あなたの愛は行き過ぎている

cyaru

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3:一生慣れません

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「朝からイノシシでも入って来たのかしら?」

着替えを済ませたブランディーヌが食堂に行くとエミリアは鬼のような形相で睨みつけて来た。

「夫が仕事に行くと言うのに、奥様がこんなのでお兄様が可哀想」
「そう?貴女が見送ってあげたんだからそうでもないんじゃないかしら」
「そりゃそうよ。お兄様は私を愛しているもの。貴女には無理な話だったわね」

「ところで、朝食がどうのと言っていたけれど、貴女の分はないわ」
「どうせアンタがそうしろって使用人に言いつけてるんでしょ」

「まさか。貴女の分は離れに運ぶ。これは貴女の大事なお兄様が言った事よ?あぁそうね、残せば心配してくれるかも知れないわね。でも3日、そのままにしていたら酷い臭いになりそうだけど。ためておけば?愛しいお兄様が頑張って働いたお金で買った食材をこんなに無駄にしましたって判って貰えると思うわ」

「なっ!なによっ」

「そうでしょう?それにそうなると食費は倍になるわね。金になる遠征。もっと増やさないといけなくなるかも?だって、貴女の世話はあの人の給金から支払ってるんだもの」

「アンタがケチだからよ!お兄様に遠征なんかさせてっ!」

「遠征の件は第二王子殿下に伝えておくわ。それでお兄様がどんな恥をかくかは知らないけれど」

「言わなくていいわよ!いちいち五月蠅い女!この石女ッ!」

エミリアは近くにあった花瓶を手に取ると思い切り床に叩きつけた。
しかし、割れずに転がっていく。生けられていたのも紙で作った造花なので水も零れない。

「残念ね。陶器は破片で大事な使用人がケガをするでしょう?水汲みだって大変なのよ」

ブランディーヌはエミリアがこうやって投げて壊すのでその度に買うのは勿体ないと薄い金属で作られた花瓶に色を付けたものに入れ替えたのである。使用人が割れた陶器でケガをしたのは本当である。
破傷風もある。指先の切り傷とてないに越した事はないのだ。

舌打ちをしたエミリアが離れに帰っていくと、転がった花瓶を使用人が片付ける。

「朝食を頂くわ。皆さんも一緒にどうかしら?」

強張っていた使用人の表情は笑顔になった。





カミーユがいる時といない時でエミリアの言動が豹変するのはこの3年で学んだ。
いや、正確には3年もかかっていない。結婚休暇の3週間が明けた後、カミーユが出仕するとエミリアは足蹴くやってきてブランディーヌの前で使用人を罵り、時に手をあげる事もあった。

勿論その事はカミーユにも報告はしているのだが、カミーユの知っているエミリアと知らないエミリアは乖離が大きすぎてカミーユは家令も執事の報告も【大袈裟】だと軽く流した。

ブランディーヌはエミリアが壊した調度品や食器、エミリアに手をあげられた使用人の事もカミーユに言ったのだが「確かめてくる」と言ったカミーユが持ってきた返事は斜め上を行くものだった。


「躓いて転んだ先に調度品があって、倒してしまった。調度品は壊れて花瓶も割れた。助けようと咄嗟に手を出してくれた使用人と一緒になって転んだのだと言っていたぞ?」


その場を見ていなければ、そういう言い方で丸め込む事も出来る。


家族を大事に思い、愛する事は良い事だ。何でも疑ってかかるのは良くないとは判っている。
だが、カミーユの出した答えはエミリアの言葉が正しく、他の者の言葉はエミリアを早く追い出そうと悪く言っているものだというものだった。
勿論その「他の者」の中にブランディーヌも含まれている。

愛していると言いながら、結局夫婦は「他人」なのだ。
カミーユがそれを認識していようがいまいが、理由はどうあれブランディーヌよりもエミリアの言葉を信じている。それは揺ぎ無い事実だった。

伯爵家の家令や執事ですら、ブランディーヌの肩を持つので離縁の訴訟を起こしてみてはどうかと言う。カミーユが望んだ結婚である事からカミーユから離縁を申し出る事はまず考えられない。

