94 / 168
94
しおりを挟む中尾が入って行ったのは、店ではなくスタッフオンリーの札の下がったドアだった。
店ならば客に扮して接近することもできるが、ここに入って行っては飛んで火にいるなんとやらだろう。
ここは戻るのが得策だと、踵を返しかけた時。
「おいお前」
声をかけられ、驚いて手に持ったままだったスマホを落とした。
中尾と一緒に部屋の中に入ったと思っていた仲間らしき男の一人が、退路を塞ぐようにして後ろに立っている。
「ここで何してる」
「すみません、トイレに行こうとして間違えたみたいです」
「そのスマホで誰に何を報告しようとしてた?」
「これは、」
手に持ったまま歩いていただけだと言っても信じてもらえそうもない。
逃げられないかと男の背後に視線を走らせたのを気取られて、腕を掴まれて後ろ手に捻られた。
「っ………」
「来い」
観念して、従うしかなかった。
連行されてきた湊を見て、中尾は眉を寄せた。
「てめえ……、」
「こいつ、俺たちを尾けてやがった」
湊にここにいる男達をどうにかする力などないことは一目瞭然なのだろう。拘束もせずに部屋の中央に放られて、痛む肩をさすりながら恐々と周囲を窺った。
高級な調度で統一された部屋だ。地下でもないのに窓はなく、入口から見て左右に扉がついているのが見える。
関係者用なのだろうか。ではここは中尾のシマなのか?
応接用らしきソファに中尾が座り、他にはスーツの男が二人、中尾の仲間らしき男が二人。
「そいつは、あれか、竜次郎の女とかいうガキか」
そしてもう一人、中尾の対面に座る男が、嘲りを含んだ口調と眼差しをこちらに向けた。
掠れて、ドスの効いた声だ。
男の年齢は、五十代くらいだろうか。黒いスーツに開襟のシャツ。胸元には太いゴールドのチェーンが光る。短く刈りそろえた髪には白いものが混じり、背は高くないががっしりとした体格だ。加齢による緩みは見受けられず、眼光も鋭い。
湊のことは既にデータとして流れているのだろうが、向けられた感情に何故か憎しみのようなものを感じて、まったくの初対面だというのに、違和感を覚えた。
年齢的にも雰囲気的にも、この人物が、オルカのメンバーだとは考えにくい。
…と、なると、例の中国の組織の人間なのか。
言葉遣いといい、日本人のように見えるので確信は持てないが、その可能性は高そうだ。
「何のつもりでこんなことをした?自分の男の旗色が悪いから鞍替えしようって算段か?」
質問しているようでいて、こちらの答えがどうでもいいことが透けて見えている。
どちらでも同じかもしれないが、黙っているよりは何か言ったほうがいいような気がして、口を開いた。
「たまたま……このビルの店に知り合いと飲みに来て、トイレを探してたらあそこに出てしまっただけです」
「たまたま、ここに?それはまた、奇遇だな」
下らない言い訳だと肩をすくめて揶揄されたが、居合わせたのは本当に偶然だ。
立ち上がり、近寄ってきた男にぐっと顎を掴まれた。
憎しみを宿した鋭い双眸が、湊の瞳を至近距離で覗き込む。
「まあ、どんなつもりかはどうでもいい。お前は奴らを苦しめるのに使えそうだ。高級クラブで男娼をやってるらしいな。俺には何がいいのかわからんが、需要があるってんなら金にもなるだろう。ことが済んだらもっと金を持ってる変態に売り飛ばしてやるよ」
別室で拘束しておけと男が指示を出すと、それまで険しい表情で黙っていた中尾が口を開いた。
「長崎さん、ここは俺のシマでもねえし、こいつも今は他の奴のツレだって言ってる。いきなりいなくなったら面倒なことになるんじゃねえか」
長崎、と呼ばれた男は、中尾に鋭い視線を走らせ、「なるほど?」と含みのある声で応じた。
経緯を見守っていると、男は芝居がかった溜息をついて、
「お前の言うことも一理あるな。おい、解放してやれ」
唐突にそんなことを言い出す。
え?と疑問符を浮かべている間に、湊は腕を引っ張られて部屋の外へと放り出された。
1
お気に入りに追加
795
あなたにおすすめの小説
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
渇望の檻
凪玖海くみ
BL
カフェの店員として静かに働いていた早坂優希の前に、かつての先輩兼友人だった五十嵐零が突然現れる。
しかし、彼は優希を「今度こそ失いたくない」と告げ、強引に自宅に連れ去り監禁してしまう。
支配される日々の中で、優希は必死に逃げ出そうとするが、いつしか零の孤独に触れ、彼への感情が少しずつ変わり始める。
一方、優希を探し出そうとする探偵の夏目は、救いと恋心の間で揺れながら、彼を取り戻そうと奔走する。
外の世界への自由か、孤独を分かち合う愛か――。
ふたつの好意に触れた優希が最後に選ぶのは……?
スパダリヤクザ(α)とママになり溺愛されたオレ(Ω)
紗くら
BL
借金で首が回らなくなったあずさ(Ω)
督促に来たヤクザ(α)に拾われ、子育てを命じられる。
波瀾万丈の幕開けから溺愛される日々へ
αの彼、龍臣が不在時にヒートを起こしたあずさは、
彼の父親の提案でΩ専門の産科医院へと入院した。
そこで、のちに親友になる不育症のΩの男の子と出会いΩの妊娠について考えるようになる。
龍臣の子に弟か妹を作ってあげたいあずさは医院でイヤイヤながら検査を受け
入院から3日後、迎えに来た龍臣に赤ちゃんが欲しいとおねだりをし
龍臣はあずさの願いを聞き、あずさを番にし子作りを始めた
あずさは無事、赤ちゃんを授かり幸せを噛みしめ、龍臣の子にお腹を触らせてほのぼのとした日常を送る
そんなストーリーです♡
Ωの性質?ほか独自設定なのでもし設定に違和感を覚える方がいたらごめんなさい
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる