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しおりを挟むましろの手を引き、碧井は何故か『SHAKE THE FAKE』の入っているビルを通りすぎると、大きな通りでタクシーを拾った。
「ミドリ?」
「この辺十分くらいぐるっと回って、ここのビルの駐車場に入ってください」
運転手にスマホを見せながら説明をする碧井に、強引に車内に押し込まれたましろは首を傾げる。
「……これが急ぎの用?なのですか?」
車が走り出してから問いかけると、碧井は脱力したように肩を落とした。
「急ぎの用はハクを連れ出すための嘘だよ。なんか、絡まれて困ってたみたいだったから。……余計なお世話だった?」
「い、いいえ……!その……助かりました。ありがとうございます」
見ただけで全てを察し、機転を利かせてくれたのだったとは。碧井の判断力や行動力はすごい。
「でも何故、わざわざタクシーに?」
「既に無駄かもしれないけど、尾けられてたら気持ち悪いでしょ」
「あ……ミドリが家に来ていいと言ったから……?でも、自分から連絡先を聞いていましたよね?」
「いや、尾けられるのは俺じゃなくてハクだよ。話しかけられたら困るような相手に、『SHAKE THE FAKE』の前で偶然会うなんて怪しすぎるし。連絡先聞いたのは、オーナーに通報するため」
月華に話すと言われて、ましろは慌てた。
「ま、待ってください……!」
月華は、己の懐に入れたものに対してとても過保護だ。
碧井の報告の仕方によっては、彼女のみならず天王寺まで、ましろのために不利益を被る可能性がある。
「その、今日のことは、できれば月華には……」
黙っていて欲しいと頼むと、碧井はわかっていたというように、苦笑いで応じてくれた。
「……じゃあ黙ってる代わりに、そろそろ俺にも事情を話してくれると嬉しいかな」
「ミドリ……」
「うまくいってるなら何も言わずにおこうと思ってたけど、最近のましろは暗い顔になる一方だし」
心配していると言われてしまっては、ましろもそれ以上「言いにくいから」と黙っていることは出来なくなった。
「わかりました……。部屋に戻ったら、お話しします」
それから二人でましろの部屋に戻り、お茶を淹れて一息ついてから、天王寺とは幼馴染みで、小さな頃に原因はわからないが嫌われて、転校していって以来連絡を取ってはいなかったが先日偶然再会したこと、再会したときはまだましろのことを快く思ってはいないようだったが、最近は優しかったこと、天王寺の母親と会ったことを伝えたら、突然連絡が途絶えたことなどを簡単に話した。
あらかた話し終えると、碧井は難しい顔で考え込む。
「ミドリの視点で、何か気付くところはありますか?」
「んー……、とりあえず、過去のことは本人に聞かないとわからないから一旦置いておこう。さっきの女性だけど、天ちゃんの母親っていうのは確かなのかな」
『天ちゃん』と呼んでいるのは、海河の真似だろう。天王寺のイメージかどうかはともかく、可愛いニックネームだ。
「子供の頃、二人が一緒にいるところを見たことはないのでわかりませんが、面影はあるように思いました。それに彼も、「何故そんなところに母が?」と聞き返したり、「本当に自分の母親だったのか」と確かめたりはしませんでしたし」
「実際に母親なのかどうかはともかく、関係者であることは間違いないってわけだ」
「恐らく……」
「そして天ちゃんは、彼女とハクを接触させたくない……」
碧井は腕組みをしてまた何か考えているので、ましろはもう一度あの時のことを反芻してみる。
『子供の頃、天王寺が家でましろの話をしていた』という話をされて舞い上がってしまって色々なことをかすませてしまったが、言われてみれば彼女は天王寺の母親を装う『誰か』である可能性もあったのか。
考えがまとまったのか、ぱっと顔を上げた碧井は、じっとましろを見つめた。
「?」
「一応確認だけど、ハクは、天ちゃんを信じるんだよね?」
「え?」
「彼女を遠ざけたい理由が、理不尽な、ハクにとって不利益になることだったとしても、彼女に近付くなと言った天ちゃんの言葉を優先したいんだよね?」
どちらを取るかと言われて、ましろは刹那瞳を閉ざした。
答えを悩む必要はない。
「彼に、話をするなと言われて頷いてしまったので、それはできれば違えたくありません」
はっきり言うと、碧井は少し驚き、やがて破顔した。
「ましろは、いざというときははっきりしてるよね」
「そ、そうでしょうか」
「うーん。それにしても、ましろはああいうのが好きなんだね。オーナーと少し好みかぶってない?」
自覚があるので、苦笑を返すしかない。
月華がそばに置いているのは、寡黙で、有能で、面倒見のいい人であることが多い。
天王寺も、店に頻繁に出入りさせているのは、月華が彼を気に入っているからだろう。
「それも、月華には黙っておいてくださいね」
「いいけど、かぶってたところで怒ったりジェラったりはしないんじゃない?」
「……気を使って、せめて、と一あたりに私のそばで生活するように言うかもしれません」
「愛されてるのも大変だなあ」
やれやれと肩をすくめる碧井に、ましろはそっと笑い返した。
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