110 / 168
110
しおりを挟む湊は、五年間住んでいた部屋を引き払い、松平家に引っ越すことを決めた。
既に、『SILENT BLUE』での仕事が終わると迎えが来て、翌日仕事の直前に送ってもらうような生活だったため、荷物が移動するくらいであまり変わらないのだが、自分の退路を断っておこうと思ったのである。
竜次郎に話すと、喜んでくれたのでほっとした。何度か誘われていたが中々いい返事をできずにいたため、今更と言われてしまったらどうしようかと思っていたから。
オーナーは特に何も聞かずに、いらないものは全部置いて行ってくれていいからと、相変わらず男前なことを言ってくれる。
五年間住んでいたが、湊が自分の意思で購入したものはかなり少ない。
ほとんどの物は置いていくことになるだろう。自分が出て行った後は、誰か他のスタッフが使ってくれたら嬉しいかもしれない。
仕事の合間に桃悟と望月に話すと、同じビルに住むご近所同士として、転居を惜しんでくれた。
「そうか……いよいよ嫁に行ってしまうのか……」
職場では会話をするが、休日に互いの部屋を訪れ合ったりはしていなかったので、特に今までと変わらないはずだが、よよよ、と泣き真似をする望月に苦笑する。
「別にお店を辞めるわけではないですけど。ただ、最近ほとんど使っていないので、部屋を借りっぱなしなのが申し訳なくて」
「別荘にしといても月華は気にしないと思うけど」
「今更とはいえ明らかに適正ではない価格で借りてますし……」
「……あの守銭奴はもっと金をとれる相手に貸せた方が喜ぶだろうな」
桃悟の冷静な一言に、三浦の仏頂面を思い浮かべながら、三人でそれはそうだろうと頷く。
……自分が出て行った後を違うスタッフに使ってもらうというのは、難しいかもしれない。
「あいつにいじめられたらすぐ戻ってきていいんだぞ。うちにもいつでも泊まってくれていいから」
「あ、ありがとうございます」
やはり兄がいたらこういう感じだろうか。望月の言葉はいつも温かい。
……竜次郎のことは、少し誤解している気がするが。
長崎との一件で、桃悟と望月にはたくさん心配をかけてしまった。
返すのであれば、やはり仕事を頑張るのが一番だろう。
とはいえこちらも勤務日数を少し減らしてもらうことになりそうで少し心苦しい。
毎日送迎に人を割いてもらうのが申し訳ないのと、あとはやはり竜次郎が喜ばないことはあまりしたくないから。
それも既にオーナー達に話は通してある。
今までずっと停滞していたものが少しずつ変わっていくことが、不安でもあり、だが楽しみでもあった。
松平の屋敷に住むメリットとして、実家が近いというのもある。
あの後北街は姿を消したらしいが、だからといって絶対安全という保証はないし、湊も今後はもう少し親孝行をしたい。
竜次郎とのことも、反応を見ながらではあるが少しずつ話せていけたらいいと思っていた。
「……で、やっぱりこいつも一緒なのかよ」
竜次郎は相変わらず湊の相棒に複雑な感情を抱いているようだ。
竜次郎に手伝ってもらって、目下引越しの作業中。
何も代貸自ら、と他の組員も手伝ってくれようとしたのだが、何故か竜次郎が「お前らは湊の部屋に入るな」と怒ったので、代貸様お一人に部屋に来てもらっている。
実際、事前にまとめておいた段ボールを数箱運び出す程度のことなので、何なら湊一人でもできないことはない量だ。
その段ボールの上に置いておいた相棒のウサギを見て、竜次郎は眉を顰めている。
もちろん、持っていかないという選択肢はなかったが、どこに置くかという問題はあった。
オーナーが用意してくれたこの部屋では、持ち主が成人男性であるということ以外それほど違和感はなかったが、純和室にこのぬいぐるみは少しミスマッチな気もする。
「和室の隅に置いとくとちょっとホラー感あるよね」
「そうまで思ってて持って行くな」
「俺、この子を置いては出ていかないから、人質になるよ?」
「そこは、俺がいるから出ていかないとかじゃねえのかよ……」
嫌そうにぬいぐるみを掴んだままがっくりと項垂れた竜次郎が可笑しくて、つい笑ってしまう。
すると「何笑ってんだよ」と目つきを悪くした竜次郎が、ぬいぐるみを置いたかと思うと、唐突に湊を背後のベッドに押し倒した。
「あっ、竜次郎、ダメだよ、下でマサさんとヒロさんが待ってるんだから……」
良からぬ気配を感じて慌てて押し返すが、抵抗を面白がるように体重をかけられて、なんともならない。
熱い手にぞろりと脇腹を撫であげられると、性感を覚えて息が乱れた。
「りゅ、竜次郎……!」
