上 下
13 / 28

VOL:13  アベルの呼び出し

しおりを挟む
サーシャの元に行かない日、勤務を終えて王宮を出たリヒトを呼び止める声がした。

実に半年ぶりになるアベルにリヒトは足を止めた。

サーシャとの時間を過ごしながら、ビアンカたちには噓の報告を続けていたリヒトはさっぱり顔を出さなくなったアベルに以前と変わらず声を返した。

「アベル‥‥久しぶりだな。最近顔を見せなかったじゃないか」

リヒトの声にアベルは軽く手をあげて応えた。


「リヒトに話があるんだ。ちょっと時間いいか?」
「構わないが…何かあったのか?あれっきり来ないからビアンカも心配してたぞ」
「心配?あの女が?するわけがない。お前とフランク以外を咥えたくなっただけさ。あとは・・・あの女、俺くらいしか納得できないだけだろ?」


サーシャとの幸せな時間を過ごしながらもリヒトは先週も4人で明け方まで相手を変えて体を重ねた。変わらない日常を繰り返す事でサーシャとの間を邪魔されないためリヒトには必要悪の行為。

そんな中、アベルが来なくなってビアンカ、エルサ、フランク、リヒトの関係性に変化が現れていた。

男女の数が同じとなり、一番年下のエルサでも22歳。
ビアンカに至っては26歳。この国で言う女性の結婚適齢期はとうに過ぎている。結婚に際し純潔である事が必要ではなくなり、20代半ばでも嫁き遅れと表立って言われる事も無くなったが、本人がいない所までは判らない。

ビアンカも焦りを感じ始めたようだが、年齢の合う王子は全て妃を迎えていてビアンカの性格からして側妃を受け入れることはない。

伯爵家まで手を広げればリヒトのように婚約者がいない子息はいるが、ビアンカは「美丈夫好き」でもありお眼鏡に叶うのはリヒトくらい。
しかし、そのリヒトを選べば「公爵令嬢が伯爵夫人」となるとなれば「降格」だと首を縦に振らない。

王女であったリヒトの母がその言葉を聞けば激怒間違いないだろう。

焦る割には文句ばかりのビアンカにこの頃ではセニーゼン公爵も修道院を考え始めたらしいという話も聞こえてくる。

ビアンカの落としどころはフラキ侯爵家のフランクになるだろうが、そうなればエルサが問題。
エルサも見た目ならリヒトで手を打てるのだが、如何せんリヒトは伯爵家。


一番いいのはアベルとビアンカ、そして同じ侯爵家ならとエルサがフランクといったところ。コナー家が陞爵しょうしゃくとなればリヒトの取り合いになるだろうが。

アベルが来なくなってビアンカとエルサが「フランク」に対して「女」を見せ始め、ただのセフレに過ぎなかった2人に執拗に迫られる事でここ2週間、フランクも顔を出す程度になった。

現実を見る年齢には随分前に達していてむしろ気が付くのが遅かったくらいだが、男女が同数となって関係性が崩れた。


リヒトを呼び止めたアベルは「聞かれると不味い」そう言ってリヒトを男女が利用する時間貸しをしている宿に連れ込んだ。

体を繋げた事もあるリヒトとアベルだが、衣類を脱ぐ事はない。
テーブルを挟み向かい合って椅子に腰を下ろした。


「俺は後継を譲った。しばらく顔を見せなかったのは父上を説き伏せていたからだ」
「譲ったって?!エルサに?」
「まさか。父上だってエルサの出来の悪さは知っている。エルサは何処かの貴族に事業提携で嫁がせるか…まぁそれも使い道はないだろうから放逐でもするんじゃないか?後継になったのは実子である姉上だ。姉上の婚約者も婿入りをやっと承諾してくれた」

どこか吹っ切れたようにも聞こえるアベルの態度だが、アベルはリヒトにまだ隠している事がある。
リヒトはそう感じた。


「アベル、ならお前はこれからどうするつもりなんだ?」
「そこだ。今日はリヒト、お前にいい事を教えてやろうと思って声を掛けた」
「いい事?俺に?」


アベルはリヒトに向かってニヤッと口角をあげた。
長い足を組み替えて、勝ち誇ったようにアベルはリヒトに言った。


「元は姉上が貰うはずだった王都から一番遠い領地を父上から譲ってもらった」
「あの東の端の領地を?碌に作物も育たないと笑ってたじゃないか」
「作物なんて育たなくていいんだ。育てるのは別のものだからな」
「別のもの?何を育てると言うんだ?」

