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しおりを挟む「綺麗になったね。驚いたよ」
北街は湊を見つめ、女性の機嫌でもとるようにそう囁いた。
こんな異常な状況で、普通に話しかけてくるのがまた恐ろしく、口を塞がれているので返事をしなくていいのが少しだけありがたかった。
厳重に蓋をした恐怖を強引にこじ開けられたようなものなのに恐慌をきたさずにいられるのは、やはり何度か危ない目に遭ったからだろうか。
竜次郎のことと同じで、過去に向き合う時が来たと受け止めるべきなのかもしれない。
湊が大人しくしていることに満足したのか、北街は突然立ち上がり、キッチンの方へ歩いて行った。
粘つく視線から解放されたことに少しだけほっとして、自分はどれくらい意識を失っていたのだろうと考える。
カーテンの隙間から差し込む光はまだ明るいので、それほど時間はたっていないのかもしれない。
あまり遅ければ、自分と母が没交渉なことを知っている竜次郎は訝しむだろうが、それでもすぐに動くかどうかはわからない。
竜次郎は最終的には助けてもらえるかもしれないという保証だ。
出来れば自力で母を逃がして自分も逃げ出して通報、という流れに持っていきたい。
戻ってきた北街の手にはハサミがあり、流石に何をされるのかと身を強張らせた。
ガタン、と椅子が鳴って、そちらを見る。
「もうやめて、湊に酷いことをしないで」
「(母さん……)」
椅子の足に拘束されている母の取り乱した様子に胸が痛んだ。
『SHAKE THE FAKE』を襲撃されたとき、八重崎が落ち着いていたから、湊はとても心強かった。
少しでも安心させたくて、自分は大丈夫だと目配せをする。
薄暗いので伝わるかどうかはわからないが、冷静であることがわかればそれでいい。
「もうお前は必要ないが、また湊を隠すかもしれないから、そこで大人しくしてろ」
母に怒鳴った北街は、湊の方に向き直るとシャツにハサミを入れた。
「っ………」
刃物の冷たさにひくりと体が震える。
服を切り裂かれ、下半身を露出させられて、自力の脱出はかなりやりにくくなってしまった。
こんなことをされるということは、やはりあの時の続きをするつもりなのだ。
「上の方は、湊がもっと素直になったら可愛がってあげるから」
抵抗や逃走を警戒しているようで、手足の拘束は解かないままフローリングにうつぶせにさせられる。
後ろから硬くなったものを尻にこすりつけられて、まだ布地越しではあったが怖気が走って吐き気がした。
こんなおぞましいこと、耐えられそうもない。
「んん……ッ」
北街の手から逃れようとしたのは、反射的な行動だった。
体全体で振り払い、距離を取ろうと這い上がるも、
バシッという音と脳が揺れたのは同時だった。
「っ………」
頬が熱い。
「逃げるなんて、どうしてお前はそんなに悪い子なんだ」
狂気を孕んだ眼光が湊を見据える。
暴力を振るわれ、一瞬湊の中に深く根を下ろした恐怖に気持ちが折れそうになった時、切り裂かれた衣類の中でスマホが震え始めた。
北街はそれを無視して、手荒く湊を引きずり戻す。
だがしつこく震えているのが気になったのか、音の発信源へと手を伸ばした。
着信は、十中八九竜次郎だろう。
今この瞬間だけでも時間稼ぎができるのは有難いが、男からのしつこい着信に北街が逆上する可能性がある。
どう転ぶか、と冷や汗がにじんだ時、今度は家のインターフォンが鳴った。
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