「そういうのは、待たせときゃいいんだよ。荷物詰めてんだ。時間かかるに決まってんだろ」
「そんな……、あっ!や、……っん」
硬くなったものを押し付けられて、びくっと驚いて開いた口を塞がれる。
少し荒っぽく差し入れられた舌に口の中を蹂躙されると、湊は力が抜けて竜次郎のことしか考えられなくなってしまう。それを、竜次郎はよく知っているのだ。
「ふぁ……、っ、りゅう、じろ……、あ、だめ、」
唇が解放された隙にまだ微かに残る理性で、ささやかな抵抗を試みるが、竜次郎は意にも介さない。
「この部屋はあいつのテリトリーっぽくて落ちつかねえが、ベッドがあるのはいいな。風呂広くするのと合わせて洋室も作るか」
やけに楽しげにそんなことを言いながらも、湊の服を手際よく取り去っていく。
「湊、お前も、色々できたほうが嬉しいだろ?」
「わ……かんな……っ、竜次郎が、いてくれれば、俺……」
生理的な涙で滲んだ視界で見上げると、密着した体がぐっと強張った。
「ったく、お前は」
「な……に……?」
「俺に火ぃつける天才だな」
「え……?っあ、や、っああっ……」
言葉の意味を考える隙も与えず、開かされた足の間に竜次郎が顔を寄せて、既に反応しているものをくわえられる。
……後はもう、推して知るべし、である。
結局、竜次郎が全て荷物を持ち出し、最後にぐったりした湊も運び出されたのだった。
余談だが、どうにも竜次郎と相性が悪いようなので、ウサギは結局実家に預けることになった。(預けると言ってもぬいぐるみなので世話が必要なわけではないが……)
湊には今竜次郎がいてくれるが、母は一人だ。
一人で寂しい時にそばにいてくれた相棒が、今度は母を守ってくれたらいいと思う。
2
お気に入りに追加
795
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
渇望の檻
凪玖海くみ
BL
カフェの店員として静かに働いていた早坂優希の前に、かつての先輩兼友人だった五十嵐零が突然現れる。
しかし、彼は優希を「今度こそ失いたくない」と告げ、強引に自宅に連れ去り監禁してしまう。
支配される日々の中で、優希は必死に逃げ出そうとするが、いつしか零の孤独に触れ、彼への感情が少しずつ変わり始める。
一方、優希を探し出そうとする探偵の夏目は、救いと恋心の間で揺れながら、彼を取り戻そうと奔走する。
外の世界への自由か、孤独を分かち合う愛か――。
ふたつの好意に触れた優希が最後に選ぶのは……?
スパダリヤクザ(α)とママになり溺愛されたオレ(Ω)
紗くら
BL
借金で首が回らなくなったあずさ(Ω)
督促に来たヤクザ(α)に拾われ、子育てを命じられる。
波瀾万丈の幕開けから溺愛される日々へ
αの彼、龍臣が不在時にヒートを起こしたあずさは、
彼の父親の提案でΩ専門の産科医院へと入院した。
そこで、のちに親友になる不育症のΩの男の子と出会いΩの妊娠について考えるようになる。
龍臣の子に弟か妹を作ってあげたいあずさは医院でイヤイヤながら検査を受け
入院から3日後、迎えに来た龍臣に赤ちゃんが欲しいとおねだりをし
龍臣はあずさの願いを聞き、あずさを番にし子作りを始めた
あずさは無事、赤ちゃんを授かり幸せを噛みしめ、龍臣の子にお腹を触らせてほのぼのとした日常を送る
そんなストーリーです♡
Ωの性質?ほか独自設定なのでもし設定に違和感を覚える方がいたらごめんなさい
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
【第1部完結】佐藤は汐見と〜7年越しの片想い拗らせリーマンラブ〜
有島
BL
◆社会人+ドシリアス+ヒューマンドラマなアラサー社会人同士のリアル現代ドラマ風BL(MensLove)
甘いハーフのような顔で社内1のナンバーワン営業の美形、佐藤甘冶(さとうかんじ/31)と、純国産和風塩顔の開発部に所属する汐見潮(しおみうしお/33)は同じ会社の異なる部署に在籍している。
ある時をきっかけに【佐藤=砂糖】と【汐見=塩】のコンビ名を頂き、仲の良い同僚として、親友として交流しているが、社内一の独身美形モテ男・佐藤は汐見に長く片想いをしていた。
しかし、その汐見が一昨年、結婚してしまう。
佐藤は断ち切れない想いを胸に秘めたまま、ただの同僚として汐見と一緒にいられる道を選んだが、その矢先、汐見の妻に絡んだとある事件が起きて……
※諸々は『表紙+注意書き』をご覧ください<(_ _)>
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる