ブラックドラゴン

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第二章 獣人の国バネーゼ

第十二話 魔人の女

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 「十年も前の話です」

 キシムが重い口調で、昔話を語り出した。

 「当時の私は十五歳でした。住んでいたのはこの街『ナイタス』ではなく、狼族だけで集まりできた、小さな集落でした。そこにディーバの家族も住んでいて、私とディーバは同い年と言うこともあり、幼なじみとして一緒に育ちました。そして、その集落の近くにある洞窟に、隠れるように暮らす鳥族の家族がいて」
 そこまで言うと、彼はジジを見た。
 彼女は俯いて下を見ている。
 「大丈夫かい?」
 キシムが声をかけると、ジジは無言で頷いた。
 ーージジさんには、辛い過去なのかな。
 その様子を見て、ミリアはそう思った。

 キシムは話を続ける。
 「ジジの家族は、薬を作るのが上手でした。だが、その姿を人目に晒すのを嫌っており、その販売方法に困っていました。そこで私達の集落の代表が、彼らが作成した薬を獣人や人間相手に仲介することで、彼らに生計が立てられるように協力していました。その中に当時十歳だったジジがいて、比較的に歳が近かった私とディーバの後をついて回る様になり、自然と仲良くなっていったんです」
 彼の表情は、険しさを増す。
 「あの日、いつもの様に、私とディーバが森へ狩りに出掛けた時の事。私達の集落の方角目指して、多くの魔獣が押し寄せて来ているのが見えました。私とディーバはすぐさま集落に帰り、大人達に伝えました。男達は武器を手に取り、防衛する体制を整えていました。しかし」
 ジジの握る拳が震え始めた。
 俯きの姿勢を崩さない為、表情は分からない。
 だが彼女が醸し出す雰囲気に、ミリアは辛い思い出を引き出させてしまった事を後悔した。
 彼女には悪いと思うが、話に耳を傾ける。

 「歩速から考えて、集落に到着してもいい時間が過ぎました。だが魔獣は現れませんでした。そこでディーバの父親である『ライノス』さんは、その違和感に嫌な予感を覚え、ジジ達家族の元へ行こうとしました。そして、ディーバと私は同行しましました。ライノスさんには『危険かもしれないからダメだ』と反対されましたがね。それでも、無理矢理ついて行ったんです」
 キシムは視線を下に落とした。
 「それが、悪夢の始まりでした」
 彼は記憶を辿りながら、その時の光景を克明に語り出した。

 「いいかお前達。危ないと思ったら、直ぐに逃げるんだぞ」
 ライノスは、鳥族の親子が住む洞窟を目指しながら、無理矢理ついてきた息子と幼なじみのキシムに釘を刺した。
 彼は狼族の純血種。
 体が大きく、身体能力に優れている。
 人格も申し分なく、小さな集落だが代表を務める人物だ。

 「親父、オレはもう十五だぜ?魔獣だって、もう倒せるだろ。問題ねぇよ」
 「そうだよライノスさん。魔獣くらい何とでもなるよ」
 ディーバとキシムは、自信あり気に言い放つ。
 戦った事もないのに自信満々だ。
 そんな二人を見て、ライノスは頭を掻く。
 「倒した事もないから心配なんだ。侮るようなことはするなよ?油断したら死ぬんだからな」
 そんな父親の注意など意に返さない。
 「あぁ?オレが死ぬわけねぇだろ。強いんだからよ」
 「僕も大丈夫だよ。ディーバの次に強いからね」
 あくまで強気な二人に、ため息が溢れる。
 ーーまぁ、魔獣と戦う事が決まったわけじゃないしな。あの家族が襲われてなければいいが。
 ライノスは、洞窟に隠れ住む鳥族の家族を慮った。
 その家族が何故洞窟に隠れ住んでいるのか知っている彼は、魔獣の目的がそちらに向いているかもしれないと心配していた。

