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しおりを挟むすぐに御薙がビールとグラスを持って戻ってくる。
先日お邪魔した際もビールだったような気がするので、単純にビールが好きなのか、あるいはあまり酒に強くない冬耶が酔いすぎないようにとの気持ちからかもしれない。
今夜はキャストの押し売りをされたようなものなのに、気を遣わせてしまうのが申し訳なくて、せめて心を込めて注がせてもらった。
「今日は、嫌な思いをさせちまったな」
ソファに並んで乾杯をすると、先程の一件について重ねて謝られてしまい、ふるふると首を横に振る。
御薙は悪くないと言いたいが、彼が『JULIET』に日参していなければ今日の事態がなかったのも事実で。
それでも自分は気にしていないということをこれ以上どう伝えていいかわからず、別のことを聞いてみることにした。
「あの人は…組長さんの、息子さん…なんですか?」
「そうだ。仁々木若彦という」
言ってから、何かを思い出したように少し笑う。
「国広は不名誉なあだ名を付けて毛嫌いしてるようだが、あの人は、あいつが言うほど無能な人じゃない」
店での一幕を回想してみる。
確かに、ただ粗暴なだけ、ただ頭が悪いだけ、というようには見えなかった。
「親父だって、本当は俺よりもあの人に跡目を継がせたいはずだ」
親父、というのは御薙の父親のことではなく、仁々木組の組長のことだろう。
親子ならば、自分の子供に跡を継いでほしいと思うのは、恐らく一般的な感情だ。
冬耶の父親も、開業医ではなかったため跡を継ぐとかいうことではなかったが、息子が自分と同じ医者になることを望んでいた。
それにしても、組長ならば、次期組長の指名を自由にできそうな気がするのだが……。
「どうして組長さんはそうしないんですか?」
「組のシノギ…仕事のやり方について、二人は意見が合わなくてな。若彦さんは、もっと金になることをしたがってる」
「もっとお金になることというと……」
「違法なやつだな」
なるほどと頷いてはみたものの、そもそもヤクザは違法なお仕事をされているのでは。
少し不思議に思って御薙の顔を見ると、「仁々木組は、街の人達の善意で成り立ってる今時珍しい任侠団体だから」と教えてくれた。
つまり、いわゆるみかじめ料が仁々木組の主な収入源というわけだ。
あの国広がそうたくさん金を納めているようには思えないのだが、それだけで組を維持していけるのだろうか。謎だ。
仁々木組の財政状況はともかく、若彦がやりたいのは、みかじめをとるよりももっと儲かるが大分違法なこと、というのはわかった。
「御薙さんは、組長さんの考え方に賛成なんですね」
「ああ。それと、もしこのまま俺が組長になったら…、組をたたむ方向で動くつもりだ」
「え……、仁々木組をなくしちゃうんですか?」
「今はもう、仁義だ任侠だって時代じゃないからな。親父も、女子供や弱い奴を食い物にするような仕事をしてまで生き残るより、今の仁々木組のまま終わらせたいって言ってる。俺は、組がなくなっても子が…組の連中が生きていけるようにする、それまでの代理の組長みたいなものなんだ」
真剣に組の行く末を語る横顔を、冬耶は見つめていた。
子供の頃、憧れたひとがそこにいる。
ヤクザになっても、彼の面倒見の良さ、優しさは何も変わっていないのだと感じて、胸が熱くなった。
冬耶の視線に気づき、御薙が苦笑する。
「あー…、悪い。こんな話、つまんねえだろ」
「そんなことないです…!御薙さんのことをたくさん聞けて、すごく嬉しいです!」
「……そうか」
昔の彼の面影を見つけたような気がして嬉しくなった冬耶は、思わず力説してから、御薙の表情を見て(あっ……)と思った。
照れたように外された視線はしかし、目元が和らぎ、優しい横顔になっている。
御薙の向けてくれる気持ちに対して、とても前向きなことを言ってしまったような。
接待なのだからこれで正解なのかもしれないけれど、『冬耶』としてはそれでは駄目で、板挟みの感情に混乱してきた。
複雑すぎる感情が入り乱れて焦って顔が赤くなってしまうのは、ビールのせいだと思ってもらるだろうか。
こんな時に、「金や時間を使わせて申し訳ないと思うなら、きっちり奉仕してこい」という国広の言葉が脳裏をよぎって、店長は黙っててくださいと、心の中の悪魔を追い払う。
彼が今どんな気持ちでいるか、表情を窺おうとして視線を上げたら、ばっちり目が合ってしまった。
何か言わなくてはと思いながら、無言で見つめ合う。
そのまま御薙の顔が近付いてきても、冬耶はそれをぼーっとみつめていた。
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