あなたへの愛は時を超えて

cyaru

文字の大きさ
上 下
15 / 30

ゴミ箱の中には危険がいっぱい

しおりを挟む
パタパタ…パタパタ。ザッザッ…。

口と鼻を布で覆い、無言で箒を動かす。チラチラと掃除をするコレットをジークハルトは盗み見た。



☆●☆〇☆

「箒がないですって?!」
「はい…買ってなくてですね…」
「ここに来てもうすぐ1年になるのにまさか掃除した事がない?!」
「はい…すんません」
「呆れたねぇ…まさかと思うけど、忘れたのは掃除だけだろうね?結婚した事は団には届けてるんだろうね?」

ビクゥ!ジークハルトは隣の奥様の前で直立不動。
「まだです」と言い出せる雰囲気ではない。

しかし、既に近所の者達にはうっかり吐いてしまった嘘が広がってしまっている。
ジークハルトの様子から届けが未提出を悟った隣の奥様は呆れ顔の上に呆れ顔を重ねた。

「買い物に行く時に出して来るんだよ。大事な事だからね。はい箒」
「あ、ありがとうございます」

☆●☆〇☆




隣の奥様から箒を借りることが出来たジークハルトは早速掃除を始めた。
2人で部屋の中を掃除するが、埃が酷くコレットは落ち葉を拾ってきて水を汲んだバケツに沈めると落ち葉を部屋の中にばらまいた。

部屋の隅だけでなくテーブルをどけると埃の山が幾つもある。
怪しげな虫の卵も大量に出てくる始末である。

「うわ…酷いな」
「何時からお掃除をしていないのですか」
「ここに入った時から」
「・・・・」

言葉を忘れそうである。
ジークハルトはここに引っ越してきてまもなく1年になる新参者であるが、背景が背景だけにご近所の奥様達からは殊の外「可愛がられ」てきた。

引き出しをあけると気を利かせたのか「帝都婚活情報」や「帝都の婚活夜会」などのチラシやパンフレットが無造作に詰め込まれている。

――凄いわ。紙をこんな事にも使えるくらい帝都は裕福なのね――

取り出したチラシ。コレットは文字よりもその紙質に指を滑らせた。
紙がなかったわけではない。本当にもう着られなくなった麻の服を紙にすると買い取ってくれる者はいた。

麻の服を切り刻んで、灰汁で似たあと石臼で挽き、水の中に放り込んで新しい麻布でその繊維を拾い、乾かして麻の紙を作っていたのだ。
ただ、破れやすく上手く均等に水の中で拾い集めないと表面がボコボコになって文字が書きにくいものだった。コレットは何度か自分の衣類をそうやって紙にして食費の足しにしていた。

それに比べてこれはどうだろうか。表面はツルツルとしていてインクが染みて文字が広がっている風もない。

――本当にすごい。どうやって紙漉きをしたのかしら――


チラシに見入って手を止めたコレットをジークハルトは何をしてるんだ?と覗き込み、手にしていたチラシを見て「ヒョゥゥ!」奇妙な声をあげた。

「こっ、こんなもの見ちゃダメだ。これは捨てるんだ、もういらないものがあぁこんなに沢山、わぁ大変だ―」

バサバサと引き出しの中のチラシやパンフレットを鷲掴みにするとサッと背に回し隠した。

「ジークハルト様、ゆっくり…話してください」
「えぇっと…目の毒。捨てる。ポイ」
「捨てる?紙を捨てるのですか?」
「うん、捨てる。特にこれは捨てる」
「信じられませんっ」

コレットは書き損じの紙ももう一度水に浸けてバラバラにした後は、一旦洗浄してまた漉いて紙にしていた。何度目かになるとインクの成分が沈着するので黒っぽくはなるがそれでも買いとってくれたのだ。

