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VOL:09   自分の知らない自分の話

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ドレスではないものの、所謂「他所行き」な身支度をしたサーディは前日仕事を貰っている仕立て屋4軒、魚市場うおいちば花卉かき市場しじょう、野菜や果物の中央卸売市場、そして医療院に行き、半年分の賃金を前借りして、ドキドキしながら周囲を警戒しつつ翌日学院の門をくぐった。


「番号札の番号が呼ばれるまでこちらでお待ちください」
「はい」

番号札は3。衝立で向こう側は見えないがサーディの後にも従者と思われる男性が3人受付で番号札を貰っていた。

――ま、普通は従者が来るわよね――

旅行に行くのかなと勘違いしてしまいそうになる上質な革のトランクを持った男性が隣に腰を下ろす。ちらりと抱きかかえているバッグ・・・いや古着のワンピースを解いて作ったお買い物袋。
手提げの取っ手口から中の札が見えないように布を被せているだけのサーディは少し恥ずかしくなった。


「番号札3番の保護者様~」

女性の声にサーディは立ち上がり、胸に大金の入った袋を抱えてカウンターまで歩いた。

「あのぅ…バニートゥ・オルーカの学費などを納めに来たのですが・・・」
「学年は?」
「に、2年次です」

パラパラと事務員がファイルを捲るのだが、首を傾げる。

「バニートゥ・オルーカ学院生で間違いありませんか?」
「はい。間違いありません」
「変ね…少しお待ちくださる?」
「はい」

サーディは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。
もしやバニートゥが退学の届けを出してしまったのではないか。と考えたからである。

――あ~。心配いらないって手紙でも書けばよかった!!――

バニートゥ宛てなので市場などの封筒や書き損じの用紙を使って手紙を出しても問題はないが、サーディにとって配送料は仕立て屋で貰う半月分の賃金に匹敵する。
確実に相手に届けるのを売りにしているので配送料は滅茶苦茶高額な上に私信は更に上乗せ料金なのだ。

が、戻って来た事務員はもう1人他の事務員も連れて来た。
そして衝立の向こう側にいた番号札2番の男性までやって来た。

――何、何、なにぃぃ~??――

「こちらの方が、先にお支払いの手続き中だったのですが・・・」
「フェェッ?!」
「あの…ご父兄の方から遣わされた従者の方・・・では?」

ちらりと男性を見るが、全く見知らぬ男性。
男性はにこりとサーディに微笑むと「夢」だと思っていた1か月前がフラッシュバックした。

「わたくし、カンディール家で家令を任されておりますイサーギと申します。マカレル様より旦那様にお話が上がり、旦那様が認可をされましたので、受付開始の本日にお支払いに参った次第で御座います」

カンディール家の家令イサーギ。実は1番を狙っていた。
開門待ちまでしたのだが学院のOBでもあるイサーギ。懐かしい校舎を見上げ、感慨に耽っていたら先を越され受付が2番になったのだった。

「あ、あの話本当だったんですか?!」
「あの話とは?」
「ハッ!‥‥なんでもございまん・・・オホッホッホ」


あの契約が生きているとなれば口外してはならない。
サーディはとっさに誤魔化したのだが、噛んだ上にゴリラの鳴き真似のような声を出してしまった。

「支払いが終わった後は、お住まいにお迎えに上がる予定で御座いました。若様の話ではもう荷造りも終わっているとの事でしたので」

「荷造りっ?!」

――そんな話、初めて聞きましたよぅ!!――

「まだでしたら荷造り用に人の手配も致しますが?」

――まだって言うより・・・全然手付かずなんですけどぉ?――

「結婚の届けも1週間前に提出しましたし、本来なら披露宴も開催するところで御座いますが、若様との話でそのような宴は行わないとのこと。旦那様も奥様も毎日、まだかまだかとご到着を大変心待ちにされております。特に奥様は花嫁衣裳を着る機会がなかったのだからと連日仕立て屋を呼ばれ、もう大騒ぎで御座います」

――えぇーっ?!そんなの早く言ってよ。支払い終わるまで行きませんなんて奴だと思われたら初見からすっごく嫌な奴認定されるじゃないのよ――


家令イサーギから聞かされる「自分の知らない自分の話」
何時の間に話がそこまで進んだのか。先程までの背中の冷や汗は脂汗に変わった。


「あの…その袋はもしや・・・」

家令イサーギはサーディが抱えた大金入り買い物袋を指差す。
既に支払って手続き中。まさか「夢だと思ってたし払ってもらえるとは思わなかったんで予定通りに借りまくった金です」なんて口が裂けても言えない。

「えぇっと…体操着の替えを購入しようかなぁと思いまして」

が、事務員は正直者である。

「体を使う授業は騎士科以外は1年次のみと説明があった筈ですが?」

――話を合わせてよ!――

と心で叫ぶものの、口には出せない。事務員は嘘は言ってないのだから。
しかし、家令イサーギは出来た男だった。

こそっとサーディの耳元で囁いてくれたのだ。

「帰り道の途中で返金に参りましょう。ご安心ください。若様からこのような事もあるかもと承っております」

――もしかしたら、イイ人なのかも?――

そう思ってしまうのも無理はないが、せめて連絡は欲しかった。



学院での手続きが終わるとイサーギはサーディを馬車に同乗させてくれた上に、金を借りた仕立て屋なども一緒に回ってくれた。

「あの…荷物‥じつは全然手付かずなんです。申し訳ございません」
「いえいえ。構いませんよ。きっと若様もマメに連絡は取られてなかったでしょうから」

――そぉなんですよ!イサーギさん!――


マカレルのダメな部分も承知しているイサーギは今から引っ越せとは言わなかった。

「では、5日後の昼過ぎにまたお伺いを致します」
「え?5日後?なぜ・・・5日後なんですか?」
「明日は午前中に中央卸売市場、午後は医療院の清掃。明後日は仕立て屋AとB、その翌日は午前中花卉かき市場しじょうで午後は仕立て屋C、さらに翌日は午前中に魚市場うおいちばで午後は医療院の清掃。帰りに仕立て屋Dで内職を貰って5日目はその納品。お昼過ぎにはご帰宅でしょうから」

――確かにそうだけど・・・どうして知ってるの?!こわッ!――




そして家で1人サーディは考える。

夢ではなかったのだから結婚をしたと言う事だ。

「あれ?仕事・・・どうしよう・・・」

が、ポジティブシンキングなサーディ。直ぐに結論が出る。

「辞める事ないわね。不干渉だと言ってたし。それに自分で稼いだお金は大事!仕事は辞めちゃいけないって漁師さんの奥さんたちも言ってたわ!問題は通勤だわ・・・大公家の近くに辻馬車乗り場はあったかしら…」

そして大公家に引っ越しをする日がやって来るのだった。
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