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コト、と小さな物音がして、目が覚めた。
隣に竜次郎はいなくて、首を巡らせると、窓際で白んできている空を見上げながら、杯を傾けている。
「りゅうじろう……?」
呼んだ声は、だいぶ掠れていた。
「悪い、起こしちまったか」
「眠れないの……?」
そういえば、竜次郎が寝ているところは、皆無ではないとはいえあまり見ない。
「寝ちまうのがもったいないような気がしてな。お前は寝てていいんだぞ」
「竜次郎が起きてるなら俺も起きる……」
布団から這い出すと全裸だったので、手近にあった浴衣を羽織った。
未だ身体が揺れている気がして、よたよた歩いていくと、竜次郎が気遣わしげに眉を寄せる。
謝られるかと思ったが、竜次郎は何も言わなかった。
大丈夫かと問いかけたところで「平気」と言われるのは目に見えているし、気にするくらいならそもそも加減してすればいいわけで……という葛藤が伝わってくるようで、心の裡でひっそり笑う。
こんな風に、竜次郎の優しさが伝わってくる瞬間があって、そんな時、湊はいつも幸せな気持ちになる。
竜次郎の隣に座ると、「もっとこっち来い」と引き寄せられて、竜次郎の腕の中に収まった。
「飲むか?」
頷いて、差し出された盃を受け取ると酒が注がれる。
透き通った日本酒は、口をつけると昨夜金が飲んでいたものだとわかった。この辺りの地酒らしく、辛口だがすっきりとしていて飲みやすい。
『SILENT BLUE』のみんなにお土産に買っていけたらいいかな、などと思いながら飲み干すと、更に注がれた。
「お前は飲んでも全然顔に出ねえんだな」
「竜次郎は、あんまり飲まないんだね」
御家業柄、昨日のような席ではたくさん飲むのかと思っていたので少し意外だった。
「酒は嫌いじゃねえが、親父ほどの酒豪でもねえし、お前を超える娯楽にはならねえからなあ」
「お酒を超えるエンタメ……ハードル高いね……」
「お前は飲ませたらまたイタズラしてくれるのか?」
ニヤリと意地悪く口角を上げた竜次郎だが、そんなことを言うわりに昨夜は少ししかさせてくれなかった。
「竜次郎は、泥酔してたら大人しくイタズラさせてくれるのかな……」
「泥酔してたら勃たねー可能性あるだろ」
「頑張って既成事実を作るよ……!」
「なんだその謎の使命感」
笑いながらすいと盃を奪われ、手酌で注いだものを竜次郎が呷る。
同じ盃でのやり取りに、なんとなく思い出すものがあった。
「うーん……なんか……」
「なんだ?」
「これ結婚式っぽいね?」
「……バレたか」
既成事実を作られかけていたのは湊の方だったようだ。
最初からそのつもりで飲んでいたわけではないが、湊に盃をすすめたときにこっそり済ませておくことを思いついたと、竜次郎は明かした。
「竜次郎……俺と結婚してくれるの?」
「まさかお前は断るとかいう選択肢があるんじゃねえだろうな」
驚いて、ネガティブな言い方になってしまったからだろうか。表情を曇らせた竜次郎にブンブンと首を横に振る。
「イエス」と「嬉しい」と「お願いします」の一択しかない。
「まあ、ゆっても真似事だけどな。物理的にお互いを縛るもんじゃねえが……俺にとっちゃ盃は血よりも重いもんだ。お前も逃げるのは諦めて俺のもんになっちまえ」
「竜次郎……」
もう一度盃を呷った竜次郎が、「ほら」とそれを差し出す。
湊は震える手でそれを受け取った。
「おい、こぼすなよ」
「ごめ……、ちょっと、感動して」
大丈夫、と笑顔で返して、注がれたものにそっと唇をつける。
