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 ここは前向きに答えるべきか冗談きついと退けるべきかと返事に迷っていると、再び入り口のドアが開いた。

「おい何だ、賑やかだな」

 御薙だ。
 よく知る人の登場に、冬耶は少しだけほっとした。
「おー、モテモテの若頭じゃねえか」
 ひひひ、と半月型の目で笑うジンを、外まで話が聞こえていたのか、御薙は呆れたような半眼で見遣る。
「ジンさん、あんまり子供をからかわないでくれよ」
「何言ってんだ、ガキはからかうもんだろ」
 とても駄目な大人だ。

 それにしても、彼らは冬耶をいくつだと思っているのだろうか。
 ジンは「高校デビュー」などと言っていたし、成人していると知っているはずの御薙まで子供扱いとは…。
 少々釈然としないが、子供と思われているならばそう思わせておいた方が安全かもしれないと気を取り直し、大人であるという主張はしないことにする。

「トウマ、ちょっといいか」
「は、はい」
 一人モヤモヤしていると、御薙についてくるように促されて、急いで広い背中を追った。
 部屋の奥のドアの向こうは、屋内避難用のものだろうか、狭い階段が幾度も折れ曲がり上階まで続いている。
 窓のない吹き抜けに、御薙の革靴の音がカンカンと高く響く。
 このビルが五階建てだったことを思い出し、階段で最上階まで行くのだろうかと少々怯んだが、幸いなことに御薙が足を止めたのはすぐ上の二階だった。

 どうやらそこが御薙の(若頭の?)部屋のようだ。
 あまり広くはない室内に、ファイルの詰まった年代物のキャビネット、デスク、ソファとローテーブルなどがやや窮屈そうに置かれている。
 ソファを勧められ、冬耶は素直に腰掛けた。
 御薙は冬耶の隣には座らず、デスクの前に立ったまま問いかける。
「見たところ問題なさそうな雰囲気だったが、怖い思いとかしてねえか?」
「全然ないです。皆さん優しいですね」
「優しいヤクザってのもな…、あんまり悪い大人の言うことを真に受けるなよ」
「悪い大人には慣れてるから大丈夫ですよ」
「…聞き捨てならねえな」
「店長とか…店長とか、あと店長とか」
「国広は、……まあ、そうだな、悪いな。悪い大人っつーか、悪ガキのような気もするが…」
 複雑な表情で唸る御薙の認識は的を射ていて、冬耶はつい笑ってしまった。

「とにかく、嫌な思いをしてなきゃいい」
 言いながら、何故か御薙はじっと冬耶を見る。
 その眼差しは妙に真剣で、冬耶はたじろいだ。
「な、なんでしょうか」
 どこか変だろうか。
 いや、色々変なのかもしれないけれども。
 居心地が悪くなって、似合っていない自覚のあるサングラスを外す。
 御薙は「悪い」とすぐに視線を外して、わざとらしく咳払いをした。
「あー、身体の方は平気か?今にも女になりそうとか」
「だ、大丈夫です」
「…そうか」

 今のところそれらしい兆候はないが、前回も前々回もそう長いこと男に戻っていられたわけではないので、油断はできない。
 この場合、陽気の「食いだめ」のようなことはできるのだろうか?
 変態は身体への負担が大きいので、変化しないように多めに貰っておくというようなことが出来れば安心ではある。
 ただ、男の状態でしてもらうことは、やはり少し恐い。
 御薙が、本当に『冬耶』を抱くことが出来るのか。
 いざというときになって「やっぱり無理」となると、お互いにダメージが大きそうだ。
「(身体を見ない状態でするとか…?)」
 冬耶は、はっとした。

「口ですれば、いいかも!?」

 口なら、男女でそう差はないだろう。
 陽気が必要になったら、そう申し出ればいい。
 一件落着、と頷いていると、何故か御薙が固まっている。
 室内の微妙な空気。
 冬耶は、とても恐ろしいことに思い至った。

「……あの、今の……聞こえました?」
「お、おう。わりと、ばっちり」

 考えていたことが、口から出ていたようだ。
 冬耶は一瞬遅れて真っ赤になり、激しく狼狽えた。
「ちち違うんです!邪な事を考えていたとかではなく、これからの二人のことについて」
「これからの、二人のことについて…」
 ごくりと喉を鳴らす御薙。

 どんなことを想像しているかはわからないけど違うそうじゃない!

 冬耶は、ろくなことを言わない己の口を、ただ呪うことしかできなかった。
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