ブラックドラゴン

青香

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第二章 獣人の国バネーゼ

第三話 成長

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 朝食の後片付けが済むと、サリーは出かける用意をする為に自室へ向かう。
 ミリアとクロノは、特に用意する物もない。
 サリーの準備が整うまで、椅子へ腰掛け待機する事にした。
 クロノは部屋の中をキョロキョロと見回している。
 「何か探しているの?」
 尋ねたが、クロノは首を横に振った。
 そして視線をこちらに移すと、質問を一つ投げかけてきた。
 「なんでここは、暗くないの?」
 暗闇しか知らないクロノにとって、一番聞きたい事だった。
 なぜ明るいのか疑問だったのだ。

 あまり聞き慣れない質問に対して、どう答えたら良いか少し悩む。
 ーーなんて答えたらいいかな。
 考えを巡らしている内に、窓辺から差し込む朝日が目に入る。
 「クロノ、こっちにおいで」
 ミリアは席を立ち、クロノを窓辺に誘った。

 窓から外を見る。
 この家が高台に建てられているのが分かる。
 なぜなら眼下に広がる大きな街が、ここからよく見えからだ。
 先程サリーが言っていた街は、想像していたより大きい街だった。
 ーー綺麗な街並み。
 屋根が赤色に統一されている。
 ミリアは本来の目的を忘れて見惚れてしまった。

 「どうしたの?」
 声をかけられ、ハッとする。
 ーーいけない。私ったら。
 傍らにいるクロノに視線を落とす。
 クロノは急に動かなくなったミリアを見て、怪訝そうな顔をしている。
 「ごめんね。ほら、上を見て。あんまりジッと見たらダメだよ」
 そうやって太陽を指し示した。

 クロノは指の先にある光を、目を細めながら見た。
 「チカチカするね」
 眩しさに、シバシバと瞬きを繰り返す。
 「あの光があるから、明るいんだよ。それでね、夜になると、あの光は隠れちゃうの」
 「隠れちゃうの?」
 「そう。いっぱい輝いて頑張ったら疲れちゃうでしょう?だから、お休みさせてあげないとね」
 「そうだね!」
 クロノは楽しそうにする。
 そんな姿に微笑みながら、ミリアは説明を続けた。
 「太陽がお休みの間は、『夜』って言って暗くなっちゃうの」
 「そうなんだ」
 暗闇が怖いクロノは、残念そうに肩を落とす。
 「でもね、お休みが終わったら、また明るくしてくれるの。ずっと暗いままって事は、もう無いんだよ?誰もクロノの事を閉じ込めたりしないから、ね?」
 クロノのトラウマを和らげる為にも、そう言った。

 クロノは考える。
 そう簡単には払拭出来ることではない。
 長年積もり積もった感情なのだから当然だろう。
 だが、ミリアの言葉だ。
 自分を暗闇から救い出してくれた事を理解しているクロノは、彼女を無条件で信頼している。
 彼女が言うならそうなのだろう、と納得した。
 「わかった!」
 クロノは大きな声で返事をした。

 クロノが元気良く返事をした所で、サリーが部屋から出てきた。
 「あら?何のお話かしら~?」
 戯けるような仕草をしながら、クロノを捕まえようと近づく。
 「キャァ!」
 奇声を上げ楽しそうに逃げ回るクロノ。
 実に子供らしい行動だ。
 クロノは捕まると、そのままサリーの腕に抱かれた。
 「それじゃあ、行きましょうか」
 彼女に促されて、ミリアも外に出た。

 高台に吹く風がミリアの髪を撫でる。
 サリーの家は、小高い丘の上に建てられていた。
 見下ろす大きな街も、さほど遠くない。
 歩いて十分程だろうか。
 高台ということもあり、街を一望することができる。
 「いい眺めですねぇ」
 「そうだろう?この家を購入した理由の一つが、この景色さ」
 サリーは自慢げだ。
 これだけの眺望が拝めるなら納得だ。
 しかし、購入した理由が他にもありそうな言い分だ。
 それが少し引っ掛かかるが、今は綺麗な街並みを堪能した。

 クロノがサリーの顔を見て喋る。
 「何で全部、同じ色なの?」
 景観を作り出す赤い屋根の色。
 それらが何故統一されているのか、クロノは疑問を持っていた。
 「何でだろうねぇ?ずっと昔から、この色に決められているみたいだけど。分からないわ、ごめんね」
 他所から引っ越してきたサリーにもわからなかった。
 知っているのは、この街の歴史が何百年と古いこと。
 そして、昔から赤色で統一されている事。
 ーー今度、族長の誰かに会ったら聞いておいてあげよう。
 サリーは、そう思った。

