あなたの愛は行き過ぎている

cyaru

文字の大きさ
上 下
8 / 15

8:落とした物と転がった物

しおりを挟む
一番鳥が鳴きだす少し前、馬車が石畳を走る車輪の音が聞こえた。

カミーユは夫人の間から飛び出すと、廊下に出て右と左を交互に見る。
慌てていると住み慣れている筈の屋敷でも入り口がどちらか判らなくなってしまった。

階段も数段を飛ばして駆け下りた事など何時ぶりだろう。
転がるように玄関ホールまで来ると、扉を閉じる家令と執事の姿が目に入った。


「おはようございます。鍛錬でございますか?」


どう考えても鍛錬に向いているような服装ではないのに、家令は涼しい顔で問いかけて来た。


「い、今、誰が出て行ったんだ?」
「奥様で御座いますが」
「こんな朝早くに何処に行ったというんだ!」
「何処にと申されましても…」


家令と執事はいったい何を言ってるんだと言わんばかりに顔を見合わせ、息も揃えてカミーユの顔を見た。


「奥様は週に3回。領地に出向いておられます」
「そんな事は聞いていない」

「聞ける筈が御座いません。旦那様は御帰宅をされた日は早々に湯を浴び、離れに出向いておられたではありませんか。話す時間もないのに聞く事が出来るはずが御座いませんでしょう」

「こちらをご覧くださいませ」


サッと執事が差し出してきたのは今月、先月、先々月の3カ月が一目でわかるようになっている暦だった。そこに赤い丸と黒い丸が書かれている。先々月の16日には黒で二重丸があった。×のマークも2つ飛ばし、3つと飛ばしでついていた。

殆どは赤い丸で囲まれていて、黒い丸は先々月はなし、先月は1つだけだった。今月は4日前と昨日に黒い丸。明日からの日付にはなにもない。


「なんだこれは」
「×は旦那様が夜勤の日で御座います。黒い丸は本宅で休まれた日。赤い丸は離れで休まれた日でございます」
「では、この…先々月の二重丸はなんだ?」
「奥様のお誕生日で御座います」
「誕生日って‥‥えっ‥待て、待てよ…」


思いだしてみれば結婚をして3年になるが、ブランディーヌの誕生日を祝った事はなかった。だがちゃんと覚えている事もある。カミーユの誕生日と専属護衛騎士に選ばれた日はブランディーヌから贈り物があった事だ。
夜勤の日は騎士団の詰め所に届いていたし、そうでない時は部屋のテーブルの上にカードと手紙と一緒に置かれてあった。


「大丈夫ですよ。奥様のお誕生日は使用人一同でお祝いをしましたので」
「何故言ってくれなかったんだ」
「お誘いはしました。ですが湯を浴びて直ぐに離れに向かわれましたので」
「そんな…俺は今まで…」
「見事なまでにすっぽかされておりましたね。いっそ気持ちいいと思いました」


がっくりと項垂れるカミーユだが、家令は気にせず言葉を発した。

「ついでですので、ご案内いたしましょう」

連れて行かれた先は使用人達が食事をする部屋である。
驚いた事に、並べられているものはカミーユが食べる物と遜色ないものばかり。
驚いてはくはくとするカミーユに家令が告げた。


「奥様の指示で我々も同じ物を頂いております。伯爵家には毒を盛る者はおりませんが、食材の痛み、味付け、量、付け足す物、除く物、色合いなどをここで最終確認するのです」

「我々も最初はそれは贅沢だからと言ったのですが、旦那様によい仕事をして頂くには同じように良い物を食べて鋭気を養ってもらわねばならないと奥様が仰ったのです」

「そうだったのか…全然知らなかったよ」

「最近になって、砂糖や塩などの使用量は減りました。野菜や果物で代用しております」

「このパンは…味が変わっているな」

「奥様が小麦アレルギーですので、米というイネ科の植物を使用しております。甘味は砂糖は少しですが大豆などを臼でひいた物を利用しております。通常の小麦で作ったパンも御座いますよ」

「小麦アレルギーって…本当なのか?」

「えぇ。ですから調理人はよく試作品を作っております。他にも領地でとれるものを使ったものも合わせて幾つかは既に商品化して売り出しております」


ではこちらに。と一旦屋敷の外に出ると以前は使用人の休憩所に使っていた小屋が改装されていた。中に入ってカミーユは驚いた。

「なんでだ?!母屋おもやにも調理室はあるだろう!なぜこんな無駄に調理室だけっ?!」

「こちらはですね。国教とは異なる宗教の国も御座います。そんな国からのお客様も王宮にはいらっしゃいますので、ハラールという戒律で許されている食材を調理する建物なんです。竈も井戸も別にする必要があるのですよ」

