天下で飲む冷えっ冷えのエールどころではない。
魚市場にある大型冷凍庫最大稼働時、氷点下マイナス55度の極寒で挑むフローズンドリンクの一気飲みより気持ちがカチンコチンに冷えるのはおかしくないはずだ。


「えぇっと・・・目に触れないように過ごすと言っても当面本宅で食事ですよね?」
「そうだ。だから移動は彼女に気づかれないようにして欲しい」

――私、御伽噺で読んだ東洋のニンジャ・カバ君じゃないんだけど――

「わたし、間者ではないので無理です。兄嫁さんの住まう部屋も生活サイクルも判らない。でも食事の時間は決まっている。本宅までの小道は1本でしょう?こちらが気を付けても兄嫁さんが窓から覗けば見えるのでは?」
「だから、見えないように移動しろと言ってるんだ」

――難しい事を言うわね。脱獄者のように地中に穴でも掘ろうかしら――


「それと・・・食事中は色々な決まりがある。厳守しろ」
「おおよそは判ります。没落していてもマナーなどは習いましたし、教本は古いですが読み返しました」

ごそごそとカバンからボロボロになった教本を取り出し「これです」とマカレルに見せる。
発刊されたのはもう30年ほど前のもので、サーディにとっては父の形見でもある。

あまりにもボロボロだからかマカレルの目が点になった。


「気を付けてくれればいい。念を押すようだが、彼女を絶対に傷つけるな。いいな」
「努力はします。ですが人によって物事の捉え方は違います。言われて傷つく事もあるでしょうけど、どうして言ってくれなかったと言うこ――」

バンッ!!マカレルはサーディを睨みながら拳で馬車の壁を思い切り叩いた。

「彼女の事を悪く言うな。いいか?君とは違うんだ。感受性も清廉さも何もかも!」

――げぇぇ~キモっ――


サーディも仕事を幾つか掛け持っていると色々な人と接する。
既に結婚をした人を好きになってしまったという人も知らない訳ではないが、目の前のマカレルは「常軌を逸脱」していると思えてならなかった。

そもそもで、兄嫁が好きすぎて結婚しないというのも異常。
側にいたいから偽装の結婚をして見守りたい・・・サーディはもし自分が兄嫁だったら是非遠慮したいと切に願う。執着を見守りと変換するような奴が近くにいるだけでも嫌なのに、対象が自分だと思ったらゾッとする。


「あれ?ですが3年経ったら離縁ですよね?追い出されるんじゃないですか?」
「いいや?この結婚は僕が結婚と言う事に対して向いてないというのも両親に知らしめるものだ。だから仲睦まじい夫婦を演じるのも最初の2年でいい」
「仲が良い期間も妻には手を出さないのに?」
「だからだ。仲が良くても嫌悪する事もあるだろう?好きだ好きだと言っても足の裏は気持ち悪いだとか。僕たちの場合はそれが性交渉だったとするだけさ」
「ふーん・・・まぁいいですけど。取り敢えず兄嫁さんとは付かず離れずで肯定だけしとけば良い。そういう事ですね?」
「あぁ‥」


その後は無言。サーディも機嫌の悪い相手に話しかけようとは思わないし、全てに於いて干渉をしないでほしいと言うのは目の前のマカレルの希望。

バニートゥの学費なども肩代わりをしてもらったのだから、3年辛抱すればいいのだ。


大公家の敷地内に入ってからはサーディの目は庭の木々に奪われた。
手入れされた庭は色々な花が咲いていてサーディの知る花屋の店頭よりも鮮やかだった。
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