ふっと、五年前、家を出て行った朝を思い出した。
空虚で、悲しくて、惨めで。自分一人が不幸みたいな顔をしていただろう。
竜次郎は、そんな自己満足で逃げ出した湊を、赦してくれた。
それどころかこんなに未熟な人間と、ずっと一緒にいてくれると言ってくれる。
湊は自分のことはあまり信じられないが、竜次郎の言葉は信じられるから、その彼が好きだと言ってくれる自分のことは、信じられると、そう思った。
「不束者ですが、これからもよろしくお願いします」
頭を下げると、「おう」と竜次郎も律儀に合わせてくれる。
目が合って、どちらともなく破顔した。
「竜次郎、大好き」
逃げ出しても、そばにいない時も、湊は竜次郎のことが好きだ。
それはちゃんと伝えておきたい。
いつもはそんな気持ちが重いのではないかと遠慮してしまうが、今は自然とその言葉を伝えられた。
「………………………」
竜次郎はそれを聞くとピタリと動きを止めた。
「竜次郎……?」
そぐわぬことを言ってしまっただろうかと不安に思い問いかけた湊には答えず、ちらりと時計を一瞥し。
「……朝飯まで、もっかいするか」
「ええっ、でも、……………時間ある?」
気持ちの上では断るという選択肢はないが、タイムスケジュール的に大丈夫なのだろうか。
「どうせ奴らは朝まで飲んでて寝てるだろうから、俺らもそういうあれでいいだろ」
「い、いいのかな……ていうか竜次郎元気だね」
「疲れてたらお前は寝ててもいいぞ」
「新婚初夜(?)がまさかの睡姦……」
「おい睡姦とかいうな」
嫌そうな顔に笑ってしまった。
竜次郎といるといつも楽しい。
わかったらさっさとするぞと、羽織っただけの浴衣を剥ぎ取られて布団へと連れ戻される。
湊は愛される幸福に包まれながら、寝ちゃっても最後までしてね、と囁いて、愛しい男を抱き寄せた。
溺愛極道と逃げたがりのウサギ 終
隣に竜次郎はいなくて、首を巡らせると、窓際で白んできている空を見上げながら、杯を傾けている。
「りゅうじろう……?」
呼んだ声は、だいぶ掠れていた。
「悪い、起こしちまったか」
「眠れないの……?」
そういえば、竜次郎が寝ているところは、皆無ではないとはいえあまり見ない。
「寝ちまうのがもったいないような気がしてな。お前は寝てていいんだぞ」
「竜次郎が起きてるなら俺も起きる……」
布団から這い出すと全裸だったので、手近にあった浴衣を羽織った。
未だ身体が揺れている気がして、よたよた歩いていくと、竜次郎が気遣わしげに眉を寄せる。
謝られるかと思ったが、竜次郎は何も言わなかった。
大丈夫かと問いかけたところで「平気」と言われるのは目に見えているし、気にするくらいならそもそも加減してすればいいわけで……という葛藤が伝わってくるようで、心の裡でひっそり笑う。
こんな風に、竜次郎の優しさが伝わってくる瞬間があって、そんな時、湊はいつも幸せな気持ちになる。
竜次郎の隣に座ると、「もっとこっち来い」と引き寄せられて、竜次郎の腕の中に収まった。
「飲むか?」
頷いて、差し出された盃を受け取ると酒が注がれる。
透き通った日本酒は、口をつけると昨夜金が飲んでいたものだとわかった。この辺りの地酒らしく、辛口だがすっきりとしていて飲みやすい。
『SILENT BLUE』のみんなにお土産に買っていけたらいいかな、などと思いながら飲み干すと、更に注がれた。
「お前は飲んでも全然顔に出ねえんだな」
「竜次郎は、あんまり飲まないんだね」
御家業柄、昨日のような席ではたくさん飲むのかと思っていたので少し意外だった。
「酒は嫌いじゃねえが、親父ほどの酒豪でもねえし、お前を超える娯楽にはならねえからなあ」
