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VOL:01   婿養子の条件

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バタン!
乱暴に扉が閉まると静かに馬車が動き出す。

カンディール家を後にした馬車には品の良い夫婦と1人の令嬢が乗車しており、正面門の門番も丁寧に頭を下げて馬車を見送った。


カンディール家は現国王の実弟が大公殿下(王弟殿下)となり興した家。
爵位はしいて言うならば「グラン・デューク」で位置としては王家より下で公爵家より上。

後継者として認められるのは子供までだが王位継承権はない。
王位継承権が発生するとすれば、国王に子がいない状態で国王が死去した時に限られる。が!建国以来一度もない。

国王に子がいて王太子が未成年の場合は成人するまで代理を務める事はある。とは定められている。が!こちらも建国以来一度もない。


後継となった子は大公家の後継となれば小大公として扱われる。後継とならなかった子や小大公の子は貴族の家に嫁ぐか婿養子に行くかすれば貴族でいられる。女児は嫁ぐ事が多いが、男児はある程度の私財を原資に自身で家を興す場合が多い。家を興す場合は国王から伯爵の称号が与えられる。

政治には口出し出来ず、代替わりをするまでの国王のスペア的扱い。
次の国王が即位をすれば「前大公」と呼ばれるようになる。
他国ではまた違う扱いのようだが、オーシェン王国では大公の扱いはそうなっている。



そんな大公家。

カンディール家のサロンではカンディール大公が息子のマカレルを叱り飛ばしていた。

「いったい!お前はどういうつもりなんだ!私がどれほど‥‥もういい!部屋で反省していろ!」

唾を飛ばし激怒するカンディール大公の隣では、夫人が侍女に冷たいタオルで目を覆って貰っている。


先ほどまでサロンでは見合いの顔合わせが行われていたのだが、その場で激高した令嬢の父に「この話は無かった事にしてもらう!」というお断りを頂いてしまった。

「父上。母上もですが僕は何度も結婚はしないと伝えたはずです」

悪びれる風もなくマカレルは両親に告げるとサロンから庭に面した窓に向かいテラスに出ていく。
その先にはマカレルの兄ガンガーゼが妻のクロエイーアと庭を散策している姿があった。

マカレルは兄を呼び、2人の元に軽い足取りで駆けていく。
その姿を見てカンディール大公は溜息を吐いた。


「またか…兄弟の仲が良いのは悪い事ではない。だが…」


カンディール大公は先ほどのやり取りを思い出し、もうお手上げだと項垂れるしかなかった。




令嬢との顔合わせ。マカレルは挨拶もそこそこに令嬢とその両親に向けて毎度毎度で言い放つ。


『結婚したいというなら、してもいいですよ?但し私に夫という役目を求めないで頂きたい』
『それはどういう意味だね?』
『言葉の通りです。結婚をした、それ以上を求めるなと言う事です。書面上は夫婦であるだけで関係は同居人。その一線を越えないで頂きたい。勿論干渉も口出しも不可。それで良ければ婿養子として貴家に参りましょう』


令嬢も、令嬢の両親も激怒するのも当たり前。
マカレルは妻を迎えるのではなく、婿養子として迎えられる立場でこの物言い。むしろこれで「そうですか。了承しました」と言ってくれる者がいるのなら教えて欲しいもの。

この見合いにはまだ理由があった。

カンディール大公家には2人の息子がいる。後継となるガンガーゼ33歳。そして8歳年下の弟マカレル25歳。

ガンガーゼの婚約は長男と言う事もあり、早くに結ばれた。
政略ではあったが、婚約者のクロエイーアとは年齢も同じなのが良かったのか10歳で結ばれた婚約の後はトントン拍子に事が進み、10年前、ガンガーゼ、クロエイーア共に23歳で結婚をした。

年齢も若く、仲も良い事から早くに子が出来るかと思っていたが、2年経っても3年経ってもクロエイーアが懐妊する事は無く、もしやと調べてみればどどうやら子が出来ない原因がガンガーゼに有るらしい事が判明した。

2人の結婚から5年経ち、マカレルも20歳になった事でガンガーゼに子が出来ないのであればマカレルの子をガンガーゼが養子として迎え入れ家を継がせればいい。そう考えたのだが肝心のマカレルが女性には一切興味を示さない。

国でも3本の指に入るという美丈夫。家は大公家。
マカレルは婿養子に出るものの、その際の所謂持参金は莫大な金額。

至れり尽くせりな破格の対応・・・と言いたいところだが令嬢側は婿養子に迎えたのに大公家の後継を産むという奇妙な役目がある。令嬢側にも後継者は必要なので最低2人の子を産む事を要求される上に第1子は大公家に取り上げられると言う事だ。
無茶苦茶な話だが、それを補うのが下手をすれば小国家なら買い取れる莫大な持参金でもある。

その条件を飲んだ上でさらに問題なのが、夫となるマカレルに子をもうける意思がない。

マカレルを受け入れる側にしてみればいったいどうすればよいと言うのか。
破談になる筈である。




「もう王都に結婚相手はいないんじゃありませんの?」

諦めとも受け取れる夫人の言葉。

破談となった数はゆうに100を超えて、今では話を持ち掛けてもその場で断られるばかり。やっと顔合わせに持ち込んだが予想通りに断られてしまった。

夜会でもマカレルは「見るだけなら無害」とご夫人方や令嬢達の目の保養にはなっているが、もうその一歩先に踏み込んでくれる令嬢は1人もいない状況となっていた。

それでもカンディール大公は望んでしまう。
ガンガーゼに子が望めない以上マカレルに縋るしかない。養子を迎える事は可能だが、甥や姪の子供よりも実子の子供を望んでしまうのだ。


カンディール大公は溜息を吐いてマカレルと楽し気に語らうガンガーゼを視界に入れる。

遠くの空に雲が西から東へと流れて行った。
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