2 / 6
2.それから数年~子爵領の教会で
しおりを挟むそんなことがあってから数年後。
「…ごきげんよう、シスタークレア」
「ええ、よくいらっしゃいました、マリア令嬢様」
今日は例のアルヴァート王子がけがをした後運び込まれる教会に来ていた。
幸い、フリージア家の領地内の教会であり、シスターとも旧知の間だ。
…というか、時間が巻き戻った後領内すべての教会と懇意にして、準備はしていた。
「シスター、今日は図書室で調べ物をさせていただいてよろしいですか?」
「ええ…と言ってもほとんどがフリージア家やマリア様からの寄付のものですので、ご自由にご覧下さい」
そういって妙齢のシスターは微笑む。
この方は、もともと男爵令嬢で、一度は婚約したものの相手の男性の不貞で婚約破棄になり、そのまま人生をはかなんで修道女になったようだ。
相手の男性は子爵令息だったようだが、今では家から追放され、噂では鉱山労働でシスターの実家への慰謝料を払い続けているとか。
私はシスターの許可を得ると、図書室に向かう。
調べ物、と言っても急ぎではないものがいくつかある程度なので、ゆっくりと本を読みながら進める。
今の私の目的はあくまで第一王子様の怪我を直し、その後の第二王子の策略に注意をするよう促すことだ。
「…」
一刻ほど経った頃か。
遠くのほうで急ぐ馬車の音が聞こえた。
「(来たわね)」
バタバタ…と図書室の奥にある応急処置室に誰かが運び込まれる音がする。
その中に若い女性の声で「お兄様、お兄様!」と叫ぶ声が聞こえた。
私はそれを聞いて、すぐに処置室に向かった。
「どうなさいました?」
「あぁ、マリア様…お騒がせしました。
実は、けが人が運び込まれまして…ここは病院も遠いのでここでとりあえず安静にしていただいて、お医者様を呼ぼうかと…」
ベッドの上にはけがをした王子様とそれによりそう彼の妹、第一王女のカトリーヌ様の姿があった。
「…シスター、私回復魔法が使えますわ。
以前、一度だけ使ったことがあります」
「それは本当でございますか!
では一度見てくださると助かります…どうやらひどいけがでして…」
「わかりました…失礼いたします、王女様」
「あ、あなたは…」
到底医師には見えない小娘が王子に近づこうとしたのが気になったのか、カトリーヌ様がふっと警戒した。
「彼女はこちらの領主のご令嬢です。
回復魔法が使えるとのことですので、応急手当をお願いしました」
「そうですか…ではお兄様をお願いします」
そういってカトリーヌ様がアルヴァート様から離れる。
それを見届けると私はアルヴァート様の手を握り、心の中で「神よ、この者を救い給え」と唱える。
スゥーッと傷が消えていく…前世では助けられなかった彼を助けたような気になっているが、彼の死因はここでの怪我ではなく、ほかでもない婚約者と弟に盛られた毒なのだ。
「…これでもう大丈夫です…あとは…えっ!?」
「あ…あなた何者なんですか!?」
シスタークレアも、カトリーヌ様も信じられないという顔をしていたが、カトリーヌ様は更に化け物でも見るような顔でこちらを見ていた。
「…か、回復魔法を…」
「並みの回復魔法ではあのような重傷は治せません!
それにここまで私が使える中級の回復魔法を何度もかけましたが、まったく癒えなかった傷が…なぜあんなに簡単に!?」
カトリーヌ様は王家の中でも魔力が強い方で、回復魔法などはお手の物なのだが、今回はあまり効果がなかったらしい。
アルヴァート様を助けたんだけどなぁ…なんでこんなに非難するような目で私を見てるのかなぁカトリーヌ様は…。
「…えっと…」
「…マリア様…あなた、何か隠しておいでですね?
