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第19話  白いか赤いか。大蛇は腕に。

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教会を出た後、カイネルは「仕事がある」とさらに国境を超えての隣国に向かった。
変態でも仕事はする王子はメレ・グレン王国の交易を拡大するために働くのである。

「気を付けて。湧き水でも沸騰させるのよ?」
「解ってるって。でも姉上‥‥こんな事、僕が言えた義理じゃないけど…姉上が国に帰れるよう僕、頑張るよ」
「あら?わたくし、国には帰りませんわよ?」
「そんな!この国に骨を埋めると言うのか?」
「さぁ?」
「さぁって!姉上っ!わかった。帰りたくないなら帰る家を無くしてやる!後で ”ない~!” って文句言うなよ?帰り難くなるように隣国に無駄に広い部屋も借りて押し付けてやるからな!」
「はいはい。カイ君。ほら、行かないと」


ミネルヴァーナはカイネルの背に回り、グイグイと押した。
カイネルは決してふざけてはいないし、意地悪で言っているのではない。素直になれない子だと思えば可愛いものだ。強がっているからこその物言いと判るからこそミネルヴァーナは泣きそうになってしまった。

むすっとしたままカイネルが馬車に乗り込むのを見届けて、動き出すと同時に背を向けたのだが…。


「いいの?ミーちゃん」
「うん。いいの」
「そうじゃなくて…王子様、持ってきた野菜から大根1本持って行ったんだけど」
「え‥‥」

ハッとして振り返り、動き出した馬車を見ると小窓から大根の葉っぱがユサユサと揺れていた。


「こらぁ!!カイ君!返しなさいっ!」

ミネルヴァーナ渾身の叫びに大根の葉は更に大きく揺れるだけ。

――くっ!やっぱり意地悪なんだから!!泣きそうになった気持ち返せ――

一瞬でも絆されてしまった事が悔しくてミネルヴァーナはドスドスとその場を踏みつけたのだった。


★~★

結婚式の夜は初夜である。
しかし、王宮ではなくベルセール公爵家の大広間を利用して開かれたお披露目の夜会にミネルヴァーナの姿はなかった。

賑わいを見せるお披露目会の会場ではシルヴァモンドの隣にエルレアがいて来客に笑顔で応える。その様子を見てモース侯爵家とも手を結んだのかと媚びを売る貴族もいるが、数人の貴族は当主に挨拶だけをして帰っていく。

たとえつい先日まで敵国であったとは言え、結婚式を挙げた当日に「我が家は認めていない」と王家に対しての抗議をしているようにも見えるし、国としての礼儀も疑われる。気分の良いものではない。

良くも悪くもベルセール公爵家の態度を広く周知する夜会となってしまった。


「そろそろ引きましょう」
「そうだな。モース夫人は迎えは来ているのか?」
「嫌だわ。名前で呼んでと頼んだのにもう忘れてしまったの?」


一度は好きだった女性。シルヴァモンドは腕に縋られ上目使いで甘える仕草のエルレアに思わず生唾を飲んでしまった。ヒクりと動く喉仏にエルレアの白く細い指が這うとくびれたウエストに回す手が汗ばんだ。

「流石に今日は‥‥勘弁してくれないか」
「今日だからいいんじゃなくって?」
「いや。ダメだ。神への冒涜にもなる」
「ふふっ。貴方ともあろう人が神をそこまで信じているのかしら?」


エルレアの処遇を母親から聞かされた日。結局エルレアはモース家には帰らなかった。
翌朝、目覚めたシルヴァモンドの隣で着衣に乱れはなかったものの隣で寝ていた事にシルヴァモンドは恐怖すら覚えて飛び起きてしまった。

翌日も眠る時は1人なのに朝、目が覚めれば隣でエルレアが寝息を立てている。
結婚式当日となる今朝もだった。

毎夜となれば何もなくても関係に疑いを持たれるのは時間の問題だった。


――これ以上、関りを持ってはいけない――

本能が「危険」だと訴えるのだ。
一度は思慕した相手だとしても一線を越えてしまえば地獄に落ちるようなもの。

母親の望みは自身の血が流れる者が玉座を手にする事。そしてシルヴァモンドの知るエルレアは何処にもいない。

清楚で何時も誰かを慮っていた聖女のようなエルレアは変わってしまった。他の男性に嫁ぎ妻となったからなのか。それとも子を産んで母となったからなのか。

エルレアもまた母親の公爵夫人と同じく自身の血が流れる子が玉座を手に入れる事を望んでいてシルヴァモンドはその踏み台にしか過ぎない。

ただの不貞の方がまだ可愛いもの。2人の女性は自分を使って国を手に入れようとしている。

男性よりも欲望でドロドロな部分を見せられている気がして過去の思いを汚された気分。縋りつく腕さえまるで大蛇が巻き付き締めあげている気がして気持ちが悪かった。


来客の対応をしながらその様子を視界に捉えたフェルディナンドは近くを歩いて来た給仕を呼び止めた。

「そのワイン。2つ貰えるかな」
「は、はい。どうぞ。白と赤が御座いますが…」
「1つづつ頂くよ。君も休憩に入れば飲むと良い。今日は祝いの日だからね」
「ありがとうございます!」

嬉しそうな給仕に笑顔を返したフェルディナンドはグラスを2つ手に持ち、ゆっくりと1人の来客に向かった。

「どうぞ。モース領産の赤、メレ・グレン産の白。どちらがお好みで?」

突然声を掛けられた客は、一瞬瞳孔が開いたが直ぐに微笑んで迷うことなく「白」を手に取った。それ以上の言葉を交わす事はなかったが、申し合わせたかのようにフェルディナンドと客は少し肌寒さも感じる風が吹くバルコニーに出た。

ジャーッ。

手摺にもたれかかるとフェルディナンドはグラスに入った赤ワインを庭に注ぎ、空になったグラスを軽く持ち上げた。

「乾杯」

白ワインを飲み干したのはとこに臥せっているとされている第1王子だった。
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