 明確な答えが返って来ず、クロノはキョトンとする。
 しかし、固執することはなかった。
 視界に入る目新しい物が多かったからだ。
 色々な物に興味を持ち、質問は途切れる事はない。
 そのうち、自ら触れたくなったのか、サリーの元をスルスルと降りた。
 空の色や雲の事、草花や木々、建物などに触れながら聞いてくる。
 知りたいものが沢山あって、興奮しているのが良くわかった。

 その姿にミリアは思う。
 ーー何も知らないんだ。あの泉の中の記憶しかないのかな。あの場所で生まれたの?でもそれは考え難いかな。
 彼に記憶がない為、確かめようのない事柄。
 それでもなお、クロノの生い立ちが気になった。

 クロノは無邪気に草花を触っている。
 そして、思い出したかの様にミリアと手元に戻ってくる。
 純真無垢なその子の手を握り、横並びで一緒に歩いた。

 街に入ると、人の多さに圧倒される。
 露店の立ち並ぶ通りは、買い物客でごった返している。
 ミリアは人混みの凄さに気後れをしてしまう。
 ーーこんなにたくさん密集しているのは見た事ないわ。
 そんな彼女の後ろで、クロノはワンピースに掴まり密着する。
 「す、すごい人ですね」
 ミリアが街を見回しながら歩く様子を見て、サリーが説明する。
 「この街は、獣人の国でも一番大きい街でね。『ナイタス』って名の街で、この国の中枢なのさ。人間の国と貿易をする為にも、重要な街として発展してきたんだよ。だからここには、いろんな物資と人が集まるのさ」
 その言葉通り、辺りを見渡すと、見たことのない鉱石や、食料品、日用雑貨などがあちらこちらで売り買いされている。
 それらに携わる商人達の熱気が、この街の活気を作り出しているように見えた。
 「ほら、見えてきた。あの大きな建物が運び屋の仕事場なのさ」
 賑やかな街を歩く中、サリーが指差した。
 一際大きな木造の建物が見える。
 辺りは二階建ての建物が多い中、その建物は四階建てになっており、良く目立つ。
 近づくとその大きさがよくわかり、見上げる程だ。

 その建物についた木彫の大きなドアを開けて、サリーは二人を促し建物に入った。
 とても広い空間に、木枠の箱や、何かが目一杯詰められた麻袋などが、あちらこちらに山積みされている。
 広い空間の奥には、荷車を通すための大きな出入り口があった。
 その手前で男達が、荷車に積み込みを行い忙しそうに動いている。

 サリーは二人を連れて、積み込み作業をしている一人の男性に近づいて行く。
 「カリム。ディーバは、いるかい?」
 その声に反応して男性が振り向く。
 「あ、サリーさんどうも。アニキなら護送で出てますよ。今日は戻ってこないかもしれませんね。そちらの二人は?」
 ミリアの顔を見て思い出したのか、驚きの表情を見せる。
 「良かった、歩けるくらい元気になったんですね」
 「え?えぇ」
 自分の事を知っているみたいだが、会ったことがない。
 ーー誰だろう?知らない人だけど。
 困惑の表情をしていると、サリーが話し出す。
 「ミリアちゃんが魔獣に襲われた時に、この子も手助けしたんだよ」
 「そ、そうだったんですね!助けていただきありがとうございました。私ミリアと申します。この子はクロノです」
 紹介されたクロノは、ミリアの後ろに隠れながら小さくお辞儀する。
 「私はカリムと言います。この子も無事でよかった。あれだけ冷たかったから、助からないと思ってましたよ。本当に良かったですね」
 二人の無事を、彼は素直に喜んでいた。
 丁寧な話ぶりに、彼の礼儀正しさが見てとれる。

 彼はサリーに視線を移す。
 「それで?どうしてここに?サリーさんがここに来るの珍しいですね。というかアニキが来て欲しくないだけか」
 カリムは含み笑いしながら、そう言った。
 サリーはここで、ミリアを連れてきた理由を、初めて明らかにする。
 「ミリアちゃんなんだけど、ここで雇って欲しいの。ほら、ここ誰も掃除しないでしょう?男ばっかりだし。だから掃除係で、お仕事を紹介しようと思ってね」