「これは捨てませんっ」

ジークハルトが握ったチラシやパンフレットを取り返したコレット。
婚活のチラシばかりなので恥ずかしくて堪らないジークハルト。

「ジークハルト様、これは大事な物です」
「えっ…いや、あの…」

そしてコレットは、ジークハルトの目の前でチラシをビリビリに引き裂いた。

「えっ?えぇぇっ?どういう事??はぁぁぁ??」

大事な物だと言いながらもビリビリに紙を破るコレットにジークハルトは目を丸くした。

「水に浸けて、洗ってもう一度紙にします」

キョロキョロとあたりを見回し、コレットは寝台わきに置いたティッシュだけが丸まって捨てられている「超危険」なゴミ箱に手を伸ばした。

「そっ!そのゴミ箱はダメだ!中は非常~に危険なんだ。触るな!危険!」
「危険?入ってるのは紙ですが…それもかなり沢山」
「量は気にするな。男の1人暮らしの寝台周りは危険しかないという証拠だ」
「そうなんですか?」
「男の俺が言うんだから間違いない(キリッ)」
「でも、紙はもう一度紙に出来るんですよ」
「いや、出来るとしてもこのゴミ箱の紙だけはダメだ」
「すごく柔らかそうでいい紙なのに…捨てるんですか?」
「捨てる。この紙だけは生まれ変わって紙になると使う人に呪われる」

ゴミ箱の紙はダメだとゴミ箱ごと取り上げられてしまったコレットはビリビリに破った紙を入れる入れ物が欲しいと言った。

「コレット、紙が欲しいのか?」
「いいえ?」
「ならなんで?紙なら買ってやるよ。掃除が終わったら買い物に行こう」
「騎士団ではないのですか?」
「うっ‥‥それが…事情が変わって…その…」

最早ここまで。前門の虎、後門の狼状態である。
目の前のコレット、隣の奥様。どっちが危険度が高いかと言えば…。

――どっちもだ――

ジークハルトはギュっと箒の柄を握った。

バサッ!!

「ど、どうしたんです?突然床にっ」

ジークハルトは前門の虎、コレットを選んだ。
そうしなければ、後門の狼は群れなので数が多すぎるのだ。
ご近所さんネットワークを侮ってはならない。

「すみませんっ!」
「どうしたんです?ジークハルト様っ」
「つい…出来心、いや、見栄を張ってしまいましたぁぁ」
「見栄?それがこの突っ伏した状態と何かご関係が?」

ウルウルとした瞳でコレットを見つめると、コレットの瞳の中に自分がいた。

「コレット‥‥コレットと…結婚したって言ってしまいましたー!」
「えぇっ?!」
「嫌な事はしませんっ。だから暫く俺と結婚してくださいっ」


自分は騎士団に預けられるのではなかったのか?
それに何より…

「ジークハルト様、私、結婚してるんです」
「ヴエッ?!」
「ですから、ベラン王国第三騎士団のディッド隊員が夫なんです」
「へっ?‥‥あ、いや、だから!ベラン王国は滅亡‥‥えっ?あの話は本当だったのか?」
「本当も何も…事実しか話をしておりませんが?」


ジークハルトは朝の鍛錬時も二日酔いだったがもう酒は抜けた。
若干酒が残った頭で聞いた言葉が本当に真実だとすれば。

――本当に時を超える事があるのか――

お伽噺で過去に迷い込んだ男の話は幼い頃に読んだ事があった。
知っている史実を元に将軍まで成り上がった作り話だった。
その話は、過去に戻った男なので過去にはなかった技術や戦法で成り上がる話だ。

だが、逆だったら?
ジークハルトはコレットの目を真っ直ぐに見つめた。

「コレット…皇宮図書院に行こう」
「図書院?騎士団でも買い物でもなく?」
「あぁ、確かめよう」

皇宮図書院にはこの国の建国からの蔵書がある。他国でしかも一般庶民の事は何もわからないかも知れない。しかしそれでもこの地はかつてベラン王国が栄えていて王都だった事は間違いない。

なにより、コレットの話が本当なのならコレットはこの世界で独りぼっちだと言う事だ。
両親は既に他界し、兄や元許嫁に裏切られたジークハルトも言ってみれば独りぼっちである。頼る者は誰一人いない。その辛さはジークハルトも経験をした。

しかし「憎む相手」がいたジークハルトよりも、コレットの話が本当ならコレットの置かれた状況は絶望を感じるものだろう。

「騎士団には行かないんですか?」
「場合によっては行くかも…だけど…約束するよ」
「約束?」
「夕食はここで一緒に食おう」

安心をしたのか。コレットは少し微笑んで「はい」と言った。
その笑顔に、夫の元に帰りたくない事情を抱えているのだろうとジークハルトは感じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

