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9:マリーゴールド
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「奥様、休憩をしましょうか」
「そうね。馬はもう何回交換したかしら」
「馬はえぇっと‥‥4回ですね。次の宿場町は大きいので食事もしておきますか」
「そうね…」
屋敷を出立したのはまだ空に星が出ていた頃。一番鳥がクォケェクォクォォォっと鳴く頃だ。王都の街並みが見えなくなり、小麦畑の中をひたすら走り、上りに入る前に馬を交換。
上りの途中でも平らな部分で馬を交換し、もうすぐ領地に到着する。
しかし、段々と元気がなくなってきたブランディーヌにメイドは明るく声を掛けたが、返ってくる返事もいつものブランディーヌではなかった。
「あれ?何かしてるようですよ」
人々が集まり、大きな石の周りは花束やカップに入った飲み物、封を切っていない食べ物や、直ぐに食べられそうなそのままのパンなどが置かれていた。
「今日は…慰霊祭なの。だから来たかったの」
「はぁ…?」
ブランディーヌの過去を知る者は伯爵家にはいない。ブロア伯爵家から嫁いできた事は知っているが、やり手の営業だったという声がチラチラと聞こえてくるだけで10代の頃や20代になったばかりの頃の噂は流れて来ない。
「花を売っているのはあの屋台だけかしらね」
「見てきましょうか?」
「そうね、お願いするわ。マリーゴールドがあれば買ってきて頂戴」
「マリーゴールドですね。判りました」
まだ若いメイドは馬車をピョンと飛び降りると屋台が並ぶ一画に向かって走り出した。
「しばらく休憩をするわ。何か食べて来て」
御者の2人に食事代としては少し多めの金を渡し、ブランディーヌもステップを降りた。
――人が多いわね。でも、何も変わらない――
通行禁止と書かれた木札がロープに括りつけられている先。
そこがマシューと思われる遺体が見つかった場所だ。馬車が襲われたのはまだ少し先である。
未だに近道であるが故に野盗が多く出没し強引に通行した商人は被害にあっている。
この宿場町までなんとか辿り着こうとしたのかも知れない。
馬車が襲われたのは漆黒の夜。通常夜になれば満天の星が見えるこの地も漆黒の夜という星も見えない空が広がる日がある。
――どうしてそんな日に無理をしたの――
マシューと思われる遺体が見つかり、気持ちに諦めをつけたつもりだった。
今、ブランディーヌが手掛けている事業は元々マシューとこんな事が出来ればいいのにと話をした事業である。商会の仕事をしていると営業で会うのは自国のものばかりではない。
風習も慣習も宗教も言葉も違う国の人と取引をするのだ。
『いつか大きな商談を纏めに海の向こうの国に行くぞ』
『そこで何を売るのよ』
『驚くなよ?形のないモノ。空気だ!珍しいだろう』
『何を言ってるのよ。その辺にあるのに買う人なんていないわ』
『それがあるんだよ。これさ』
まだ落書きのような絵だったが、マシューが見せてくれたのは海の中でも呼吸が出来る筒だった。海面に筒の先が飛び出しているものではなく、背中に背負って深い海の中でも呼吸が出来るのだと言った。
『海の中で結婚式をしよう。多分…俺とランが初めてになる』
『無理よ!私泳げないもの』
『大丈夫だ。ランが溺れない限り泳げる』
『無茶もいい所だわ!もう!』
昔を思い出してブランディーヌの頬を涙が伝って落ちていく。
「奥様ぁ!ありました!ありましたよ~」
両手いっぱいのマリーゴールドを抱えて若いメイドが走ってくる。
ブランディーヌは花束を受け取ると、通行禁止のロープの手前に設置された献花台にマリーゴールドを供えた。
「奥様、好きな方がおられたんですか?」
ぽつりと隣で祈りを捧げていたメイドが呟いた。
「どうしてそう思うの?」
「さっき、マリーゴールドを買う時にお店の男の人が花言葉は変わらぬ愛ですよって」
「素敵な言葉ね。どんな人だった?」
「おじさんですよ。美丈夫…ではなかったです」
