あなたの愛は行き過ぎている

cyaru

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1:伯爵夫人は微笑む

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「コルネット伯爵夫人」


何度か呼ばれて、あぁ自分の事だとブランディーヌは声の主を振り返った。
声の主は人懐っこい表情を浮かべると近寄ってきて扇で口元を隠す。

「これはブラセア侯爵夫人、どうなさいましたの?」

涼しい顔で少し微笑みさえ浮かべて返答をすれば、一瞬ブラセア夫人の目が泳ぐ。

「どうもこうも…もう3曲目。いいの?」
「えぇ。勿論」

何が良いのかと言えば、ホールの中心で楽団の奏でる音楽に合わせてもう3曲目の途中までパートナーを代えずに踊っている2人の事だ。


一人はキャメル色の髪をフワフワと揺らし、ぷくりとした愛らしい唇を少し開けて、少し垂れた目元の奥は髪色と同じキャメル色の瞳に向かいの男性を余すところなく映している令嬢。
彼女はエミリア・コルネット伯爵令嬢。

そしてもう1人。エミリアのパートナーを続けているのはカミーユ・コルネット伯爵。つまりブランディーヌの夫である。


2人の関係は兄と異母妹。
カミーユと父も母も同じ妹が今、ブランディーヌの目の前にいるブラセア侯爵夫人シレリット。
勿論、嫁いだとは言えシレリットとエミリアは異母姉妹。




カミーユが13歳、シレリットが11歳の時に彼らの生母は亡くなった。後妻として嫁いだ女性との間に出来た子供がエミリアである。
その後、先代の伯爵は後妻の女性と共に出掛けた旅行先で船の事故にあい亡くなった。
その時、カミーユは19歳、シレリットは17歳、エミリアは5歳だった。

シレリットは執務が苦手な兄に代わり未成年ながら執務を行った。その過程で兄の執務に対する姿勢が及び腰なのは父譲りなのだと溜息をついた。

なんとか兄の助けをするシレリットに第二王子の専属護衛騎士だったカミーユは、第二王子の口添えもあって格上の侯爵家嫡男と実妹シレリットの婚姻まで結び付けた。シレリットが20歳で嫁いだ後はカミーユは使用人にも助けられながらエミリアを育てた。

しかし、伯爵家の当主ともなれば自身も結婚をしなければならない。
騎士だから脳筋という訳ではないが、カミーユはじっと執務机の上にある書類を片付けていくという執務が苦手だった。第二王子はまた骨を折って、ブロイ伯爵家の二女であるブランディーヌとの縁を取り持ったのだ。




父親の経営する商会で営業も経理も行っていたブランディーヌは才女とも呼ばれていたが、19歳の時、結婚間際で婚約者が野盗に襲われた。無残に破壊された馬車、数名の遺体は見つからないまま捜索は打ち切られた。不明者の中に婚約者も含まれていた。

婚約者は男爵家の四男で見た目は冴えない男だったが誠実で優しい婚約者だった。「マシューは生きているわ」そう言ってブランディーヌは持ち込まれる縁談も固辞していた。


月日が経ち、ブランディーヌは26歳となった。

「カミーユという騎士がいてね。30歳になるんだがまだ未婚なんだ」
「殿下、当商会は布製品、穀物は扱っておりますが人は扱っておりません」
「そう言う意味じゃないよ。経理も出来る夫人が良いんだが‥どう?」
「どう?と申されましても、人は雇っていますが売り物ではありませんので」

遠回しに縁談を持ち込んだのだと判っても、即で断る事も出来ず、かといって引き受ける事も出来ない。第二王子を顔を立てるという意味で会うだけは会う。それでこの話はなかった事になるはずだった。


「カミーユ・コルネットと申します」
「ブランディーヌ・ブロイですわ」
「すみません。私が何時まで経っても独り身なので殿下が無理を言ったのでしょう?」
「殿下の無茶振りは今に始まった事では御座いませんので、お気になさらず」


努めて感情を向ける事も、受ける事もしなかったブランディーヌだったが、カミーユは違った。若い時から剣を持ち、武に勤しんだからか。それとも両親が他界した時にまだ成人を迎えておらず、婚約者もいなかったからか。
カミーユは判りやすいほどブランディーヌに好意を向けて来た。

