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 翌日、冬耶は再び五十鈴のもとを訪れていた。
 連日となってしまい申し訳ない気持ちはあったが、昨晩御薙と話しているときに感じた、性別が入れ替わる前兆…かもしれない感覚のことを話したかったのだ。
 それともう一つ。酔っていた時の記憶を取り戻せないだろうかという相談である。

 初めて抱かれたあの夜、御薙と自分の間にどんなやり取りがあったのか、とても気になる。
 冬耶の覚えているところまでは、そんなに色気のある会話はなかったと思う。
 それがどうして、惚れられるようなことになってしまったのか。
 彼の言動の端々から、自分の様子はあの夜と違うようだということがうかがえる。
 自分ではない誰かが、彼と濃密な時間を過ごしてしまったようで、なんだか面白くないという気持ちもあり。
 直球で「あの時どんな様子でしたか」と聞く勇気はなかったので、自分は何か失礼なことをしなかったかと御薙に聞いてみたところ。
「あったとしても、酔っ払いに責任追及する気はねえよ」
 と、彼は笑った。

 え、それは結局失礼があったのなかったの……?

 恐ろしくて、それ以上聞くことはできなかった。
 御薙から聞けないのならば、もう一人の当事者である自分に聞くしかなかろうと、ひとまずかかりつけ医のところにやってきたのである。

 酔っ払っていた時の記憶をなんとかして復元できないだろうかと相談すると、白衣の五十鈴は腕を組み、難しそうな顔で唸った。
「酔っ払ってた時の記憶……ねえ」
「催眠療法とか…忘れた記憶をよみがえらせるみたいな治療、ありますよね」
「確かにあるが、あれは肉体や精神に大きなダメージを受けるなどの外的要因があって、一時的に思い出せない記憶があるような患者にやるものじゃないか?私は専門じゃないし、そもそも酔ってる時の記憶だろう?寝ているときの記憶を思い出すみたいなもんじゃないかね」
 起きていても覚えていないことはあるだろうと言われ、それもそうかと肩を落とす。
 少しくらいなら得られる情報があるかもしれないが、これだけ思い出せないのだから、自分の言動の全てをはっきりと思い出せる可能性は低そうだ。

 残念だが、一旦酔っ払いの記憶は置いて、本題に入った。
 昨晩は性別が変わらずに済んだこと。その後彼と話している最中に、それらしい兆候が現れたが、前兆のようなものがあっただけで変態はしなかったこと。
 念の為、国広から託された『秘策』のことも話すと、五十鈴は苦笑した。
「あの子は…鋭いんだか馬鹿なんだか」
 金に目が眩んだだけでは……と脳内で密かに国広を呪詛していると、不意に五十鈴が表情を改める。

「実はね、あんたのその体の変化の原因について…、こういうことなんじゃないかって、おおよその見当はついてるんだよ」

「えっ」
 突然の告白に、冬耶は驚いて目を瞬いた。
 五十鈴の口ぶりからすると、昨日今日気づいたことではないように感じて、つい何故今まで言ってくれなかったのかと考えてしまう。
 視線に非難の色が混じってしまったのか、五十鈴は「悪かったね」と頭を掻いた。
「恐らくあんたからしたら荒唐無稽な話だが、証明する方法がなくてね。聞いても混乱するだけかもしれないが、今となっては、一応話しておいた方がいいかもしれないと思ってさ」
「よ、よくわからないけど、俺には一つも原因が思い当たらないので、是非聞きたいです」
 五十鈴は一つ頷くと、壁にかかった時計を見た。
「今はもう診察が始まるから、また後で話そう。今日は仕事があるんだろう?その後、『NATIVE STRANGER』で話をしよう」


 冬耶はすっきりしない気分のまま、追い出されるようにして五十鈴レディースクリニックを出た。
 今すぐに教えて欲しいと食い下がりたかったが、そもそも診察の時間外に押しかけている身で、そこまで迷惑はかけられない。
「(こんな気持ちでちゃんと仕事になるかな……)」
 あと数時間のうちに気持ちを切り替えなくてはと思いながら、家までの道をぶらぶらと歩く。

「しつこいなあ、行かないっつってんじゃん」

 少し遠回りをしていこう、と職場近くの繁華街に差し掛かった時、揉めているような声が聞こえて反射的にそちらを見た。
 なんと、同じ店で働いている、メノウと月夜というキャストが、見るからに柄の悪そうな男に絡まれているではないか。
 この辺りは基本的には仁々木組の縄張りで、数年前まではそれほど治安も悪くなかったらしいが、最近は例の跡目問題のお陰で、どうにもきな臭い。
 メノウと月夜は、冬耶よりもずっと世間というものを知っている、しっかりした大人の女性だ。
 しかし、荒事に慣れていそうな男性に力づくで何かされそうになったら、やはり対処しきれないだろう。
 ここは自分がなんとかしなくてはと、冬耶はバッグの中からスマホを取り出した。
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