あなたへの愛は時を超えて

cyaru

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図書院の教授は更に倍!

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近くに来るとトンデモない高さのある図書院。

コレットは首が痛くなるくらい後ろに傾けててっぺんにある時計台を眺める。
図書院は帝都大学院の構内にあって、少々場違いな服を着ていても誰も気に留めるものはない。

ジークハルトは受付に行くと、閲覧したい本を司書に告げた。
司書は「少し待て」と言って奥に入っていった。

その間、大きな部屋に整然と並べられた書架にぎっしりと本の背表紙が見える空間にコレットは硬直して動けない。王宮の蔵書は見る機会などなかったコレットだが、お針子たちを教育するために講師まで読んでくれていた女将の支配人室にあった本よりも遥かに数が多い。

紙が貴重だった時代。女将の部屋にあった本は紙は高価で数冊しかなかった。ほとんどは木の皮をなめしたものに書かれていて場所を取っていた。

「これ…全部紙の本…」
「そうだな。しかし…遅いな…」

奥の部屋に行ったまま戻らない司書を待っていたのだ。
誰でもいつでも利用できる図書院。
ジークハルトは案外ウッカリ者でもあるため、大事な事を忘れていた。

閲覧を希望したのは900年ほど前のものである。
途中、ベルトニール帝国はベラン王国に侵攻したのだから戦争があったはずなのだ。
戦火を逃れたというだけでも貴重品扱いな上に古文書レベルの蔵書を希望したのだ。普通に貸し出ししてもらえる本とは訳が違う事に気が付いてなかった。

半刻ほど待たされ、ジークハルトがどうなっているのか他の司書に問い合わせようとした時、奥の部屋の扉が開いた。先程の司書とかなり年配の男と一緒にカウンターまでやって来る。


「えぇっと…ベラン王国関係の蔵書を希望されたのは貴方?」
「はい、そうです」
「申し訳ありませんが、閲覧は不可となっております」
「え?どうして?誰でも見られる図書院ですよね」
「基本はそうなのですが、ベラン王国については殆どが戦火で焼失しておりますし、現存するものも紙の質が万全ではなく空気に触れる事で風化が進んでしまいますので禁書扱いなんですよ」


ジークハルトはおそらくは支配人の男が言った言葉をコレットに伝えた。

「そちらの方は?」

支配人の男がコレットは誰だと聞く。ジークハルトはまた嘘を吐いてしまった。

「妻です」
「あぁ、奥様…ですが珍しいですね。ご夫婦で古文書がお好きとは」
「好きと言う訳では…あ、そうだ。ベラン王国の歴代の国王の名前とか解りませんか」
「まだ解読が出来ていない部分も多く、判読出来ていてもそれが正解かを示す物はないんです。なので判らないとしか言えません」

「判らなくてもいいです。ちらっと見るだけでも出来ませんか?」
「あのね、さっきも言ったでしょう?出来るだけ空気に触れさ――」
『どうしたんだね』


ジークハルトが支配人の男に食い下がっていると、白髪の如何にも「教授!」という風貌の男性が声をかけた。丸い銀縁の眼鏡はギリギリ鼻に引っ掛かっており、目は全然覆っていない。
杖をついた老人を支配人の男は「先生!」と呼んだ。

先生と呼ばれた男は、ワザノーシ教授と言った。
ベラン王国研究の第一人者で成果が出ない事によって研究が打ち切りになりそうになった時、帝都公園の中央で帝都民に木陰を提供する大きな欅の木がベラン王国時代に植えられたものである事を樹齢より推測し、公園整備の際にその欅の木の近くに教会があった事を発掘により突き止め、ステンドグラスや祭壇を発見したのである。

研究の続行が認められただけでなく、研究費も「さらに倍!」になったのだ。

「それがですね、この方たちがベラン王国の蔵書を希望されておりまして」
「ほぅ。ベランの‥‥興味がおありかな?」
「えっと…ちょっと知りたい事がありまして…」
「ほぅ。ベラン王国の事を?フォッフォッフォ珍しいねぇ。何が知りたいんだい?」