奪ったのではありません、お姉様が捨てたのです

佐崎咲
恋愛
『ローラは私のものを奪ってばかり――もう私のものはすべてローラに譲ります。ここに私の居場所はない。どうか探さないでください』  ある日そう書かれた手紙を置いて義姉クリスティーナは消えた。  高い魔力を持ち、聖女となった義姉は王太子レガート殿下の婚約者となり、その立場から学院でも生徒会副会長を務めていた。  一見して清廉で有能、真面目に見える義姉。何も知らない人が手紙を読めば、元平民でふわふわにこにこのお花畑に見える私ローラがすべて奪ったのだと文字通りに受け止めるだろう。  だが実情は違う。『真面目』が必ずしも人々に恩恵を与えるものではなく、かつ、義姉のは真面目というよりも別の言葉のほうが正確に言い表せる。    だから。   国の守りを固めていた聖女がいなくなり、次期王太子妃がいなくなり、生徒会副会長がいなくなれば騒然となる――はずであるが、そうはならなかった。  義姉の本性をわかっていて備えないわけがないのだ。  この国は姉がいなくても揺らぐことなどない。  ――こんなはずじゃなかった? いえいえ。当然の帰結ですわ、お義姉様。    あとはレガート殿下の婚約者だけれど、そこは私に手伝えることはない。  だから役割を終えたら平民に戻ろうと思っていたのに、レガート殿下は私よりもさらに万全に準備を整えていたようで――  私が王太子の婚約者?  いやいやそれはさすがに元平民には荷が重い。  しかし義姉がやらかした手前断ることもできず、王太子なのに鍛えすぎなレガート殿下は武骨ながらもやさしい寵愛を私に注いでくるように。  さらには母の形見の指輪をはめてからというもの、やけにリアルな夢を見るようになり、そこで会う殿下は野獣み溢れるほどに溺愛してくる。  武骨ってなんぞ?  甘すぎて耐えられる気がしないんですけど。 ==================== 小説家になろう様にも掲載しています。 ※無断転載・複写はお断りいたします。 感想はありがたく読ませていただいておりますが、どう返したらいいか悩んでいるうちに返信が追い付かなくなってしまいました。 その分更新頑張りますので、ご承知おきいただければと思います。

【完結】ついでに婚約破棄される事がお役目のモブ令嬢に転生したはずでしたのに ~あなたなんて要りません!~

Rohdea
恋愛
伯爵令嬢クロエの悩みは、昔から婚約者の侯爵令息ジョバンニが女性を侍らかして浮気ばかりしていること。 何度か婚約解消を申し出るも聞き入れて貰えず、悶々とした日々を送っていた。 そんな、ある日─── 「君との婚約は破棄させてもらう!」 その日行われていた王太子殿下の誕生日パーティーで、王太子殿下が婚約者に婚約破棄を告げる声を聞いた。 その瞬間、ここは乙女ゲームの世界で、殿下の側近である婚約者は攻略対象者の一人。 そして自分はこの流れでついでに婚約破棄される事になるモブ令嬢だと気付いた。 (やったわ! これで婚約破棄してもらえる!) そう思って喜んだクロエだったけれど、何故か事態は思っていたのと違う方向に…………

悪役令嬢の双子の兄、妹の婿候補に貞操を奪われる

アマネ
BL
 重度のシスコンである主人公、ロジェは、日に日に美しさに磨きがかかる双子の妹の将来を案じ、いてもたってもいられなくなって勝手に妹の結婚相手を探すことにした。    高等部へ進学して半年後、目星をつけていた第二王子のシリルと、友人としていい感じに仲良くなるロジェ。  そろそろ妹とくっつけよう……と画策していた矢先、突然シリルからキスをされ、愛の告白までされてしまう。  甘い雰囲気に流され、シリルと完全に致してしまう直前、思わず逃げ出したロジェ。  シリルとの仲が気まずいまま参加した城の舞踏会では、可愛い可愛い妹が、クラスメイトの女子に“悪役令嬢“呼ばわりされている現場に遭遇する。  何事かと物陰からロジェが見守る中、妹はクラスメイトに嵌められ、大勢の目の前で悪女に仕立てあげられてしまう。  クラスメイトのあまりの手口にこの上ない怒りを覚えると同時に、ロジェは前世の記憶を思い出した。  そして、この世界が、前世でプレイしていた18禁乙女ゲームの世界であることに気付くのだった。 ※R15、R18要素のある話に*を付けています。