「お酒を超えるエンタメ……ハードル高いね……」
「お前は飲ませたらまたイタズラしてくれるのか?」
ニヤリと意地悪く口角を上げた竜次郎だが、そんなことを言うわりに昨夜は少ししかさせてくれなかった。
「竜次郎は、泥酔してたら大人しくイタズラさせてくれるのかな……」
「泥酔してたら勃たねー可能性あるだろ」
「頑張って既成事実を作るよ……!」
「なんだその謎の使命感」
笑いながらすいと盃を奪われ、手酌で注いだものを竜次郎が呷る。
同じ盃でのやり取りに、なんとなく思い出すものがあった。
「うーん……なんか……」
「なんだ?」
「これ結婚式っぽいね?」
「……バレたか」
既成事実を作られかけていたのは湊の方だったようだ。
最初からそのつもりで飲んでいたわけではないが、湊に盃をすすめたときにこっそり済ませておくことを思いついたと、竜次郎は明かした。
「竜次郎……俺と結婚してくれるの?」
「まさかお前は断るとかいう選択肢があるんじゃねえだろうな」
驚いて、ネガティブな言い方になってしまったからだろうか。表情を曇らせた竜次郎にブンブンと首を横に振る。
「イエス」と「嬉しい」と「お願いします」の一択しかない。
「まあ、ゆっても真似事だけどな。物理的にお互いを縛るもんじゃねえが……俺にとっちゃ盃は血よりも重いもんだ。お前も逃げるのは諦めて俺のもんになっちまえ」
「竜次郎……」
もう一度盃を呷った竜次郎が、「ほら」とそれを差し出す。
湊は震える手でそれを受け取った。
「おい、こぼすなよ」
「ごめ……、ちょっと、感動して」
大丈夫、と笑顔で返して、注がれたものにそっと唇をつける。
ふっと、五年前、家を出て行った朝を思い出した。
空虚で、悲しくて、惨めで。自分一人が不幸みたいな顔をしていただろう。
竜次郎は、そんな自己満足で逃げ出した湊を、赦してくれた。
それどころかこんなに未熟な人間と、ずっと一緒にいてくれると言ってくれる。
湊は自分のことはあまり信じられないが、竜次郎の言葉は信じられるから、その彼が好きだと言ってくれる自分のことは、信じられると、そう思った。
「不束者ですが、これからもよろしくお願いします」
頭を下げると、「おう」と竜次郎も律儀に合わせてくれる。
目が合って、どちらともなく破顔した。
「竜次郎、大好き」
逃げ出しても、そばにいない時も、湊は竜次郎のことが好きだ。
それはちゃんと伝えておきたい。
いつもはそんな気持ちが重いのではないかと遠慮してしまうが、今は自然とその言葉を伝えられた。
「………………………」
竜次郎はそれを聞くとピタリと動きを止めた。
「竜次郎……?」
そぐわぬことを言ってしまっただろうかと不安に思い問いかけた湊には答えず、ちらりと時計を一瞥し。
「……朝飯まで、もっかいするか」
「ええっ、でも、……………時間ある?」
気持ちの上では断るという選択肢はないが、タイムスケジュール的に大丈夫なのだろうか。
「どうせ奴らは朝まで飲んでて寝てるだろうから、俺らもそういうあれでいいだろ」
「い、いいのかな……ていうか竜次郎元気だね」
「疲れてたらお前は寝ててもいいぞ」
「新婚初夜(?)がまさかの睡姦……」
「おい睡姦とかいうな」
嫌そうな顔に笑ってしまった。
竜次郎といるといつも楽しい。
わかったらさっさとするぞと、羽織っただけの浴衣を剥ぎ取られて布団へと連れ戻される。
湊は愛される幸福に包まれながら、寝ちゃっても最後までしてね、と囁いて、愛しい男を抱き寄せた。
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