ジークハルトはコレットに目くばせをした。
キュっと握った手に力を入れて、微笑んだ。

「あの…ヨランド陛下の…事を‥」
「ヨランド陛下?」
「っトットット、知りたいのはピンポイントでして、ベラン王国のヨランドという国王が統治していた時代の事が知りたいんですよ。何でも良いんです。年代だけでも」

ふむ…とワザノーシ教授は首を傾げた。600年以上前に滅亡した国でまだほとんどわかっていない。実のところ「ヨランド」という国王がいたかどうかもわかっていないのだ。

ベルトニール帝国が出来た時には繁栄していたと思われるベラン王国だが、ベルトニール帝国に侵攻された折に徹底的に焼き討ちをされ破壊されている事から相当の恨みが国家間にあったと思われていた。

「少しなら見せてあげるよ。こっちにおいで」
「教授!!」
「良いんだよ。こんな研究に関心を持ってくれるなんて嬉しいじゃないか。学生すら見向きもしない研究なんだからね。私の大事な客人だよ。フォッフォッフォ」


ワザノーシ教授の後をついて、訪れたのは研究室だった。
コレットとジークハルトは背凭れを繕ったソファーを進められて腰を下ろすと、2番?3番?いや白湯かも知れない?と思うくらいの色と味のなさそうなお茶を振舞われた。

比較的新しい紙に写本をされた本を無造作に開いたワザノーシ教授だったが、コレットは前のめりになって文字に見入った。

「どうやら興味があるのはお嬢さんのようだね?」
「はぁ…すんません」
「まぁ、コーヒーでも飲みたまえ」
「えっ?珈琲??これが??色が透明ですけど??」

「それが固定概念と言うんだ。珈琲は黒い。オレンジジュースはオレンジ色。でもね?成分をそのままに蒸留をするとこれが不思議!黒いのもオレンジなのも言ってみればカカオそのものが持つ色素だったり、炒ったりした時の副産物。君たちの言う染料を取り除けば透明になるんだよ」

――いや、余計なひと手間とも言いますよね?――

ジークハルトはグッと言葉と透明な液体を飲み込んだ。

「ファァァ!!珈琲だ!」
「さっき、珈琲と言ったじゃないか。耳掃除したのか?」


2人が与太話をしている隣でコレットはゆっくりとページを捲り本を読んでいく。

「何が書かれているんだ?」

ジークハルトの言葉にコレットは頬を染めた。

――何故赤くなるんだ??何が書かれているんだ?!――

赤くなるはずだった。

「あの…この本なんですけど、王宮の…その…性的な事情が書かれてて…」

コレットも初めて知った事実ではあった。知りたい年代ではなかったが王宮では世継ぎが間違いなく国王と王妃の子である事を確かめるため、必ず侍女か従者が行為を見届けたと書かれてあり、おそらく学生は懸命に写本をしたのだろうが、書かれていたのは国王と王妃がどんな行為をしてその夜を過ごしたのかという赤裸々な報告書だったのだ。

だが、ワザノーシ教授に内容は関係ない。ワザノーシ教授にとって大事なのは「内容は後日!とにかく読める事」が大事だったのだ。

「お嬢さんっ!これが読めるのか!」
「はい…読めますが」
「読み聞かせをしてくれないか!ここは何と書いてある!」

ワザノーシ教授が指差した文字を見てコレットはハッとジークハルトの顔を見た。
しかし!ジークハルトもそれが何を書いているのか読める筈はない。

「なんて書いてあるんだ??」
「え…読むんですか…でも陛下の秘密と言うか…」
「読んでくれないか!ベラン王国の文字はまだ解読が2%もないのだよ!」

グイグイと迫るワザノーシ教授。コレットは諦めてぽつりと指差された文字を呟いた。

「怒張した陰茎は小指よりも幹回りがなかった‥‥です」

<< えぇぇっ! >>

ワザノーシ教授とジークハルトが自分の股間に視線を移したのは言うまでもない。
解読されない方が国王陛下の尊厳を守るんじゃないか…
教授の研究費じゃなく、国王陛下こそ「さらに倍!」を望んだのでは…。

3人の共通認識だった。
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