【完】貴方達が出ていかないと言うのなら、私が出て行きます!その後の事は知りませんからね

さこの
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者は伯爵家の次男、ジェラール様。 私の家は侯爵家で男児がいないから家を継ぐのは私です。お婿さんに来てもらい、侯爵家を未来へ繋いでいく、そう思っていました。 全17話です。 執筆済みなので完結保証( ̇ᵕ​ ̇ ) ホットランキングに入りました。ありがとうございますペコリ(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+* 2021/10/04

【完】婚約者に、気になる子ができたと言い渡されましたがお好きにどうぞ

さこの
恋愛
 私の婚約者ユリシーズ様は、お互いの事を知らないと愛は芽生えないと言った。  そもそもあなたは私のことを何にも知らないでしょうに……。  二十話ほどのお話です。  ゆる設定の完結保証(執筆済)です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/08/08

【R18】さよなら、婚約者様

mokumoku
恋愛
婚約者ディオス様は私といるのが嫌な様子。いつもしかめっ面をしています。 ある時気付いてしまったの…私ってもしかして嫌われてる!? それなのに会いに行ったりして…私ってなんてキモいのでしょう…! もう自分から会いに行くのはやめよう…! そんなこんなで悩んでいたら職場の先輩にディオス様が美しい女性兵士と恋人同士なのでは?と笑われちゃった! なんだ!私は隠れ蓑なのね! このなんだか身に覚えも、釣り合いも取れていない婚約は隠れ蓑に使われてるからだったんだ!と盛大に勘違いした主人公ハルヴァとディオスのすれ違いラブコメディです。 ハッピーエンド♡

【完結】そんなに怖いなら近付かないで下さいませ! と口にした後、隣国の王子様に執着されまして

Rohdea
恋愛
────この自慢の髪が凶器のようで怖いですって!? それなら、近付かないで下さいませ!! 幼い頃から自分は王太子妃になるとばかり信じて生きてきた 凶器のような縦ロールが特徴の侯爵令嬢のミュゼット。 (別名ドリル令嬢) しかし、婚約者に選ばれたのは昔からライバル視していた別の令嬢! 悔しさにその令嬢に絡んでみるも空振りばかり…… 何故か自分と同じ様に王太子妃の座を狙うピンク頭の男爵令嬢といがみ合う毎日を経て分かった事は、 王太子殿下は婚約者を溺愛していて、自分の入る余地はどこにも無いという事だけだった。 そして、ピンク頭が何やら処分を受けて目の前から去った後、 自分に残ったのは、凶器と称されるこの縦ロール頭だけ。 そんな傷心のドリル令嬢、ミュゼットの前に現れたのはなんと…… 留学生の隣国の王子様!? でも、何故か構ってくるこの王子、どうも自国に“ゆるふわ頭”の婚約者がいる様子……? 今度はドリル令嬢 VS ゆるふわ令嬢の戦いが勃発──!? ※そんなに~シリーズ(勝手に命名)の3作目になります。 リクエストがありました、 『そんなに好きならもっと早く言って下さい! 今更、遅いです! と口にした後、婚約者から逃げてみまして』 に出てきて縦ロールを振り回していたドリル令嬢、ミュゼットの話です。 2022.3.3 タグ追加

【完結】わたしの好きな人。〜次は愛してくれますか?

たろ
恋愛
夫である国王陛下を愛した。だけど彼から愛されることはなかった。 心が壊れたわたくしは彼の愛する女性の息子へ執着して、わたくしは犯罪を犯し、自ら死を迎えた。 そして生まれ変わって、前世の記憶のないわたしは『今』を生きている。 何も覚えていないわたしは、両親から相手にされず田舎の領地で祖父母の愛だけを受けて育った。だけどいつも楽しくて幸せだった。 なのに両親に王都に呼ばれて新しい生活が始まった。 そこで知り合った人達。 初めて好きになった人は……わたしを愛していなかった陛下の生まれ変わりだったことに気がついた。 今の恋心を大切にしたい。だけど、前世の記憶が邪魔をする。 今を生きる元『王妃』のお話です。 こちらは 【記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです】の王妃の死後、生まれ変わり前世の記憶を思い出す話ですが、一つの話としても読めるように書いています。

処理中です...