「そんな金が何処にあったんだ。少々領の収益が上がっても追いつかないだろう?!」


カミーユの言葉に執事は振り返って母屋おもやの従者に何やら身振り手振り。走ってきた従者からファイルを手渡された執事は、パッと広げてカミーユに見せた。

「こちらは今年の作付からの経歴で御座います。少し雨量が多かったので心配をしましたが昨年よりも8%増しで収穫となっております。で、今年の初めにですね‥‥えぇっと。これだ」


一枚のチラシのようになった紙を取り出してカミーユに手渡す。


「トウモロコシの芯!これをですね、奥様の一声で廃棄せずに粉砕しひと手間加える事で緩衝材を作ったんです。これが結構大当たりでして、商会が家具や調度品、ワレモノなどを輸送する時に試験的に使ってもらってたんですが、もう製品化が決定しておりまして、隣国からも発注が来ております」

「旦那様がお連れ様と楽しく踊っている間に奥様は事業の融資をしてくださる方、共同経営をしてくださる方とのご縁を持たれたのですよ。奥様に感謝なさってください」


家令も執事も、これでブランディーヌの事を第一に考えてくれるだろう。
そう思った。

「そうか。そんなに手を広げているのならもう護衛として働く必要はないな。そうだ!屋敷を大きくしよう。エミリアの部屋も同じ屋根の下に作れば…。屋敷さえ広ければディーだって静かに過ごせる。金もあるならエミリアに婿を取って一緒に暮らせばいいんだ。いやぁ…なんだか自分の才能を感じるなぁ…。あの時ディーを一目見て絶対に結婚するんだと心に誓った自分を褒めてやりたいよ。いやもうこれ!全部一気に解決じゃないか!子供だって作り放題じゃないか。もう昨夜はどうしようかと生きた心地がしなかったが…そうかぁ~そうかぁ~」


バササー。
執事は手にしていたファイルを落としてしまった。

コッコッココン…。
家令は入れ歯が外れて転がって行ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

〖完結〗幼馴染みの王女様の方が大切な婚約者は要らない。愛してる? もう興味ありません。

藍川みいな
恋愛
婚約者のカイン様は、婚約者の私よりも幼馴染みのクリスティ王女殿下ばかりを優先する。 何度も約束を破られ、彼と過ごせる時間は全くなかった。約束を破る理由はいつだって、「クリスティが……」だ。 同じ学園に通っているのに、私はまるで他人のよう。毎日毎日、二人の仲のいい姿を見せられ、苦しんでいることさえ彼は気付かない。 もうやめる。 カイン様との婚約は解消する。 でもなぜか、別れを告げたのに彼が付きまとってくる。 愛してる? 私はもう、あなたに興味はありません! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 沢山の感想ありがとうございます。返信出来ず、申し訳ありません。

結婚して四年、夫は私を裏切った。

杉本凪咲
恋愛
パーティー会場を静かに去った夫。 後をつけてみると、彼は見知らぬ女性と不倫をしていた。

幼馴染みとの間に子どもをつくった夫に、離縁を言い渡されました。

ふまさ
恋愛
「シンディーのことは、恋愛対象としては見てないよ。それだけは信じてくれ」  夫のランドルは、そう言って笑った。けれどある日、ランドルの幼馴染みであるシンディーが、ランドルの子を妊娠したと知ってしまうセシリア。それを問うと、ランドルは急に激怒した。そして、離縁を言い渡されると同時に、屋敷を追い出されてしまう。  ──数年後。  ランドルの一言にぷつんとキレてしまったセシリアは、殺意を宿した双眸で、ランドルにこう言いはなった。 「あなたの息の根は、わたしが止めます」

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

6年後に戦地から帰ってきた夫が連れてきたのは妻という女だった

白雲八鈴
恋愛
 私はウォルス侯爵家に15歳の時に嫁ぎ婚姻後、直ぐに夫は魔王討伐隊に出兵しました。6年後、戦地から夫が帰って来ました、妻という女を連れて。  もういいですか。私はただ好きな物を作って生きていいですか。この国になんて出ていってやる。  ただ、皆に喜ばれる物を作って生きたいと願う女性がその才能に目を付けられ周りに翻弄されていく。彼女は自由に物を作れる道を歩むことが出来るのでしょうか。 番外編 謎の少女強襲編  彼女が作り出した物は意外な形で人々を苦しめていた事を知り、彼女は再び帝国の地を踏むこととなる。  私が成した事への清算に行きましょう。 炎国への旅路編  望んでいた炎国への旅行に行く事が出来ない日々を送っていたが、色々な人々の手を借りながら炎国のにたどり着くも、そこにも帝国の影が・・・。  え?なんで私に誰も教えてくれなかったの?そこ大事ー! *本編は完結済みです。 *誤字脱字は程々にあります。 *なろう様にも投稿させていただいております。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

形だけの正妃

杉本凪咲
恋愛
第二王子の正妃に選ばれた伯爵令嬢ローズ。 しかし数日後、側妃として王宮にやってきたオレンダに、王子は夢中になってしまう。 ローズは形だけの正妃となるが……

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

処理中です...