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 焦っていると、下の階のドアが開いた。
 視線を下に向けた倉下は、ハッとして深く頭を下げる。
「っ……お疲れさんですっ……!」
 誰だろう。
 よく見えなかったが、倉下が頭を下げなければいけない相手ならば、『トウマ』にとっても同様だということに思い至り、冬耶も一歩遅れて頭を下げた。

 ゆっくりとした足音をじっと待つ。
 階段を上がってきたのは、杖をついた年配の男だった。
「おう。お疲れさん、えー……」
 杖の男が口ごもると、隣の同じく年配の男がさっと耳打ちする。
「倉下と、新入りのトウマです」
 腰を折ったままこっそり盗み見れば、耳打ちをした男は『JULIET』にみかじめ料をとりに来ていた人だ。

 御薙にも不遜な態度を取っていた倉下がこうして頭を下げているということは、杖の男はもしかして組長なのだろうか。

「おお、新入りか。しっかりやんな」
 考察中にばしんと肩を叩かれ、つんのめって階段を落ちそうになって慌てて手すりに掴まる。
「あ、ありがとうございます」
 危なかったし痛かったが、嫌な感じはしなかった。

「あーそういや日折が新入りが入ったとかそんなこと言ってたな」
「親父、日折は五年前に死んでますよ……」
「そうだったか?あれか、三森か」
「それも七年前に…、御薙です」
 それ以上は特に何を言われることもなく、噛み合わない会話をしながら、二人は階段を上っていく。

 ……………………。
 失礼ながら、あれで現役組長で大丈夫なのだろうか。
 ヤクザの組長というより、普通の高齢者に見えた。
 御薙が、組長の名代として出かける用事の半分以上は見舞いや葬式だと言っていたが、ヤクザの高齢化は深刻なようだ。

「チッ…、耄碌ジジイが…」
 そういえば、倉下に絡まれていたところだったとはっとする。
 だが、詰問が始まる前に、再び階下のドアが開いた。

「トウマ、そこにいたか」

 御薙だ。組長と一緒に帰ってきていたのかもしれない。
 振り返ると、再び三階に戻ったのか、倉下はいなくなっていた。


 御薙はそのまま階段を上がってくると、二階の部屋に入るよう促した。
 ここのところ、二人きりになると緊張してしまっていたが、ヒヤリとすることがあった後なので、事情を知る御薙のそばにいられるのは心強い。
「さっき杖をついた人が上がって行ったんですけど、組長さんですよね?」
「親父に会ったのか」
「あ、はい、恐らく……」
 冬耶の曖昧な返答に、困惑した胸中を察したのだろう。
 御薙は苦笑した。
「シャキッとしてる時もあるんだが、まあ寄る年並みには勝てずってところか。十年前はまだ、泣く子も黙る昔ながらの任侠の親分って感じだったんだが」
「御薙さんも、そういうところに漢気を感じて……?」
 現状を憂う表情に過去への憧憬が混ざったのを見て取って、それが仁々木組に入るきっかけだったのかと思わず聞く。
 御薙は一拍間を置いて、座るか、とソファを示した。

「今はこんなだが、ガキの頃は、俺はこれでも社長令息で、お坊ちゃんだったんだぜ」
 知っている。
 冬耶の両親は常に忙しく、他人に興味のない人達で近所の噂には詳しくなかったため、事業をやっていたことは初めて聞いたが、冬耶が幼い頃住んでいた地区は、ハイクラスの家庭の多い高級住宅街だ。あのあたりに住んでいたということは、御薙家も当然中流家庭以上の暮らしをしていただろう。
 もっとも、それを正直にいうわけにはいかず、冬耶は少し驚いたふりをして、話の先を促した。

「親父は人はよかったが、お坊ちゃん気質で経営に関してもいまいちでな…、じいさんから受け継いだ会社が傾いてくると、ただ借金で延命しようとして、傷を広げた」
 金を返せるあてのない会社が、そう何度も銀行から融資を受けられるはずはない。
 やがて金を貸してくれるところは闇金のような高利貸しだけになり、ついにその生活は破綻することになった。

「ま、俺のいる界隈じゃそう珍しくもない、ありふれた話だけどな」

 当時、御薙家の周りを柄の悪い男達がうろついていたことを思い出し、まだ学生だった御薙がどれほど辛い思いをしていただろうと胸が痛くなったが、語る横顔に悲壮感はない。
 御薙は静かに話を続けた。
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