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しおりを挟むフロアを煌々と照らす照明。上質なカーペットの敷かれた無人のフロアには、スロットマシーンやルーレット、バカラの台などが並んでいる。
今はまだ勝負の熱気に満ちてはいないそこを、二人の男が歩いていた。
「不機嫌そうな顔だなあ。折角オーダー通りの賭場を作ってあげたのに」
「お前の呼び出しは唐突なんだよ」
「松平組は昼間は比較的暇でしょ。それとも中断されたら不機嫌になるような何かをしてたのかな?」
振り返り、にやにやとからかってくるその小綺麗なツラに拳を叩き込めたらどれほどすっきりするだろう。
黒神会の跡目に最も近いと言われている男、神導月華。
荒事に縁のなさそうな痩躯の優男だが、襲名披露の席で他組の組長の腕を斬り落としたという逸話は、ヤクザの間では眉を顰めて語られる類の伝説だ。
黒神会。
数十年前、この組織を作った二人の男女が日本のヤクザを掌握したことで一時的に治安が回復し、そのため暴対法の施行が大幅に遅れたと言われている。
事実上日本の裏社会の頭である黒神会は、指定暴力団をその傘下に置いていながら自らはその指定を受けてはいない。
それは黒神会のトップである黒崎芳秀が、表社会にも多くのコネクションを持つからに他ならなかった。
警察も政治家も見て見ぬ振りをするアンタッチャブル……その傍らにあり、黒崎芳秀を御し得た黒神会唯一の良心であった女の影は今はない。
松平組はつい最近まで黒神会の傘下にはなかった。
組長である松平金が組をかけた勝負に勝ったからだという噂があるが、真相は当事者以外には不明だ。
それが最近になり突然手を結ぶ(表向きはそうなっている)ことになったのは、海外組織の台頭への対応のためだ。
実は松平竜次郎には、極道という家業にそれほど特別な思い入れはない。
自分を拾い育ててくれた松平金には恩があり、その男が望むからそのように生きている。
無論、組の人間は皆家族と同じで、自分の大切なものを守りたいと思う気持ちは本物だが、湊がいなくなった後は義務的な気持ちの方が強かった。
幸い、竜次郎には博徒としての素質はそれなりにあったので、金が健在な間くらいは松平組を現状維持できるだろうと踏んでいたのだが。
「ここがオープンすればそれなりのシノギになる事は間違いないけど、問題は奴らがどの程度絡んでくるかだよね」
こんな胡散臭い奴と共同作業とは痛恨の極みだ。
最後の侠客と謳われた松平金も、寄る年波には勝てなかったのか、しかし家族(組)を守るためとは言っても悪魔と取引をするのはどうかと思う。
「……そのことについてお前らが何の情報も掴んでないってのは考えにくいんだが」
「会長のところには何か入ってるかもしれないけど、僕のところにはまだ何も」
「あのおっさんが手に入れた情報を握ったままにしてて黒神会になんかいいことあんのか」
「あの人にとって重要なのは面白さだからね。僕たちが右往左往するのを見るのも娯楽だから」
「……………本気でクズだな」
「何を今更。あんまり真面目にツッコミ入れると喜ぶからスルーした方がいいよ」
本当に。痛恨だ。
自分たちだけで何とかすると言ってしまいたいが、湊と再会して少し事情が変わった。
湊は神導月華の経営するクラブで働いている。イコール黒神会とのつながりを本人も気づかぬうちに持ってしまっているのだ。
もはや松平組だけ無事ならいいなどと言ってはいられない状況である。
心の底から関わりたくない連中ではあるが、松平組の平穏と、湊の安全のためには利用するしかない。
そんな現状にうんざりしながら誘導されるままについていくと、目的の場所へとたどり着く。
裏カジノの地下、重厚な扉の開かれた先に、唐突に和室が広がった。
「金さんのお気に召せばいいけど」
悪戯っぽく笑った神導が襖に手をかける。
中は盆中や鉄火場と呼ばれ、丁半博打などで馴染みの賭場だ。
今はまだ開帳しておらず無人だが、男達の熱気、駒を集める掛け声、くゆる煙管の煙が見えるようでゾクリとする。
「お前のことはいけすかねえが……これは悪くねえな」
ヤクザとしてのシノギにはそれほど興味はないが、勝負事の張り詰めた空気は嫌いではない。
にやりと口角を上げれば、神導は「ま、当然だよね」と気障なウィンクで応じた。
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