「そう。では言葉を教えてくれたお礼に屋敷にも何か買っていきましょうか」
「そうですね」
若いメイドは「こっちです」とブランディーヌの手を引いて両脇の屋台をやり過ごし進んでいくのだが、屋台が並ぶ通りの最後まで来てしまった。
「あれ?おかしいな…果実水の屋台でしょ…飴細工の屋台でいいなぁって思って‥」
「お花を売ってるところはなかったわね」
「そうなんですよ、でも買ったんです。だからっ」
「わかってるわ。大きな花束を抱えてきたもの」
「一度、戻ってもいいですか?」
「いいわよ」
しかし、結局3往復したのだが、メイドが花言葉を教えてもらってマリーゴールドの花を売ってくれた屋台は見つからないままだった。
「奥様、ちょっとここで待っててください!」
意地になった若いメイドは広場の噴水にブランディーヌを待たせてまた屋台の立つ通りに走って行った。
噴水のへりに腰を下ろし、日傘をさして通っていく人たちを眺めていると不意に呼ばれた気がした。
(ランっ)
その声に振り返るが、後ろにあるのは吹き上げる噴水だけだ。
――気のせいかしら――
(ラン。綺麗になったね)
顔をあげ、日傘を少し後ろに傾けた。
「マシュー」
声と一緒に傾けた日傘が噴水の中に落ちた。
見えた筈のマシューの姿も消えていた。
「奥様ぁ!!奥様ぁ!!」
若いメイドの声に、我に返ると若いメイドは息を切らせながら噴水に落ちた日傘を拾い上げた。
「どうしたんですか?何かあったんですか?」
「いいえ、なにも…なかったと思うわ」
「思うって、変ですよ奥様。あ、花屋の屋台なんですけどやっぱりなかったです。変だなぁ」
「そう…きっと…全部売れちゃったのよ」
「そうでしょうか。もっと花言葉聞いておけば良かったなぁ」
若いメイドは拾い上げた傘の水気を切らない。
「えへへ。これ好きなんです。ブーン!!」
空に向かって日傘をクルクルと回すと小さな水しぶきが風車のように回る傘から空に飛んで行った。
「さ、領地まであと一息ね」
「はい!」
ブランディーヌと若いメイドを乗せた馬車は御者2人の手綱さばきで軽快に走り出した。
「そうね。馬はもう何回交換したかしら」
「馬はえぇっと‥‥4回ですね。次の宿場町は大きいので食事もしておきますか」
「そうね…」
屋敷を出立したのはまだ空に星が出ていた頃。一番鳥がクォケェクォクォォォっと鳴く頃だ。王都の街並みが見えなくなり、小麦畑の中をひたすら走り、上りに入る前に馬を交換。
上りの途中でも平らな部分で馬を交換し、もうすぐ領地に到着する。
しかし、段々と元気がなくなってきたブランディーヌにメイドは明るく声を掛けたが、返ってくる返事もいつものブランディーヌではなかった。
「あれ?何かしてるようですよ」
人々が集まり、大きな石の周りは花束やカップに入った飲み物、封を切っていない食べ物や、直ぐに食べられそうなそのままのパンなどが置かれていた。
「今日は…慰霊祭なの。だから来たかったの」
「はぁ…?」
ブランディーヌの過去を知る者は伯爵家にはいない。ブロア伯爵家から嫁いできた事は知っているが、やり手の営業だったという声がチラチラと聞こえてくるだけで10代の頃や20代になったばかりの頃の噂は流れて来ない。
「花を売っているのはあの屋台だけかしらね」
「見てきましょうか?」
「そうね、お願いするわ。マリーゴールドがあれば買ってきて頂戴」
「マリーゴールドですね。判りました」
まだ若いメイドは馬車をピョンと飛び降りると屋台が並ぶ一画に向かって走り出した。
「しばらく休憩をするわ。何か食べて来て」
御者の2人に食事代としては少し多めの金を渡し、ブランディーヌもステップを降りた。
――人が多いわね。でも、何も変わらない――
通行禁止と書かれた木札がロープに括りつけられている先。
そこがマシューと思われる遺体が見つかった場所だ。馬車が襲われたのはまだ少し先である。
未だに近道であるが故に野盗が多く出没し強引に通行した商人は被害にあっている。
この宿場町までなんとか辿り着こうとしたのかも知れない。