――離縁はまだ出来ないわね――

心は冷えるがブランディーヌはせめてもと肩のショールをかけ直す。

「旦那様が大変なのはわかりますわ」
「そう言ってくれると助かるよ」

カミーユもエミリアが我儘だと言う事は判っている。
しかし、たった5歳で実の両親を失い、年の離れた兄と姉は半分しか血が繋がっていない。使用人達に助けてもらいながらであったとしてもカミーユの中には「父性」が強くあったのである。




滅多に会話をする時間はなくてもブランディーヌはカミーユに度々エミリアについては進言をしてきた。

20歳にもなるのにマナーは全くなっていない。
それまでもマナーの講師は何度も雇ったのだが、エミリアが泣きだしその度に講師を代え、遂に来てくれる者がいなくなってしまったとカミーユは申し訳なさそうに言った。

マナーのなっていないエミリアは、食事をする時に兎に角、食器とカトラリーの当たる音をさせる。それだけではなくクチャクチャと音をさせ乍ら食べる上に、口の中で咀嚼しながら話しをするので口から食べ物がよく落ちる。

配膳される皿の順番も最初からデザートを持ってこいと言ったり、嫌いなものは皿の端に寄せるのではなく別の皿を持って来させて移して寄せる。
好物が出た時は、席を立って「これがもっと食べたい」とカミーユやブランディーヌの皿の食材に指を突っ込んで強請る事もあった。

カミーユはそんな皿の食材でも平気で食べるがブランディーヌは無理だ。


ブランディーヌも叔父や叔母が孫が触れた物を食べるのは見た事があるが、それも乳幼児までである。5、6歳になれば食事中に席を立つなど余程の場合だし、他の人の皿に好物がまだあるからと強請ったりはしない。


「マナーもですが、嫁ぐ事を考えれば色々と講師をつけるべきです」
「可哀想な事を言わないでやってくれ。エミリアは小さい時から頑張るんだが講師が厳しくて泣き出してしまうんだよ」

「泣いたからしなくていいわけではないのですよ?困るのはエミリアさんなのです」
「君は厳しいな。でもエミリアは弱い子なんだ」

――頭がね――

言いかけた言葉をブランディーヌは飲み込んだ。
折を見て言い方も変えてみるが、結果は同じでエミリアに講師が付く事はない。

「わたくしが、教えましょうか?」

ブランディーヌは講師ではないが教えられることはある筈だと、カミーユに伝えてみたが、エミリアは先手を打っていた。

「お義姉様は執務で忙しいでしょうし、まだ…家族じゃない人に慣れてないの」

カミーユから聞いた時、ブランディーヌは本音を吐き出してしまった。

「一生慣れないでしょうね。シレリットさんや私の兄の家庭は別家族ですし」

カミーユはギョっとした表情になったが、直ぐにその顔は苦笑いになった。





カミーユの仕事は第二王子の専属護衛騎士。夜会はカミーユの日程に合わせて開かれるわけではないし、立場がある以上そこで失敗をするのは第二王子殿下の評価につながりかねない。

なのでブランディーヌは「夜会にはカミーユと自分で」と言ったがエミリアはごねる。
カミーユもエミリアに泣かれると泣く子と地頭には勝てぬと思っているのか、ただ甘いのか。「ならばいっしょに行こう」と宥めてしまう。

「なんでも泣けばいいとなれば本当に困るのは――」
「エミリアだと言いたいんだろう?でも可哀想じゃないか」
「ならばご自由に」

真面目に取り合うだけ無駄、他人だと思えば簡単だ。

カミーユ、エミリアと距離を置き、ブランディーヌは1人この先の事業に必要と思われる貴族の当主夫妻に声を掛ける。エミリアの事で「同情」され、夫人たちにはおおむね好評に受け入れられる事も知った。

――あら?あの兄妹にも使い道があったのね――

実家の兄から隣国の珍しい茶葉が届いた。
使用人達とテーブルを囲んで香りを楽しむ。

ブランディーヌは、それなりな自分の居場所の心地よさを茶と共に飲み込んだ。
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