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VOL:03   伯爵家、没落への道

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オルーカ伯爵家は没落し今は家名しかない貴族である。

他家と少し違うのは姉のサーディが弟のバニートゥが20歳になるまで当主代行を務めていること。

当主代行と言ってもオルーカ伯爵家には領地はなく王都に住まいはあるが屋敷と呼べるモノではなく、壁一枚隔てた向こう側には市井の民が住まうアパートメント暮らし。

屋敷はバニートゥが2年前に学院に入学をする際、入学金の他に5年間の授業料や寮費などは全額前払いだったため売ってしまったのだ。僅かな補償金で制服や教材を購入した。


『ごめんね。食費までは用意出来なかったわ』
『給付の奨学金があるから大丈夫だよ。それより姉さんは?』
『大丈夫。アパートメントは借りられたの。仕事も仕立て屋の縫製があるわ』

恐ろしく貧乏となったオルーカ伯爵家。それには訳があった。



姉弟の父親は11年前、収穫した農作物を王都に運ぶ道中で野盗に襲われ帰らぬ人となった。
享年は31歳。爵位を継いだばかりだった。

その年は大豊作でオルーカ伯爵家にある荷馬車では荷が運びきれず、エテ侯爵家からも荷馬車を借りていた事が災いしてしまった。

父の埋葬が終わるや否やエテ侯爵は「貸していた荷馬車を返せ」と言い出した。

返せと言われても借りた荷馬車だけでなく、オルーカ伯爵家の荷馬車もほとんどが谷底に投げ捨てられて見つかったため、造り直して新品を返すしかない。

費用は借金をしてでも工面をすると母は言ったが、如何せん・・・荷馬車は収穫期の「今」必要。荷馬車を造るのを待っていては収穫した作物は傷んでしまう。

結局、荷馬車代の他に売るはずだった作物の補償も金銭で支払う事で示談となり、当時国内でも10本の指に入るほど広大な領地を所有していたオルーカ伯爵家は幾つかの領地を手放す事になった。

その後、エテ侯爵家が事故そのものを首謀していた事が明らかになったけれど後の祭り。
エテ侯爵は処刑され、侯爵家は取り潰しとなったけれど領地は既に他の貴族に転売されていたし、その貴族は「善意の第三者」なのでオルーカ伯爵家に領地を返す必要も義理もない。

国から雀の涙ほどの被害者遺族補償金が支払われただけだった。



だが、オルーカ伯爵家の不幸はそれだけでは終わらなかった。
むしろ父親の事故は序章に過ぎなかったのだ。

次期当主をサーディにするか、弟のバニートゥにするか。
決定をしても当主となるに年齢が足らないため夫人が当主代行となった。

夫を亡くし、まだ10歳のサーディと6歳の弟バニートゥを抱える事になった夫人は30歳。
若かったと言えばそれまでだが、夫を亡くしたばかりなのに幾つかの領地を手放さねばならなくなった事に夫人は他にやりようがあったのではと塞ぎ込んでしまった。

祖父の代から仕えてくれていた家令や執事が残った領地に管理に向かわねば、ここぞとばかりに代官たちが懐を肥やしてしまう。王都に残った母子のもとには言葉巧みに色々なやからが訪ねてくるようになった。

傷心の夫人は心の隙間に簡単に付け入られてしまった。

1人目の間男は最初の2カ月ほどは大人しく姉弟にも優しかったけれど、次第に本性をあらわし朝から酒を飲み、娼婦を何人も招き入れて豪遊三昧。
半年で領地から収支報告に戻って来た執事に叩きだされた・・・のだが・・・。

2人目はなんとその執事と夫人がデキてしまった。
お目付け役がいない事にやりたい放題となった執事は自分が担当していた領地を担保に入れて豪遊。金が返せず領地が金貸しの手に渡ったところで執事は夫人の宝飾品などを逃走資金にトンズラしてしまった。

3人目は父親の従兄夫婦。男に騙された夫人に優しく擦り寄り、経営を手伝うと言って3つの領地を担当していた執事たちを解雇し、領地を切り売り。散々に食い荒らされてしまったのだ。