馬車が襲われたのは漆黒の夜。通常夜になれば満天の星が見えるこの地も漆黒の夜という星も見えない空が広がる日がある。
――どうしてそんな日に無理をしたの――
マシューと思われる遺体が見つかり、気持ちに諦めをつけたつもりだった。
今、ブランディーヌが手掛けている事業は元々マシューとこんな事が出来ればいいのにと話をした事業である。商会の仕事をしていると営業で会うのは自国のものばかりではない。
風習も慣習も宗教も言葉も違う国の人と取引をするのだ。
『いつか大きな商談を纏めに海の向こうの国に行くぞ』
『そこで何を売るのよ』
『驚くなよ?形のないモノ。空気だ!珍しいだろう』
『何を言ってるのよ。その辺にあるのに買う人なんていないわ』
『それがあるんだよ。これさ』
まだ落書きのような絵だったが、マシューが見せてくれたのは海の中でも呼吸が出来る筒だった。海面に筒の先が飛び出しているものではなく、背中に背負って深い海の中でも呼吸が出来るのだと言った。
『海の中で結婚式をしよう。多分…俺とランが初めてになる』
『無理よ!私泳げないもの』
『大丈夫だ。ランが溺れない限り泳げる』
『無茶もいい所だわ!もう!』
昔を思い出してブランディーヌの頬を涙が伝って落ちていく。
「奥様ぁ!ありました!ありましたよ~」
両手いっぱいのマリーゴールドを抱えて若いメイドが走ってくる。
ブランディーヌは花束を受け取ると、通行禁止のロープの手前に設置された献花台にマリーゴールドを供えた。
「奥様、好きな方がおられたんですか?」
ぽつりと隣で祈りを捧げていたメイドが呟いた。
「どうしてそう思うの?」
「さっき、マリーゴールドを買う時にお店の男の人が花言葉は変わらぬ愛ですよって」
「素敵な言葉ね。どんな人だった?」
「おじさんですよ。美丈夫…ではなかったです」
「そう。では言葉を教えてくれたお礼に屋敷にも何か買っていきましょうか」
「そうですね」
若いメイドは「こっちです」とブランディーヌの手を引いて両脇の屋台をやり過ごし進んでいくのだが、屋台が並ぶ通りの最後まで来てしまった。
「あれ?おかしいな…果実水の屋台でしょ…飴細工の屋台でいいなぁって思って‥」
「お花を売ってるところはなかったわね」
「そうなんですよ、でも買ったんです。だからっ」
「わかってるわ。大きな花束を抱えてきたもの」
「一度、戻ってもいいですか?」
「いいわよ」
しかし、結局3往復したのだが、メイドが花言葉を教えてもらってマリーゴールドの花を売ってくれた屋台は見つからないままだった。
「奥様、ちょっとここで待っててください!」
意地になった若いメイドは広場の噴水にブランディーヌを待たせてまた屋台の立つ通りに走って行った。
噴水のへりに腰を下ろし、日傘をさして通っていく人たちを眺めていると不意に呼ばれた気がした。
(ランっ)
その声に振り返るが、後ろにあるのは吹き上げる噴水だけだ。
――気のせいかしら――
(ラン。綺麗になったね)
顔をあげ、日傘を少し後ろに傾けた。
「マシュー」
声と一緒に傾けた日傘が噴水の中に落ちた。
見えた筈のマシューの姿も消えていた。
「奥様ぁ!!奥様ぁ!!」
若いメイドの声に、我に返ると若いメイドは息を切らせながら噴水に落ちた日傘を拾い上げた。
「どうしたんですか?何かあったんですか?」
「いいえ、なにも…なかったと思うわ」
「思うって、変ですよ奥様。あ、花屋の屋台なんですけどやっぱりなかったです。変だなぁ」
「そう…きっと…全部売れちゃったのよ」
「そうでしょうか。もっと花言葉聞いておけば良かったなぁ」
若いメイドは拾い上げた傘の水気を切らない。
「えへへ。これ好きなんです。ブーン!!」
空に向かって日傘をクルクルと回すと小さな水しぶきが風車のように回る傘から空に飛んで行った。
「さ、領地まであと一息ね」
「はい!」
ブランディーヌと若いメイドを乗せた馬車は御者2人の手綱さばきで軽快に走り出した。
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