 雇って貰うとはどういう事なんだろう、とミリアが思っている時、痛い所を突かれたとばかりに、頭を掻きながらカリムは苦笑いをした。
 「はは、確かに誰も掃除しないですからね。そうゆうことなら、二階にいる、『キシム』様にお話したらいいですよ。サリーさんの言うことなら、断ることもないでしょうし」
 「そう?なら、ちょっと二階上がるわね」
 「どうぞ」
 そうして、サリーは階段を目指してスタスタと歩いて行く。

 とりあえず付いていくしかなく、思考を巡らしながら後を追う。
 ーーお手伝いと話していたが、雇うとはどうゆうことなんだろう。
 そんな疑問を他所に、サリーは階段を上り始める。
 何も言わないサリー。
 ミリアも黙って階段を上った。

 慣れた様子で、一つの部屋を目指すサリー。
 軽くノックをすると、部屋に入って行く。
 部屋の中には、仕立ての良いスーツを纏い、落ち着いた雰囲気を持つ獣人の男性が、机に向かい書類作業をしていた。
 サリーと同じ狼族のようだが、人間に近い容姿をする半獣人だ。
 獣人のディーバに比べると、体の線が細くてスーツが似合っている。

 彼は部屋に入って来た人物を一瞥すると、驚いた様子で口を開いた。
 「これはサリーさん、ここに来るのは珍しいですね」
 珍しい訪問者に、仕事をする手を止めて三人を見る。
 「ディーバなら今日は護送に出てもらってますのでいませんが、そちらの方は?」
 サリーに問いかけ、ミリアとクロノに視線を移した。
 「キシムちゃん、紹介するわ。この子はミリアちゃん。それでこっちがクロノちゃん」
 それぞれに手の平を向けて、サリーが二人を紹介するのに合わせて、ミリアはお辞儀をした。

 それを受けて、彼は自己紹介をする。
 「初めまして。キシムと申します。この運び屋で、代表を務めています。お見知りおきを」
 とても丁寧な口調だ。
 代表を務めているだけ慣れているのだろう。
 彼は緑色の瞳を輝かせて、二人をじっくり眺める。
 「人間のお嬢さんとは珍しいですね。それで?どういったご用件ですか、サリーさん?」
 彼は視線をサリーに戻すと、用件を伺った。
 「ミリアちゃん達を雇って欲しいのさ。ほら、今クレスタとの国境周辺は、魔獣が沢山いて通れないんだろう?国に帰ることが出来ないし、帰るにも路銀がいるからね」
 突如訪ねて来て、急にそんなことを言っても、彼が困るだけじゃないかとミリアは心配した。
 だが、それは杞憂に終わる。

 キシムは了承の意味を込めて軽く頷く。
 「なるほど、わかりました。サリーさんの頼みなら、喜んでお受けします。しかし、力仕事は向いてなさそうですね?」
 ミリアが女性なのを見てとると、彼は疑問符を付けた。
 それにサリーの眉は吊り上がる。
 「女の子に、そんな事させる気かい?力仕事じゃなくて、お掃除係で雇ってちょうだい。ここの男連中は、片付けをしないから散らかって汚いんだ。少しは掃除しな!」
 サリーは右手の人差し指を向け、彼に説教をする様に言った。

 それを受け、キシムはバツが悪そうに頭を掻いて苦笑いをする。
 「それを言われたら言い返せませんね。わかりました、掃除係として雇いましょう。そうですね。お給金は、一日銀貨五枚でどうでしょう」
 「ん、まぁそんなもんだろう。それでいいかい?ミリアちゃん」
 急に話題を振られ、ミリアは戸惑う。
 この短時間で、よくわからない間に雇用契約が決まったようだ。
 有無を挟む余地もなく、ミリアは頷く事しか出来ない。

 冷静に考えると、サリーの言う通りだ。
 クレスタへ帰るにしても、お金が要る。
 そのお金を稼ぐには働くしかないが、伝手など何もない。
 彼女がそこまで考えていてくれたことに、ミリアは驚きと共に、感謝の念を抱いた。

 「じゃあ、決まりね!明日から働けると思うから、よろしく頼むね。あ、あとクロノちゃんも、たぶん一緒について来るから大目に見てやってね」
 「その子もついて来るんですか?まぁ掃除だからいいですが、ケガのないように注意してくださいね」
 サリーの圧力に、キシムは言いなりだった。
 小さい男の子が付いてくることに関しては、少し呆れ顔する。
 だが、あっさりと了承していた。

 「では、明日またここに来てください。色々準備しておきますので」
 ミリアは呆気に取られていた。
 突然こちらで働く事になったからだ。
 そんな立場なのに、挨拶をしていないことに気付く。
 ミリアは慌てて挨拶を口にした。
 「私、ミリア・グランデールと申します。雇って頂き、ありがとうございます。お掃除頑張ります」
 「ええ、明日からよろしくお願いしますね」
 ミリアの自己紹介を、にこやかな笑顔で受けると、彼は再び書類に視線を落とした。
 良く見ると、机の上には書類が何十枚も重なっている。
 代表というだけあって忙しそうだ。

 「では、また明日。失礼します」
 別れの挨拶をして、ミリアはお辞儀をした。
 ミリアの後ろに隠れていたクロノも、彼女の真似をして、小さくお辞儀をする。
 視界の端でそれを捉えたキシムは、クロノに軽く手を振って応えた。

 三人が出ていき部屋の扉が閉まると、彼は仕事の手を休めた。
 椅子に深く腰掛け、口元に手を当て、物思いにふける。
 記憶を辿っているのか、視線を俯き加減にする。
 そして、溜息を一つ溢した。
 「グランデール、か」
 意味深げに言葉を漏らすと、窓から空を見上げた。

 階段を降りながら、ミリアはお礼を言う。
 「サリーさん、ありがとうございました」
 「いいのよ、これからお金も必要になるだろうし。それにここの連中は、ホントに掃除なんかしないから、丁度いいのさ」
 サリーは手をヒラヒラ振りながら、朗らかに答える。
 しかしながら、この運び屋と言う組織において、サリーの発言権は強い。
 代表のキシムとなぜ対等に話せるのか、ミリアは疑問に思っていた。
 「キシムさんとは、どういった関係なんですか?」
 サリーは手振りを交えて応える。
 「あの子が、こんな小さい頃から知っててね。ディーバの幼なじみなのさ。この運び屋も、あの子と息子が始めた事業だからね。おばさんでも、多少の融通は効くのさ」
 含み笑いをしながら、少し悪い顔をする。

 なるほどと思うや、サリーの顔が可笑しくて笑いそうになる。
 しかし笑いを堪え、真面目にお礼を述べる。
 「ありがとうございました。明日から頑張って働きます」
 それを見ていたクロノも、サリーに宣言する。
 「クロノもがんばる」
 内容など分かっていないが、ミリアの真似をしたかった。
 その姿にサリーは恍惚の表情を見せる。
 「もぅ、クロノちゃんは可愛いわねぇ」
 そんな和やかな雰囲気のまま、運び屋を後にした。

 建物を出ると、サリーが問いかける。
 「ついでに、買い物をしてもいいかしら?」
 「もちろんです。何を買いに行くんですか?」
 ミリアは食材の買い足しだろうと思った。
 クロノがまだ幼いとはいえ、二人分増えたのだから、その分買い足さなければ足りない。
 「魚とか野菜との食材と」
 予想通りの答えに、ミリアは申し訳なく思っていると、その後の言葉に引っかかる。
 「あと、服も買わないといけないね」
 「服、ですか?」
 ミリアが疑問に思っていると、サリーは理由を述べた。
 「そう。ミリアちゃんの着てたローブは、背中を引き裂かれてて直しようがなくてね。新しいの買わないと」
 サリーが服の話題に触れた事で、今着ているワンピースが借り物だと思い出す。
 「この服、勝手に着てすみません!それに、この服を貸してくださるなら、新しい服を買っていただかなくても大丈夫ですから」
 早口で捲し立てるミリア。
 落ち着けるように、笑いながらサリーは口を開く。
 「それ私のサイズだからブカブカでしょ?ほら、胸元なんて緩々じゃない。急に脱げちゃっても困っちゃうわよ。良い年頃なんだから、小綺麗にしとかなきゃね」
 そう言われるが、自分のためにお金を使わせるのが申し訳ない。
 見栄えなど気にしなくてもいい。
 ミリアは食い下がった。
 「この服で大丈夫ですから。サリーさんにこれ以上負担をかけたくないんです。これだけ良くして下さってるだけでも、すごく感謝してるんです。だから」
 そう言いながら、涙がこみ上げてくる。
 自分に優しくしてくれるサリーの温かみに、言葉が詰まってしまう。
 ーーなんだろうね。この子は他人に良くして貰う事に慣れていないんだろうか。
 そう思ったサリーは、ミリアにそっと近づき頭を撫でる。
 「泣かないの。私がそうしたいんだから、ミリアちゃんは甘えたらいいのよ。みんな一人で生きてはいけないからね。『困った時は助け合い』だよ?」
 「でも」
 ミリアは他人に優しくされた記憶が極端に少ない。
 物心が付いて、すぐに軟禁状態に置かれたからだ。
 人の好意に触れる経験が乏しかったからこそ、自分には他人に良くしてもらうほどの価値がないと、思い込んでいた。
 だからこそ今回も過敏に反応をし、取り乱してしまう。