その日限りと思っていたのに毎日花が届く。カミーユがどうしても来られない遠征の時には花屋に配達を頼み、時にいつ調べたのか指にびったりのサイズの宝飾品とセットになったドレスも届いた。

日勤の時は帰路の途中で、夜勤の時は出仕の途中で必ずブロイ伯爵家か商会の事務所としている場に寄って、ケーキや季節の果物を届けていく。

「顔が見たかっただけだから。忙しいのにすまない」

1日たった5分、10分でも立ち寄っていく。時にブランディーヌが営業で留守の時は項垂れて帰って行ったと言われると情を持たないようにと思っていてもブランディーヌの気持ちは傾いていく。

そんな関係が1年続き、ついにブランディーヌも絆されてしまった。

マシューと思われる遺体が遂に見つかったのもあるかも知れない。
白骨化した遺体だったが、首の骨の周りにチェーンがあり指輪が通されていた。
重い荷を運ぶのに指輪が切れてはいけないとチェーンに指輪を通し首にかけていたマシュー。長い間見つからなかったうえに、野犬などにも荒らされずに見つかった事にブランディーヌは区切りなのだろうとマシューに別れを告げた。

カミーユ31歳、ブランディーヌ27歳。かなり貴族の中では晩婚だが1組の夫婦が生まれた。


結婚をしてからもカミーユのブランディーヌへの思いは変わらなかった。
同じ寝台で寝る時、カミーユは必ず腕枕をする。寝心地が悪くてどかしても、寝息を立てながら隣に横になったブランディーヌの頭の下にある枕を腕が滑ってくる。


コルネット伯爵家の使用人達も当てられるほどに仲は良く見えたが異質な部分もあった。

年齢的には子供は1日でも早く作った方がいい。
妊娠してその翌日に生まれる訳でもないのだ。

しかし、カミーユは初夜から避妊をした。

「エミリアが嫁ぐまでは、子供がいると色々と大変だから」

エミリアにはいくつかの縁談が持ち込まれるが、いつも破談になっていた。
エミリアは顔合わせすら拒む。

「お兄様はわたくしを追い出したいのね?!邪魔者なら邪魔者だと仰って!」
「そうじゃないよ。エミリアの事は大事に思っている」
「なら成人もしていないのに追い出されるような気分にさせないでくださいませ」

泣きわめくエミリアは結婚してからは敷地は同じだが、同じ建物ではなく離れに住まいを移した。その事も手伝って「自分は邪魔ものなのだわ」「厄介者だと思われてるんだわ」と卑下るのである。

そんな時、カミーユは宥めるために仕事で疲れて帰ってきてもエミリアのいる離れに行き、落ち着くまでは帰ってこない。実のところ、初夜もそれで流れている。

カミーユとブランディーヌが体も結ばれたのは結婚して2週間目だった。
そう、初夜からその日までカミーユはエミリアの離れで夜を過ごしブランディーヌは1人夫婦の寝所にある広く大きな寝台で眠ったのだ。



慣れとは恐ろしい。

結婚をして間もなく3年になる。
カミーユは34歳、ブランディーヌは30歳となった。エミリアは20歳。

カミーユとブランディーヌが夜を共にするのは月に数日あるかないか。騎士団には夜勤もあるから毎日ではないが、エミリアが月のもので痛み止めを飲んだ時は催眠効果もあるので、その日は帰ってくるが月のものが夜勤に当たっている時はその月、カミーユが本宅で眠る事はない。

夜会もカミーユの仕事を考慮した上で出席をするのだが2人だけとなるとエミリアが泣き出してしまうので3人で出席。しかも伯爵家から出る馬車は2台。行き帰りの馬車にブランディーヌは侍女と乗る。

だからブラセア侯爵夫人であり、カミーユの実妹であるシレリットに「いいの?」と聞かれても、もう何も思わなくなった。

むしろカミーユに「踊ろうか?」と誘われたら困惑する。
ブランディーヌは静かにシレリットに向かって微笑んだ。

シレリットも薄く微笑み返す。

シレリットが夫に名を呼ばれ、立ち去った後、もうブランディーヌの姿は会場になかった。
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