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第21話   足止めを食らう

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クレマンは火の系統の魔法は使えるのだが、残念ながらフランシスのように場所を移動する転移魔法は使えない。どんなに膨大な魔力を持っていても、魔法は扱えない魔術をどんなに学んで鍛錬を重ねても出来ないものは出来ない。

ウィー号も奪われたクレマンに残ったのは「自力」のみ。

走って走って秒休憩を取ってまた走る。オレール村から王都までは約30km。
第2都市までの順路にあるので道が比較的整備されているのは不幸中の幸い。途中オレール村に向かう貴族の馬車や野宿をしながら徒歩で向かう平民とすれ違う。

しかし、如何せん眠れそうで体が満足に動かず、何も無ければ4時間程で走れる距離なのに足がふらつき、縺れて何度も転ぶ。ボロボロになって王都をぐるりと囲む外郭壁までたどり着いたのは7時間も経った後だった。

「おい!止まれ!通行証を見せろ!」

王都への門は防犯のために誰彼となく通してくれるわけでは無い。
ずっと軍に在籍をしていれば良かったのかも知れないが、パンジーを探すため野営地で「辞める!」と飛び出してから5年。通用門に配属された兵士にクレマンを知る者は1人もいなかった。


「第2総指揮官の役目も仰せつかっていたクレマン・ユゴースだ!通してくれ」
「へぇ。そうですか。じゃ軍属である証明をお願いします」
「そ、それは・・・」


通行証代わりになる軍属時代の胸章は比較的大きな街に入るのに身分証の代わりとして使っていたが、胸章はウィー号の鞍に仕舞っていて手元になかった。


「では、ユゴース侯爵家に取り次いでくれないか?」
「何言ってるんだ。お貴族様に聞けるわけがないだろう。帰れ。帰れ」
「軍属だと言う割には規則を知らんのだな。アハハ」


高位貴族は隣国にも家名くらいは知られている。長く戦をしてきた事もあって高位貴族に取り次げと侵入してくる敵兵もいたため、今では事前に貴族側から「数日のうちに〇〇という者が王都に来る」と知らせるようになっている。

唯一、通行証や身分証を持たない者が王都に入る手段なのだが、クレマンにはそれも出来なかった。各地に散った使用人がいれば、屋敷に知らせに行って貰えるのだが周囲を見る限りクレマンを知る者は見当たらない。


「火魔法が使えるんだ。それで証明にならないか?」

「平民でも魔法が使える者はごまんといる。敵前逃亡した奴や苦しい時に敵に寝返った兵にもな。なんの証明にもならんが、その辺で夜は暖がとれるナァ。ガッハッハ」


にべもなくあしらわれるクレマン。「気の毒に」と呟き門をくぐる者、「図々しいんだよ」と吐き捨てていく者の背を見送るしかなかった。

残る手段は顔見知りが通るのを待つか、各地に散った使用人が数か月に1度報告のためにユゴース家に戻る日までクレマンは待つ以外に術が無い。

ただ待っているよりはとクレマンは通行証を持って列に並ぶ者に声を掛けた。

「申し訳ないが、礼は後で必ずする。貴族街の――」
「ちょっと待った!お前さん・・・貴族街に行けって言うのか?」
「そうだ。貴族街――」
「他を当たってくれ。お断りだ」
「話だけでも聞いてくれないか。何も聞か――」
「五月蠅ぇなぁ。あのな?俺らみたいな王都に来たばかりの者がだよ?そんなところに行ったら隣国のスパイだと疑われるじゃないか。俺の首は刎ねられるために付いてるんじゃないんだよ。あっち行った!行った!」


戦が終わって5年は経つが、まだ5年とも言える。
隣国の間者だと疑われるかも知れないし、焦っていたクレマンは失念をしていたが彼らは平民。貴族街をそもそもうろつけるわけがなく、「頼まれたから来たんだ」という言い訳を信じる者はいない。

隣国から出る時に違法な薬など、情に縋るように頼まれたからと引き受けて「運び屋」だと処刑や生涯幽閉とされた者も多い。戦の最中はクスリだけでなく遠目から前線の様子を観察した情報も手紙にして全く関係ない第三者に「これを届けてくれ」と頼んだ貴族も多く、終戦後は粛清されたのでその恐怖も新しい昨今、引き受けてくれる者など皆無に近い。

「いいよ。何処に行けばいいんだい?」

そう言ってくれる者もいたが、貴族街というワードを出しただけで「やっぱりやめとくよ」と断られる。

多くの旅人が並ぶ列。クレマンは誰かひとりでも頼まれてはくれないだろうか。見知った者はいないだろうかと声を掛けて回ったが、夕方、通用門が閉じる時間になってもクレマンの頼みを聞いてくれる者も、見知った者も一人もいなかった。


翌日、30人程に断られた時、「いいよ」と言ってくれる者がいた。

「で?幾らくれるんだ?」
「出来る限りのことはするが‥」
「いやいや、兄ちゃん。言伝を届けた後、知らぬ存ぜぬとなるなら無理だな」
「そんな事はしない!必ず報酬は払う」
「うん。そうだ。人を使うんだからな。だから~はいっ」

男はクレマンに手を差し出した。前金で無ければやらないと言うことだ。
しかし、逆立ちをしても今のクレマンには埃しか出ない。諦めるしなかった。



3日目になり、王都に入る方ではなく、出て来る人の中に見知った者がいた。

「頼む。父上に言伝を頼めないか?」
「してあげたいのはやまやまなんですけど・・・」

通行証には出入りの時間の記録もされる。おおよその旅程も問われる。
1週間前後の誤差は遠距離なら天候次第で足止めもあるので見逃して貰えるが、さっき出て来て、今戻りましたでは通してはくれない。

「途中でユゴース家のかたに会うことがあれば急ぎ王都に向かうよう伝えます」
「ありがとう‥頼むよ」

口惜しいがそれが精一杯出来る事だと言うことも理解が出来る。
目の前の門さえ通る事が出来れば・・・。

クレマンは今日も一通り声を掛けて玉砕。
堀にかかる桟橋の欄干にもたれるように座り込んだ。


眠れそうを溶かした水をかけて来た男には見覚えがあった。
教会でパンジーたちルド子爵家が神に祈りを捧げている時、一家の末席にいた男だ。

「多分、アイツがパンジーの元婚約者・・・だが入れ替わったんじゃないのか?」

野営地からそのまま捜索に出てしまい、受け取る連絡もパンジー発見の有無のみ。5年の間に王都で、そしてルド子爵家に何があったのか、クレマンは知らなかった。


「どうしたんだい。兄ちゃん。腹が減って動けねぇのか?」
「い、いえ・・・」
ひでぇツラしてんなぁ。ほら、やるよ。食いな」

パンを手渡されてクレマンは何も食べていなかった事に気が付いた。
齧りつくと石のように固いパン。クレマンはガリガリと歯で削り、久しぶりの食事を胃に流し込んだ。
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