 「いいか?一つだけ約束だ。俺が逃げろと行ったら、従うんだぞ」
 「へいへい。わかったよ、親父」
 そう返事をしながら、ディーバは違う事を思っていた。
 ーー親父がヤバそうな時に、オレが助けてやるよ。そんで、オレの力を認めさせてやる。
 彼は、父親に認められたくて付いてきたのだ。
 「仕方ない、その時はそうします」
 それはキシムも同様で、手柄を立ててライノスに褒められたかったのだ。
 ーーディーバより、カッコイイ所を見せてやる。
 キシムも張り切っていた。

 ジジ達家族が住む洞窟が近くなると、魔獣の姿が見え始める。
 ーーやはり、狙いはこっちか!急がなければ!!
 ライノスの走る速度が一段階上がる。
 「お前達、もう帰れ!」
 確実に魔獣と戦う事になるだろうと考え、二人に指示を出した。
 だが、二人は従わない。
 「親父、心配すんな。行けんぜ!」
 「あぁ。問題ない!」
 「あぁ?さっき約束しただろう!?」
 「まだヤバくねぇだろ、なぁ?」
 「そうだよ、ライノスさん」
 危険だと説得したいが、そんな時間を割く暇はない。
 「仕方ない。ヤバかったら逃げる!あと自分の命は、自分でしっかり守るんだぞ!」
 そう言い残すと、さらに加速していった。
 ーーくそっ、オヤジの野郎速いな!
 その速度に二人はついて行けず、遅れをとった。
 「負けらんねぇな!」
 「あぁ!」
 それでも二人は後を追った。

 ライノスは魔獣達の群れに突入していく。
 だが、彼に魔獣達は襲って来ない。
 洞窟の方角を見つめ、大人しく佇んでいる。
 ーーなんだ?何故襲ってこない。まさかっ!?
 思い当たる節があり、嫌な予感が増していく。
 ーー主が来ているのか?そうだとしたら、まずい!
 そう思いながら、彼は急いだ。

 ーー凄い数だ!同じ犬型ばかり。従えてる奴が来てるな! 
 洞窟周囲には、夥しい数の魔獣が集まっていた。
 たが手前の魔獣達同様、動かずに一点を見つめている。
 ライノスは大きく跳躍し、魔獣達を飛び越えて中心地に辿り着いた。
 「なっ!?」
 ライノスが驚き目を見張る。

 輪の中心には、魔人の女が佇んでいた。
 黒いドレスを身に纏い、紫紺の瞳を此方に向けている。
 招かねざる客の動向を、伺っているようだった。
 彼女の長い髪は、途中から肉質感のある触手へ変化している。
 その触手に絡まり、ジジは空中に捕縛されていた。
 動く気配が無く、よく見たら背中の翼がもぎ取られて、大量に出血している。
 その血が滴る先に、彼女の両親が横たわっていた。
 首が、胴体から切り離された状態で。

 ライノスが惨劇を目の当たりにして絶句していた時、ディーバとキシムは追いついた。
 そしてライノス同様、その光景に二人は凍りついた。
 ディーバとキシムが恐怖に囚われ始めた時、ライノスは声を出さずに突撃した。
 本気を出したライノスの速さに、魔人の女は反応が遅れた。
 ライノスは手にした鉄棍で、魔人の触手を薙ぎ払う。
 狙いすました一撃は、ジジを絡めていた触手を引きちぎり、彼女を奪うことに成功する。