すべてお話しください…」
シスタークレアも少し非難するような顔でこちらを見ていた。
もちろん「なんでもないですよ、テヘペロ☆」と言っても許されそうな空気でもなく、私は俯きながらこう答えることにした。
「…すべて、お話しします…。
ですが、これはすべてご内密にしていただきたいことなのです…」
アルヴァート様が目が覚めたら伝えるようにとカトリーヌ様の護衛の騎士の方(前世でも見たことがある、カトリーヌ様に最後までついていく忠誠心の高い騎士だった)に任せ、私はシスタークレアに連れられ、カトリーヌ様とともに応接室へと向かった。
「…ここならほかの方には聞かれません…ではお話しください」
有無を言わさぬシスタークレアに促され私はすべてを話した。
前世では聖女として第二王子の婚約者だったが、婚約破棄され逃げる途中におそらく絶命したこと。
その最中に時間が戻ったらしく、聖女として認められる前に来れたこと。
第二王子には婚約者ながら大切にされたことがなかったため、第二王子には関わりたくないこと。
そして第二王子が第一王子の婚約者と結託して、第一王子の暗殺とカトリーヌ様の国外への婚姻を画策していること。
さらに第一王子は、自身の婚約者と第二王子に毒殺される運命であること。
「…以上でございます…聖女の力は今世でも問題なく使えましたし…アルヴァート様の怪我を治せばこのことを聞いていただけると思っておりました…」
まさかあんな非難めいた視線で問い詰められるとは思わなかったが。
「…私はどうなっても構いません…これが嘘だとお思いなら処刑してください。
それでも…ダイナム王子が国王になり、国がなくなっていくのが耐えられないのです…」
そういって最後に私は頭を下げた。
「…どう思いますか、シスター」
怪訝そうには思っているだろうが、先ほどとは打って変わって優しい口調で、カトリーヌ様はシスターに意見を求める。
「…私には何とも。
ただ、昔からマリア様とは懇意にさせていただいておりますが…嘘をつかれるような方ではないことだけは保証いたします」
シスターの声も非常に柔らかないつもの声に戻っていた。
「…わかりました。
にわかには信じがたい話ですが…ここで起こったことはすべて内密にしましょう。
今回についてはお兄様は軽傷で、襲われた直後に教会で回復魔法で回復、ということにします」
「…そうしていただければ…」
「ただし!!」
そこでカトリーヌ様は人差し指を立てて、白魚のような手を私の前に突き出す。
「少なくともしばらくは私の近くにいてもらいます。
アルヴァートお兄様の危機をあなたなら救えますわね?」
「…は、はい…」
有無を言わさないカトリーヌ様に、私はたじたじとなりながら答える。
「…ちょうど私の侍女が体調不良で長期休暇に入ります。
その間私の侍女代理として、私の…いえ、アルヴァートお兄様のそばについていてください」
未婚女性にとって代理でも王宮で勤務するというのは名誉なことだ。
今の王家であれば、国王夫妻、アルヴァート様・ダイナム様に並んでカトリーヌ様付の勤務は限られた者しか携われない職でもある。
しかも、最も女性が働きやすいといわれるカトリーヌ様付侍女とあれば、やりたい者が列をなしてやってくる立場だ。
「…私でよろしければ、お受けいたします」
「…よかったわ。
あなたに断られたら、アルヴァートお兄様をお助けすることができなくなりそうだったし…」
断らせないような、有無を言わさぬ圧があったと思うのですが…そんなことはおくびにも出さず…。
「いえ…そんな…」
と、そんな話をしていた時、部屋がノックされた。
「どうぞ」
シスタークレアが返事をすると、アルヴァート様についていたカトリーヌ様の護衛の騎士が部屋に入り、「アルヴァート殿下が目を覚まされました」と報せに来た。
「行きましょう、シスター、マリアさん」
「…ええ」
カトリーヌ様、シスタークレアとともに私は処置室に戻る。
「お兄様!」
「…あ、ああ、カトリーヌ…ここは…」
「フリージア領の教会ですわ…お体は…?」
「え、ああ…あれだけの怪我をしたのに、なぜかすこぶる快適なんだ…痛みも、それ以外の体の重みも全く感じない」
「…よかったですわ…あ、こちらが教会のシスター、クレアさんです」
そういってカトリーヌ様はシスターを紹介する。
「…そして、今回回復魔法をかけていただいた、フリージア家のご令嬢、マリア様ですわ」
「…君が、今回の回復魔法を…?」
アルヴァート様が驚いたような顔をする。
「…はい、かけさせていただきました」
「…いや、しかし…あの怪我で…しかもこの体の軽さ…」
不思議そうな顔でアルヴァート様は考え込む。
「お兄様…マリア様は、私について王城に来ていただきますので、後ほど馬車の中で…」
カトリーヌ様がそういって私に目配せしたので、うなずいておいた。
「そうか…わかった」
アルヴァート様も不思議そうな顔でうなずいた。
112
お気に入りに追加
268
あなたにおすすめの小説
君の名は? ~悪役令嬢が、妹王女とともにここぞとばかりに言いたいことを言ってみた~
aihara
恋愛
「マリア・ディートリヒ!