 彼女の頭を優しく撫でながら、サリーは諭す様にゆっくりと話す。
 「いつか私が困っていたら、その時助けてくれたらいい。私じゃなくて他の人でもいい。私が貴方にした様に、いつかできるようになってくれたら、私は嬉しいわ」
 自分の娘に生き方を教える様な言葉だった。
 ミリアは教会へ追いやられた時に、ずっと一人で生きて行かなければならないと思っていた。
 誰にも頼れず、頼られることもない孤独な生活。
 そんな人生を覚悟していたミリアにとって、サリーの言葉は救いの言葉になる。
 ーーそんな風に思っていいんだ。
 心の中で何かが弾けたように感じ、ポロポロと涙が頬をつたう。

 サリーは彼女をギュと抱きしめる。
 背中を摩ってあげると、彼女は肩を上下しながら大泣きする。
 彼女の泣き声に、クロノは心配そうに見つめる。
 「いたいの?」
 悲しそうな泣き声に、もらい泣きしてしまいそうだ。
 ミリアの服を小さい手で掴み、サリーに返答を求めている。
 「大丈夫だよ。ミリアちゃんは、痛くて泣いてるわけじゃないから。元気元気!」
 「そっか!」
 戯けるように喋ると、クロノの表情は晴れやかになり笑顔を見せた。

 その言葉を聞いてミリアも涙を拭った。
 これ以上心配させないように、クロノへと笑顔を見せる。
 「痛くないよ。大丈夫。心配かけちゃったね。ごめんごめん」
 瞳は涙で濡れていたが、クロノの頭を優しく撫でた。

 そして、今のやり取りは、露店が立ち並ぶ通りで行われていた。
 人の往来が激しいにしても、皆の注目を集めていた。
 ましてや見かけることの少ない人間の女性。
 その関心度は高かった。

 「何かしらねぇけどよ。これ食って元気出せ」
 「俺もよくわかんねぇけど、これ持っていきな」
 「あたしんとこの果物も美味しいよ。ホレ」

 露店主達が売り物を手に近づいてくる。
 あどけなさが残る少女が、悲しそうにポロポロと涙を流す姿に絆されていた。
 何とか元気付けたい。
 そんな気持ちで野菜や魚、果物などを手渡して来たのだ。
 「え?あ、あの。そんな」
 ミリアが戸惑うのも当然だろう。
 アタフタしていると、貰い物で両手が塞がる様になる。
 そうこうしている内に、いくつかの服を携えた女性が近づいてくる。
 「このサイズが合うだろうね。似合うと思うよ?ホラ!」
 話を聞いていた洋服を取り扱う露店主だった。
 彼女からは緑の葉っぱの刺繍が特徴的なワンピースなど、数点が贈られる始末。
 「え?い、いいのですか?」
 「サリーが居るって事は、ディーバの知り合いなんだろう?あの子には、お世話になってるからね。持って行き」
 「ありがとうございます」
 お礼を言いながら、ミリアは思った。
 ーーディーバさんのお陰なのね。
 ミリアが感じた事は間違いではない。
 サリーの姿を見て、ディーバの為にと行動した人は多かった。
 たがどちらにせよ、ミリアが感動していたのに変わりはない。

 あまりの混雑ぶりに、クロノは縮こまっていた。
 人が波の様に押し寄せてくるのが怖かったのだが、ミリアが嬉しそうに笑う姿に、怖がる必要がないと知る。
 そしてお祭りのような騒ぎに誘われ、次第に明るく楽しそうに笑った。

 両手で抱え切れないほどの量になると、お祭り騒ぎはひと段落を迎える。
 「こ、こんなにいいんですか?みなさん」
 そんなミリアに店主達は口々に言う。
 「困った時は助け合い、だろ?」
 ミリアは満面の笑みで応えた。
 ーー私も誰かが困っていたら、手を差し伸べよう。
 彼らのような素敵な人になりたい、そう思う瞬間だった。
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