 だが、その行動に魔人の女は憤りを見せた。
 「何をするの?良い子だから、大人しく返しなさい。そうすれば、貴方達には何もしないから、ね?」
 「まだ、子供なんだぞ!」
 ライノスがそう言うと、彼女の表情が憎しみの感情で歪む。
 「その子は裏切り者の血を引いてる。子供だろうと、生かしておけないわ。私は忘れない!」
 魔人の女は触手を動かし、ジジを奪い返そうとする。
 ーーぐっ。この女、強いな!
 ライノスは鉄棍を使い凌ごうとするが、片手がジジで塞がり思うように戦えない。
 防戦一方で傷が増えていく中、ジジをディーバに託す事にした。
 「おいディーバ!この子を守れっ!」
 そう言い、触手の隙間をぬって彼女を放った。
 「させないわ!」
 魔人の女は触手を伸ばし、ジジを奪おうとした。
 「ディーバ!頼んだぞ!」
 だが、ライノスは鉄棍を使い壁となる。

 力無くグッタリとした様子で、空中を漂うジジ。
 着地点に素早く移動し、ディーバは受け取った。
 背中から溢れる血が、グチャッと音を立てて腕を濡らす。
 生暖かい感触が腕から伝わり、初めて恐怖を身近に感じた。
 ーークソ!ビビるんじゃねぇ!動けっ!
 恐怖にひりつく体に喝を入れ、ディーバは集落の方向へ体を向けた。
 「キシムっ!!」
 その呼びかけに、固まっていたキシムの時間も動き出す。
 「逃げんぞ!」
 「あぁ!」
 二人は一気に駆け出す。

 しかし、魔人の女が魔獣へ指示を出し、二人は危機を迎える。
 「あの二人、食べちゃっていいわよ」
 それまで微動だにしなかった魔獣達が、待ってましたと言わんばかりに、一斉に動き出す。
 狙いは逃げ出した二人に定められ、一気に押し寄せる。
 「キシム。絶対抜けんぞっ!」
 「あぁ!やってやるっ!」
 武器を手に、二人は応戦した。
 彼らの戦闘能力は、魔獣達の数的圧力を少しだけ上回った。
 「オラオラッ!道を開けやがれっ!!」
 特に純血であるディーバの力は凄まじく、片手ながら魔獣を打ち払って行く。
 取りこぼした魔獣は、キシムが片手剣で器用に捌く。
 二人の連携で確実に前に進んで行く中、二人は思った。
 ーー魔獣ぐらいなら全然いける!
 そんな余裕も束の間だった。

 魔獣達の雰囲気が突如変わる。
 「あぁ?どうした!かかって来ねぇのか!?」
 急に襲って来なくなった。
 彼らを囲むように輪を作り、ジッと見据えている。
 ーーなんだ?
 荒ぶる呼吸を吐きながら、二人は周囲を見回した。
 背を向けていた方向に、魔獣達が並んで作った花道が出来ている。
 そこをゆったりとした歩調で、魔人の女が歩を進めていた。

 「良い子だから、その子を渡してくれないかしら?」
 艶やかな体で軽く微笑む。
 しかしその笑顔は、冷たく狂気に満ちている。
 ーー何なんだ、この女。
 圧倒的な存在感に、二人は萎縮した。
 そんな雰囲気を察して、彼女は二人に諦めさせるためにある物を見せた。
 「邪魔をしないなら、貴方達に用は無いわ。命を吸い取るようなことは、したくないのよ。この獣人みたいに、ね?」
 彼女の背後から出て来た物に、目が釘付けになった。
 それは、魔人の触手に絡まれ、体が萎んだように細くなったライノスの姿だった。
 筋骨隆々だった体は見る影も無く、生気が感じられない。
 動かないことから察するに、もはや死んでいると思われた。

 キシムは恐怖に震えながら思った。
 ーー命を吸い取る?それじゃあ、ライノスさんは?ライノスさんは!?
 頭では理解していたが、信じたくは無く否定したかった。
 先程まで勇ましく戦う姿を見ていただけに、死んでしまった事が信じられなかった。
 悲しみの感情が襲ってくる前に、彼の視界をジジの体が覆った。
 咄嗟に受け取ると、ディーバは突進していた。

