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VOL:10  遅い初恋に気が付く

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屋敷に戻ってからもリヒトの目にはサーシャの姿が焼き付いて離れない。

目を開けていても、閉じていても声も聞こえてくれば香りも風に乗って漂ってくる感覚で胸の鼓動が通常運転になかなかなってくれなかった。


「坊ちゃま、お顔が赤いですが風邪でも召されましたか?」

動悸だけでなく、顔まで、いや耳の奥まで火照ってしまい24歳になったと言うのにまるで思春期を迎えた10代前半のよう。

幼い頃から母親よりも年齢が上の女性からもチヤホヤされてきた。
女性と付き合ったことあるし、一線を越えた関係も多く経験をしてきた。
今まで本気で口説いた事はなくても遊び半分で何人もの令嬢を落としてきた。

「何でもない」と執事に告げて部屋に入った後は、寝台に飛び込んでうつ伏せのまま顔をシーツに埋めて目を閉じた。

そこにリヒトの妹がノックも無しに部屋に入ってきた。
リヒトは第一子だが、下には妹、弟、妹と2歳違いで弟妹がいる。
一番下の妹はサーシャと同じ18歳。

本人は気にしていないようだが傾国の美女と呼ばれた母親に似たのはリヒトだけで弟妹はどこからどう見ても父親似。冗談半分で持参金を倍にせねば貰い手も無いと揶揄われてもいる。

末っ子のカーラはリヒトに特に懐いていて、両親から小言を言われるとリヒトの部屋に逃げ込んでくる。内鍵があるわけでもない屋敷内の扉は簡単に開いて、まるで自室のようにカーラは寝台に突っ伏すリヒトの上に覆いかぶさるように飛び込んできた。

「うわぁっ!危ないだろうが」
「大丈夫ぅ~。ギリで避けるし~」

リヒトが反対側に転がったからいいようなものの、転がる方向が逆なら大惨事だ。
カーラは先ほどまでのリヒトのようにうつ伏せになって、腕を伸ばし頭の上で指を組んだ。

「どうしたんだ?母上にまた叱られたのか?」
「わかるぅ?そうなの。お母様は頭が固いのよ。今時さぁ貴族の令嬢だから市井で流行ってる本を読むのがはしたないとかあり得る?あり得ないわ」

カーラはビアンカが読んでいたような恋愛小説にどっぷりと嵌り、次々に買い漁って時には朝まで読み耽るものだから本は取り上げられて、2、3カ月前には購入さえ禁止をされた。

その時はお気に入りの小説の続巻が発売になるのがまだ先の事だから「その頃には忘れている」と今と同じようにリヒトに愚痴を言いにやって来たが、どうやら母親は忘れてはいなかったようでまだ開いても無い本を取り上げられたと涙声になっていた。

「カーラが好きなのは平民の女性が王太子と愛を育む奴か?」

リヒトがまさか小説の内容を知っていると思わなかったカーラはガバっと起き上がって目を見開いた。まるで同志を見つけたようにカーラの目が大きく見開いてキラキラと輝く。


「それはもう色んなパターンがあるオーソドックスなやつね。でもほら、リアルに王太子殿下とか知ってると「ないわー」ってリアルと被るじゃない?どうしても寄せて考えちゃうし。でもね!今はね、つがいモノ!!」
つがい?なんだそれは」
「えー知らないのぉ?つがいはね、本っ当~の運命で結ばれた2人の話!つがいに出会うともう周りの事なんか見えなくなってね。特に男性が竜系だと絶対に逃がして貰えないんだから」
「竜系?」
「もぉ!お兄様は何にも知らないのね。わたくし達みたいな人間の他に狼とか、犬とかそういう獣人がいるの。で、その中にドラゴン、まぁ竜ね。竜がいて力も強いし寿命だって長いの。つがいになって結ばれると段々と女の子も寿命が延びて千年とか1万年とかになるのよ。その間、他の女がどんなに誘惑してきても絶対に揺るがないのがつがいの愛なのよ。今日の本は最終巻でさぁ。石化していく女性が間も無く命尽きるってクライマックス。楽しみにしてたのにお母様ってホントに酷いんだから!!」


頭のてっぺんから湯気でも吹き出ているんじゃないかと思うほどカーラは憤慨していた。
リヒトは男だが、他の女性が気にならないほど1人の女性にだけ執着した事はないのでカーラの言う竜の男の気持ちは理解が出来ない。色香を振りまく女がいてその時に抱くか抱かないかも恋愛という感情ではなく、単に性欲の発散。

所詮は小説の中の話事だと、憤慨するカーラを宥め「そのうち母上の部屋から本を取り戻してやる」と言おうとした時、カーラが物思いに耽るような表情で呟いた。


「寝ても冷めても君の姿は見えてしまうのは何故なんだ。ここにいない君の声が耳から離れない。離れていて香るはずのない君の香りが私の鼻腔に張り付いて身悶えてしまう。私はおかしくなったんだろうか‥‥なぁんて言われてみたいなぁ」


リヒトは心臓が跳ねあがって体から飛び出してしまうのではないか?そう思うほど驚いた。まるで今のリヒトと同じ。カーラに見透かされてしまったのか?そう思って何も言えなくなってカーラをじっと見た。

「な、なに?キモいんだけど」

体を仰け反ったカーラはリヒトにジト目を向けた。

「なんだそれは?」
「え?何?さっきの言葉?」
「そうだ」
つがいに胸の思いを絞り出して告白するシーンなの。小説が後追いになっちゃったけど歌劇で先行しててね?観たのよ。良かったわぁ(ウットリ)ギュゥゥって胸が苦しくなる竜の告白!お父様にオネダリして2万5千クルのチケット買って観た甲斐があったわぁ♡」

リヒトはハッとして両手で鼻と口を覆った。

――そうなのか…俺・・・サーシャの事が好きなんだ――


家族の事は好きだし、愛しているがそれは父に対しても母に対しても弟妹に対しても差はなく「性別」で区切るものではない。家族愛という部類の愛だ。

王族の警護は肩が凝るし面倒だが殿下も、たまに警護をする両陛下の事も嫌いではない。その気持ちは敬愛。

ビアンカたちといれば楽しいし好きか嫌いかと問われれば「好き」に近いが、ビアンカとエルサ。何度か体を繋げたが、同じく繋がったり、繋げられたりのフランクやアベルとの差を感じた事はない。
2人きりで愉しむのと違って複数は男色とは違って禁忌とされて忌み嫌われているから仲間内で愉しむだけの事。そこに恋愛感情はない。

友人の4人は大事だが、同じく他人であるサーシャに感じた同じ気持ちを持った事は一度も無かった。



遅い初恋に気が付いたリヒトは同時に恐怖を感じた。
とても本当の事は告げられない。
愚劣な賭けは最低で最悪。その対象がサーシャ。

この事を知られてしまったら。

そう思うと今までどんなに「絶対に勝てない」と感じる相手との本気の勝負勝ち抜き戦でもした事がない身震いが止まらない。


――どうしたらいい。どうしたら――


思い悩んでリヒトは「ゲーム」は続行する事を決めた。
アベルのように「抜ける」となればビアンカやエルサはサーシャにネタばらしをするかも知れない。それだけは絶対に避けねばならない。

最低で最悪な行いだが、リヒトがサーシャを「ゲーム」の最中に溺愛する事は決め事なのだから、とにかく甘やかしても不審に思われる事はない。

なんとか婚約に持ち込んで「別れられない状況」を作ればいいだけのこと。
婚約や婚姻となれば4人はもう縁を切って、サーシャとの甘い生活を始めればいい。名実ともに婚約者や夫婦となればリヒトがサーシャにどんな場で愛を囁き、腰に手を回しても良い意味で捉えられる事はあっても、咎められることなどない。

「どうしたの?お兄様。困ったりニヤニヤしたり。気持ち悪いわ」
「ん?…あぁ考え事をしていたんだ。何でもない。母上に取り上げられた本は買ってやるよ。この部屋に置いておけば母上に取り上げられる事も無いだろう?」
「ほんと?!やった!!歌劇と小説はラストが違うそうだから読みたかったの!お兄様大好き!!」

ガバっと抱き着くカーラ。
リヒトは恋心を気付かせてくれたお礼にカーラが望むままに他の本も買ってやろう。そう決めたのだった。
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