もうその頃にはオルーカ伯爵家の領地は父親の生きていた頃の半分以下になっていた。

そして最悪だったのが4人目。
このままではオルーカ伯爵家が立ち行かなくなると領地に散った家令や執事は王都で指揮をとるようになったのだが、夫人は美丈夫な破落戸に完全に堕ちてしまい、反論する家令たちは暴力で黙らされた。言われるがままに残った領地を担保に金を借り・・・サーディとバニートゥを捨てて駆け落ちをしてしまった。

家令や執事は当主ではないし、当主代行でもない。
当主代行が親類ではなく実母だったことから、夫人のサイン1つで金貸しは金を用立てる。
当時サーディは16歳、バニートゥは12歳。未成年であった2人は何も出来なかった。


夫人は行方不明と騎士団に届け、暫定措置で家令がサーディが18歳になるまで代行を務めていたが、金の切れ目が縁の切れ目だったのか2年ほどで夫人は捨てられたらしく「引き取ってくれ」と遠い街の娼館から連絡があった。

迎えに行くと夫人は‥‥その地に埋葬するしかない変わり果てた姿だった。


駆け落ちした先でも金を借りていたようで清算したが、残ったのは王都の屋敷だけ。もう使用人を雇う余裕は全く無くなってしまった。
父親を失って8年間でオルーカ伯爵家は落ちぶれてしまった。

夫人の死が確認された事で18歳となっていたサーディが今度は当主代行となった。

王都の屋敷を売り、金を工面してバニートゥを全寮制の学院に入れた。
そうすれば少なくとも学院を卒業すればバニートゥは当主となっても笑われる事は無いし、領地は無くても爵位があれば王宮で役職に就く事も出来る。

バニートゥの居場所を作ったあと、サーディは小さなアパートメント生活。
使用人は家令のアージとアージの妻シーラのみ。

本来ならもう定年だったアージ。
アージの退職金すら僅かな金しかかき集める事は出来なかった。
アージは受け取りを固辞し夫婦でサーディのアパートメントの向かいに「女性が当主代行となれば足元を見られてしまうから」と引っ越ししてきた。




貴族令嬢だからとすましていては生きていけないサーディは働いた。

唯一貴族令嬢らしいと言えば刺繍。幼い頃から貴族令嬢は刺繍は嗜みと教え込まれる。
茶会や夜会のシーズン前には繁忙期となる事からサーディは何日も徹夜したり、仮眠をとりながら刺繍をし、その中で縫製も覚えて引き受けるようになった。

繁忙期があれば閑散期もある。そんな時期は市場で野菜の仕分けをしたり、時に売り子となって声を張り上げる。雨が続いて市場の仕事がない時は医療院で清掃をしたり、洗濯係として検診衣や患者衣、シーツも洗った。

医療院の患者は9割が騎士。

口頭で毎回、回復度合いを確認されると、隣のベッドの騎士と自分を比較し焦りから無理にリハビリを行って、余計に悪化させてしまう事があった。対策として最初は患者衣の色を変えていたのだが、洗っていれば色褪せる。

看護師たちのどうにかならないかという話を聞いて、サーディは患者衣の胸元に刺繍を入れた。

初期段階には複数のコッパ、状態が良くなるに従いセイゴ、ハネ、退院間近にはスズキの刺繍。

騎士は階級が上がれば隊服に入る線の数が増える。
口頭で確認は名前のみ、状態確認は刺繍にすると、隊服のように考えたのか騎士達は無理をすれば次の段階の患者衣は着られないと計画的にリハビリを行うようになった。

見分けが目視で判るようになった褒美に医療院の清掃係については向こう10年は雇ってくれるという約束もしてもらった。


身を粉にして働くサーディを見て婚約者のコバーンは「恥ずかしい」と言った。

シャーク子爵家が困窮していた時代はサーディもコバーンも知らない。
落ちぶれていくオルーカ伯爵家に貧しさを知らないコバーンが距離を取るのも仕方ない。

サーディは裕福だった時期を振り返る時間も惜しかった。

バニートゥと一緒に招かれた部屋。
サーディは部屋の豪華さに、口から感嘆の言葉がもれた。
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