 「テメェ!親父を、離しやがれぇっ!」
 咆哮と共に武器を構え、高く跳躍した。
 敵わない相手と理解していても、ディーバの中では感情が弾けて自制が効かない状態だった。
 それほどまでに、父親の無残な姿が堪えたのだ。
 握りしめた棍棒を天高く振り上げ、最高到達点から一気に振り下ろす。
 まさに渾身の一撃だった。

 「ぐぅっ!」
 だがその攻撃は届くことはなかった。
 呆気なく触手に弾かれ、そして体ごと吹き飛ばされる。
 体勢を崩しながらも、なんとか受け身を取ったディーバに、魔人の女の脅威が迫る。
 「あらぁ、貴方のお父さんだったの?ごめんなさい、ね?もう死んじゃったわ。寂しくないように、すぐに同じようにしてあげる、ね!」
 言葉尻に艶やかな体を縮めたかと思ったら、爆発的な加速を繰り出して、吹き飛ばしたディーバを追撃する。

 近づく魔人の女に、ディーバは憎しみの感情をぶつけた。
 「ナメんじゃねぇ!ぶっ殺してやる!」
 理性が吹き飛び、殺意に支配されたディーバの力は跳ね上がった。
 普段の様子とは違い、限界を超えた戦闘力を見せて魔人の女に拮抗する。
 「親父を返しやがれぇっ!!」
 父親と同じように、棍棒で触手を引きちぎり、相手に迫ろうとする。
 何度も何度も引きちぎるが、触手はすぐに再生して、近づく事が出来ない。
 あと二メートル近づけば、父親に手が届くのに、それが出来ない。
 ーークソ!クソ!クソッ!!
 魔人の女に圧倒され、ジリジリと後退を余儀なくされていた。

 その頃キシムは、自身を囲う魔獣達をいなす事に集中していた。
 ディーバが抜けて凌ぐ事すら難しくなっていた。
 少しでも気を抜くと、命を落としかねない状況だ。
 「邪魔なんだよ!」
 ーーアイツの助太刀を、しないといけないんだよ!
 魔獣を斬り裂きながら、状況を変えるために策を考える。
 ーージジを見捨てれば。
 腕に抱く女の子は、翼がもがれた箇所から大量に出血している。
 連れ帰ったとしても、助かる見込みは少ないだろう。
 だが簡単には割り切れない。
 ーーライノスさんの最後の頼みだろ!見捨てられるわけがない!
 尊敬するライノスが、命と引き換えに救い出した子。
 その意味が重く、ジジは見捨てられない。
 ーーどうすればいい?どうしたらいいっ!?
 気は焦り、考えることも難しくなる。
 彼の体に刻まれていく傷が、時間と共に増えていった。

  「フフフッ」
 そんな状況を嘲笑うかの様に、魔人の女は不敵に笑う。
 「笑うんじゃねぇ!笑うんじゃねぇ!!」
 怒りで更に力強さが増すが、状況は良くならない。
 魔人の女が繰り出す触手の打撃は、疲労で素早さが落ちる棍棒を擦り抜けて来る。
 肉を打ち付ける鈍い音や、骨のひび割れる音がディーバの鼓膜を揺らす。
 ーー痛ぇ!だが、コイツは許さねぇ!
 その怒りだけが、彼を支え続けていた。
 「頑張るわ、ね?結果は変わらないのに。早く諦めてくれないかしら」
 魔人の女は退屈気に言い放った。

 その言葉に激昂したディーバは、守ることを辞めた。
 「冗談じゃねぇ!!」
 魔人の女を見据えて、彼は捨て身で突進した。
 その突進は自身の血しぶきが混じり、赤い炎の様に魔人の女に迫った。
 「くたばれやぁ!!」
 渾身の力を込めた一撃を、魔人の女の頭を狙い、打ち下ろした。

