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「こいつ怪しくねえか?他の組とか麻取のスパイかなんかだったらどうすんだ」
 非行のひの字すらない青春時代を過ごしてきた冬耶にはやはり無理な設定だったのか、ジンは声を潜めてハルに不審を訴えている。
 対してハルは焦りの色もなく、のんびりと首を傾げた。
「うちに潜入捜査するほどの美味しい情報ありますかね」
 ジンは「そりゃそうだ」と自嘲して、禿頭をぱちんと叩く。
「知られちゃ困るようなボロいシノギもなければ、シマ内だって潰れそうな店ばっかりで、何なら街ごとなくなりそうな勢いだからな」

 この街がなくなるかもしれないという話は、冬耶も晴十郎から聞いたことがあった。
 近くに高級住宅街…冬耶の両親のような高所得層の居住エリアがあり、このような治安の悪い歓楽街が近くにあることは怖い、なくしてほしい、という訴えが出ているらしい。
 とんでもないことだ、とは流石に思わない。冬耶も仁々木若彦のような人を見ればヤクザは怖いと思うし、弱者からひたすら搾取するような裏社会の息のかかったビジネスもない方がいいに決まっている。

 けれどこの街以外に、突然性別が変化した、あの時の自分を受け入れてくれる場所はあっただろうか。
 本人にもどうしようもできない事情があって、日の当たる場所で生活できない人というのは一定数いる。
 受け皿になっていた場所がなくなってしまったら、その人たちはどこに行けばいいのだろう。
 まずは、何故歓楽街に人が集まるのかを考えるところから始めて欲しい。
 ただ臭い物に蓋をするだけでは根本的な解決にはならないのだ。

「うちが潰れるのが先か、街がなくなるのが先か…。だからな新入り、ヤクザなんて憧れるようなもんじゃねえぞ。特に、昔気質の奴なんてのは……」
 ジンの忠告の途中で、事務所の入り口のドアが開いた。
 入ってきたのは、一瞬誰かわからないくらいに顔が腫れ上がっていたが、倉下と三雲だ。

 倉庫に助けに来てくれた時、ハルはスタンガンで気絶させたと言っていたし、実際にこんなにぼこぼこになっていたようには見えなかった。
 あの後二人に何かあったのだろうか。

 『真冬』を知っている人物の登場に一瞬ヒヤリとするが、今は男だから怪しまれないはずだ、と己に言い聞かせ、できる限り平静を装う。
 部屋の中ほどまで来た倉下は、ハルを疎ましげに見やり鼻を鳴らしたが、先日の倉庫での一件を持ち出して衝突する風ではなかった。
 そして視線は冬耶へと移る。
「何だこのガキ、新入りか?」
「大和さんに憧れてヤクザになりたいとかで、社会見学中です。俺が面倒見るんで、お構いなく」
 ハルの説明に、冬耶は控えめに頭を下げた。
 倉下は冬耶をじろじろと見ると、バカにしたように鼻で笑う。

 これまでの仁々木組の人達の態度で、先ほど痛々しいとまで称されたこの服装が「浮かないコーディネート」なのではなく「目をつけられにくいコーディネート」なのだと気づいた。
 今の冬耶にとって「取るに足らないすぐにバックレそうな奴」と周囲から思われることは、身を守るために重要なポイントなのかもしれない。
 …ということにしておけば、「なんだこの痛い奴」という辛い視線に、今後も何とか耐えることが出来そうだ…。

 頑張って自分の精神の均衡を保っていると、何か痛いほどの視線を感じた。
 首を巡らせると、三雲が冬耶のことをじっと見ている。
 見ているというか、視線に射殺されてしまいそうな、所謂「ガンつけられている」状態だ。
 もしかして、真冬に似ていて怪しいと思われているのだろうか。
 真冬の男装と思われる可能性は、なくもない。
 背中を嫌な汗が伝ったが、三雲はふいと視線を外し、二人は奥の部屋へと消えた。

 ひとまず何も言われなかったことに安堵していると、ハルが二人のことを軽く教えてくれる。
「三雲になんかすごい睨まれてたけど、気にしないで。多分だけど、嫉妬だから」
「し、嫉妬?」
「あいつも大和さんに憧れてこの世界に入ったクチでさ。自分のお株奪われて悔しいのよ」

 そうだったのか。どうして若彦の方についてしまったのだろう。

 キツが眉を寄せて溜息をつく。
「自分で裏切っといて、どうしようもねえなあのガキ…思春期かよ」
「愛と憎しみは紙一重…ってとこじゃないですか。トウマも頑張って寵愛を勝ち取らないと」
「ええっ?」
「頑張って若頭寝取れよ」
「寝取っ……!?」
 ハルとキツの謎の発破に狼狽える。
 自分は一体何の戦いに巻き込まれてしまったのか。
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