王太子の名のもとに、貴様との婚約を破棄す…」
「あ、はい、了承しました。
願ってもないことでございます!」
思わず了解してしまった公爵令嬢。
それに面食らっている王太子に、思ってもみないところから援護が…。
そしてさらに驚愕の事実も発覚することに…
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
【完結】離縁したいのなら、もっと穏便な方法もありましたのに。では、徹底的にやらせて頂きますね
との
恋愛
離婚したいのですか? 喜んでお受けします。
でも、本当に大丈夫なんでしょうか?
伯爵様・・自滅の道を行ってません?
まあ、徹底的にやらせて頂くだけですが。
収納スキル持ちの主人公と、錬金術師と異名をとる父親が爆走します。
(父さんの今の顔を見たらフリーカンパニーの団長も怯えるわ。ちっちゃい頃の私だったら確実に泣いてる)
ーーーーーー
ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。
32話、完結迄予約投稿済みです。
R15は念の為・・
私の婚約者でも無いのに、婚約破棄とか何事ですか?
狼狼3
恋愛
「お前のような冷たくて愛想の無い女などと結婚出来るものか。もうお前とは絶交……そして、婚約破棄だ。じゃあな、グラッセマロン。」
「いやいや。私もう結婚してますし、貴方誰ですか?」
「俺を知らないだと………?冗談はよしてくれ。お前の愛するカーナトリエだぞ?」
「知らないですよ。……もしかして、夫の友達ですか?夫が帰ってくるまで家使いますか?……」
「だから、お前の夫が俺だって──」
少しずつ日差しが強くなっている頃。
昼食を作ろうと材料を買いに行こうとしたら、婚約者と名乗る人が居ました。
……誰コイツ。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
完結 婚約破棄は都合が良すぎる戯言
音爽(ネソウ)
恋愛
王太子の心が離れたと気づいたのはいつだったか。
婚姻直前にも拘わらず、すっかり冷えた関係。いまでは王太子は堂々と愛人を侍らせていた。
愛人を側妃として置きたいと切望する、だがそれは継承権に抵触する事だと王に叱責され叶わない。
絶望した彼は「いっそのこと市井に下ってしまおうか」と思い悩む……
婚約破棄ですか? ならば国王に溺愛されている私が断罪致します。
久方
恋愛
「エミア・ローラン! お前との婚約を破棄する!」
煌びやかな舞踏会の真っ最中に突然、婚約破棄を言い渡されたエミア・ローラン。
その理由とやらが、とてつもなくしょうもない。
だったら良いでしょう。
私が綺麗に断罪して魅せますわ!
令嬢エミア・ローランの考えた秘策とは!?
妹が公爵夫人になりたいようなので、譲ることにします。
夢草 蝶
恋愛
シスターナが帰宅すると、婚約者と妹のキスシーンに遭遇した。
どうやら、妹はシスターナが公爵夫人になることが気に入らないらしい。
すると、シスターナは快く妹に婚約者の座を譲ると言って──
本編とおまけの二話構成の予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる