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しおりを挟む御薙は一瞬言葉に詰まり、すぐに落胆した表情になった。
「そうだよな…、やっぱ、お前は抵抗あるよな…」
「ではなくて、御薙さんは嫌じゃないんですか?」
好きになった女性が男性だったと知っても抱いた好感はそのままだった、ということでも、同じように欲望を感じるかどうかは別なはずだ。
「俺は…、」
言いかけて、御薙は一拍間を置いた。
やはり、嫌なのかもしれない。
じわりと鳩尾のあたりが冷たくなるような心地がして、冬耶は膝の上の手を握り締める。
だが、続いた言葉は、冬耶の想像したような否定的なものではなかった。
「一つ聞きたいんだが、お前は、選べるなら男として生きていきたいのか?」
質問に質問で返されて、冬耶はぱちぱちと目を瞬かせてから、素直に答える。
「そ、…うですね、どちらかといえば。ただ、ずっと女のままだったとして、それ自体が凄く苦痛になる、ということではない…と思いますけど」
煮え切らないが、これが現時点での本音だ。
ドレスを着たりキャバ嬢として振舞うことに戸惑いはあったものの苦痛はなく、男に戻った時にそのことに違和感があったわけでもない。
これまで「これは自分ではない」という乖離による苦痛はなかった。
「男の方がっていうのも、今後一人で生きていくなら、防犯面で多少安心かなとかその程度のことで」
男として生きてきた時間の方が長いので、男でいる方が楽だというのもあるだろう。
ただ、絶対に男として生きていきたいというほどの執着もないのだ。
御薙は静かに頷き、言葉を続けた。
「だったら、どちらかに決めたくなるまで、その時々で自分の望む性別でいるのもいいかもな」
「…………え」
「つっても、話を聞くと変態に伴う体の負担があるようだから、変化はあんまり頻繁じゃない方がいいだろうが、服みたいに気分で自分の性別を変えられるってのは、それが苦痛じゃないなら得というか、強みじゃないか?」
確かに、自在に変態出来るのならば、ファッションのように性別の変化を楽しむことも可能だろう。
実際、『冬耶』から『真冬』…別の人間になったことで、心が軽くなった部分もあった。
この体質をネガティブにとらえてばかりだったけれど、活用としていくという道もあるのか…。
「……悪い。体質のことをこんな風に言って、嫌だったか?」
黙ってしまったので気を悪くしたと思ったのだろう、表情を曇らせた御薙に、そうではないと首を振る。
「そんな風に前向きにとらえたことはなかったので、驚いて。その…真剣に考えていただいてありがとうございます」
他人事だから簡単にそんな事が言えるのだ、とは思わなかった。
彼が冬耶の事情に真剣に向き合ってくれたことが十分に伝わったから。
「おう。……………、」
「御薙さん?」
礼とともに下げた頭を上げると、御薙はなんだか難しい顔をしている。
なんだろう。
「…そう改まって礼を言われると、良心が痛むな。男でいるためにいくらでも協力するぞって下心が…」
「し、下心?」
「だから、昼間も言っただろ。性別が変わったくらいじゃ、俺はお前を諦められそうもねえって」
下心。
下心だったのか。
そんな欲望など、彼の真摯な態度からは全く感じなかったので、驚く。
御薙は居心地悪そうに咳払いをした。
「とにかく…、相手が俺だと思うところもあるかもしれねえが、今回は身の安全にも関わってくるし、今男になることはお前にとっても多少はメリットがあるはずだ」
「それも、下心で?」
「……変化する条件を聞くまでは、やましい気持ちは一切なかったという自己弁護だけはさせてもらう」
ものすごくばつの悪そうな顔で言うので、思わず笑ってしまった。
笑いが止まらなくなる冬耶に、御薙は眉を下げる。
「そんなに笑うことないだろ……いや、まあ、怒るよりはいいか」
御薙を笑ったというよりは、ほっとしたからなのだが、正直に言うのも恥ずかしくて、冬耶はそのことを口にはしなかった。
この体質のことを知ってもなお、求めてもらえることが嬉しいなんて、素面で言うのはかなりハードルが高い。
「じゃあ、御薙さんがよければ、……よろしくお願いします」
冬耶にはこんな風に、笑いに紛れさせて応えることが精一杯だ。
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