「くっ」一つリヒトを馬鹿にしたように鼻を鳴らしたアベル。

「エトナ男爵令嬢・・・サーシャを娶る。育てるのは子供だ」

「バカな!」リヒトは立ち上がり、座っていた椅子は大きな音を立てて後ろに倒れた。


「バカな?笑わせないでくれ。未だにビアンカたちと恋愛ゲームをしているお前に言われたくはないが、胸糞悪い遊びを続けてくれているおかげで、お前たちの企みをエトナ男爵令嬢に告げればどうなるかくらいは想像できる脳みそくらいは残ってるだろ?随分と仲を深めているようじゃないか。入れ食いだったお前が未だに手を繋いだだけで満足してるなんてナア・・・ククックククッ」


アベルはリヒトがサーシャに近寄り、今も紳士的な振る舞いを続けている理由をサーシャにバラすと言った。そして傷心のサーシャに手を差し伸べ、父親のハゼーク侯爵に後継者を異母姉に譲り、辺鄙な領地を引き受ける事と引き換えにエトナ男爵家と婚約を結ぶように話をつけていた。

ハゼーク侯爵家の領地は代々引き継がれてきた「負の遺産」でもある。
作物は碌に育たず、水害も多い。アベルも馬鹿ではなくハゼーク侯爵家を継ぐためにリヒト以上に苦しんできた。その反動で5人でつるみ、違法でないモラル違反で憂さ晴らしをしていただけ。

そのアベルが本気を出せば何か解決策を見出すのは容易。
父親の侯爵と取引をしたのだろう。

グッと殴りかかりそうな拳を握りしめるだけのリヒトをアベルはまた鼻で笑った。


「俺はあの娘が欲しい。ハッキリ言えば惚れた。お前では・・・フフッ幸せに出来ないだろう?本当の事が言えるか?言えないだろう?俺は言えるぞ?その準備も終わったからお前を呼んだんだ。ていよく劇場で声を掛けてくれないかとその場限りのご登場だからナア!なんせ俺はもうベットした金も捨ててるしお前らと縁を切って半年以上。未だに仲良しこよしで体も繋げているお前とは違うんだよ。妻は貞淑なだけではだめだ。その場で状況を判断し時に引く。そんな女はそうそう見つかるものでもない。安心しろ。お前には散々体を繋げたビアンカとエルサがいる。フランクも交えて4人で今後も夫婦交換スワッピングして愉しめるじゃないか。父上も未だに関係が続くお前ならエルサを嫁がせるのもと見切りをつけた」


悔しいがアベルの言う通りでリヒトは立ち上がったまま反論すら出来なかった。

このために一切顔を見せなかったアベル。
そして次期侯爵という立場もあっさり捨てた。
未だに付き合いが続くリヒトとはもう立ち位置が違う。

リヒトは悔しくて唇を噛んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻と夫と元妻と

キムラましゅろう
恋愛
復縁を迫る元妻との戦いって……それって妻(わたし)の役割では? わたし、アシュリ=スタングレイの夫は王宮魔術師だ。 数多くの魔術師の御多分に漏れず、夫のシグルドも魔術バカの変人である。 しかも二十一歳という若さで既にバツイチの身。 そんな事故物件のような夫にいつの間にか絆され絡めとられて結婚していたわたし。 まぁわたしの方にもそれなりに事情がある。 なので夫がバツイチでもとくに気にする事もなく、わたしの事が好き過ぎる夫とそれなりに穏やかで幸せな生活を営んでいた。 そんな中で、国王肝入りで魔術研究チームが組まれる事になったのだとか。そしてその編成されたチームメイトの中に、夫の別れた元妻がいて……… 相も変わらずご都合主義、ノーリアリティなお話です。 不治の誤字脱字病患者の作品です。 作中に誤字脱字が有ったら「こうかな?」と脳内変換を余儀なくさせられる恐れが多々ある事をご了承下さいませ。 性描写はありませんがそれを連想させるワードが出てくる恐れがありますので、破廉恥がお嫌いな方はご自衛下さい。 小説家になろうさんでも投稿します。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。

しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。 幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。 その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。 実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。 やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。 妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。 絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。 なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。

ハイパー王太子殿下の隣はツライよ! ~突然の婚約解消~

緑谷めい
恋愛
 私は公爵令嬢ナタリー・ランシス。17歳。  4歳年上の婚約者アルベルト王太子殿下は、超優秀で超絶イケメン!  一応美人の私だけれど、ハイパー王太子殿下の隣はツライものがある。  あれれ、おかしいぞ? ついに自分がゴミに思えてきましたわ!?  王太子殿下の弟、第2王子のロベルト殿下と私は、仲の良い幼馴染。  そのロベルト様の婚約者である隣国のエリーゼ王女と、私の婚約者のアルベルト王太子殿下が、結婚することになった!? よって、私と王太子殿下は、婚約解消してお別れ!? えっ!? 決定ですか? はっ? 一体どういうこと!?  * ハッピーエンドです。

【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?

曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」 エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。 最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。 (王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様) しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……? 小説家になろう様でも更新中

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

処理中です...