 だが、彼女は鼻で笑う。
 「残念、ね?」
 魔人の女の細い触手が何本も集まり、太くなった触手がカウンターの様にディーバの腹部を突く。
 グチッと鈍い音が響き、バキッと砕ける音が同時に鳴った。
 そして放物線を描いて、ディーバは吹き飛んだ。
 体を貫くことは無かったが、受ける衝撃は細い触手に比べて数倍に跳ね上がっていた。
 それは彼の意識を吹き飛ばすには充分過ぎる威力で、ディーバは受け身を取ることなく地に落ちた。

 ディーバの体は、キシムの元へ狙ったように吹き飛んで来た。
 ーーなんだ!?ディーバ?
 突如降ってきた物がディーバだとすぐに気付いた。
 彼はピクリとも動かず、口から血を流している。
 そんな姿を見て、絶望が心を覆っていく。
 払拭しようと、キシムは大声を上げた。
 「ディーバ!しっかりしろ!起きてくれ!」
 返事は返って来ない。
 「ディーバ!起きろ!ディーバ!!」
 その言葉は虚しく響いた。
 呼びかけても、反応がない事に絶望は膨らむ。
 諦めの気持ちが湧き、足に力が入らなくなる。
 そのまま彼は、ジジを抱えたまま座り込んだ。
 ーー終わった。
 打開策が無く、打ちひしがれるように項垂れる。
 最後は魔獣に食われて終わる。
 その姿を想像していたが、魔獣が襲って来ない。
 疑問が湧き、顔を上げ辺りを見回した。

 魔獣達は道を開けて整列している。
 その道を、ヒールの音をコツコツと響かせながら、魔人の女が近づいて来た。
 ーー自ら引導を下すのか。
 そう思った。

 だが、彼女は選択を与えた。
 「貴方は、どうするの?死にかけの子と、裏切り者は殺しちゃうけど。大人しく差し出すなら、命は吸わないであげる」
 その言葉に、キシムの心は大きく掻き乱された。
 ーー助かる?死にたくない。逃げ出したい。たが、ディーバが。ジジが。
 魔人の女が近づいて来る中、キシムは恐怖から逃れたい気持ちと、親友を見捨てる事ができない気持ちで揺れていた。
 どちらの感情が作用したのか判らないが、彼は自然と涙が溢れた。

 それを見て、魔人の女が諭すように言う。
 「鳥族以外はどうでもいいのよ。自分の命が大事なら、その二人を置いて去りなさい、ね?」
 まさに、悪魔の如き囁きだった。
 ーー置いていけ。どうせ二人は助からない。そうすれば自分は助かる。助かるんだ!
 追い詰められた思考で、その様に判断した。
 「わかっ」
 震える声で『わかった』と言いかけた時、ディーバのか細い呼吸が聞こえた。
 ーー生きてる。
 そう実感した時に、ディーバとの思い出が溢れ出す。
 一緒にメシを食い、一緒に笑い、一緒に泣いた日々。
 幼なじみで親友のディーバ。
 ーー見捨てない。裏切らない。死ぬ時は一緒だ!
 震える足を抑えて立ち上がり、ボロボロになった片手剣を魔人の女に向けて叫ぶ。
 「ふざけんな!コイツは死なさねぇ!オレが守る!」
 心の底から出した本音は、周囲に荒々しく響いた。
 そう叫んだものの、打開策があるわけでもない。
 彼はただ、一緒に死ぬ覚悟を宣言しただけなのだ。

 「そう。残念、ね?仲間を想うその気持ち。とても尊いわ、ね」
 魔人の女は冷たい微笑みを初めて崩した。
 キシムの仲間を想う気持ちに打たれ、表情に影を落としていた。
 だが、キシムの瞳をキッと見据えると、お別れを言った。
 「さよなら」
 触手が動く。
 貫ける様に先を細く尖らせ、自身に向かってくる。
 ーーここまでか。だが、これでいい。
 静かに目を閉じたキシムの顔は、血まみれになりながらも、達観した表情をしていた。
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