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しおりを挟む「すると、宮田くんはタカラスポーツ買収の案件も?」
「ええ、営業部として、参加させていただきました」
18時にお迎えが来て、俺は社長とタクシーに乗り、指定された料亭へと来ていた。
既に元坂社長と舞さんも来ていて、俺は安物スーツであることを恥ずかしく思いながら、差し出された座布団に座った。
今日は一日、休んでいた時に回るはずだった営業先に挨拶回りをしていた。
他の社員や辻村が回っていてくれたので行く必要はなかったが、アピールは重要である。
出掛け前、俺の復帰祝いを、と同期が声をかけてくれたが、先約があるからと断った。
あいつらとはまた別の日に行こう。もっと気軽な、焼き鳥屋とかで。
「そうか。やはり、君は将来有望な社員じゃな。宮田くん」
「いえ、部長に毎日叱られています」
これは嘘ではない。
おミスさんこと須美部長には、入社後ほぼ毎日と言っていいほど挨拶の仕方、書類の書き方、印鑑の押し方に至るまで、事細かくしごき、もとい指導してもらっていた。
最初の頃はうんざりしたものだが、いざ後輩を指導する立場になると、おミスさんから言われた言葉はものすごく有用だった。
「さ、マルイ君も」
「あ、これはどうもどうも」
ビールが良かったが、最初から日本酒、しかも熱燗。
徳利が並び、ささ、どうぞどうぞ、みたいなやり取りが続いている。
舞さんはと言えば、飲めないらしく、ウーロン茶を頼んでいた。
ご機嫌らしく、ニコニコとしている。
「のう、舞」
「はい、おじいさ・・・・・・社長」
「ふふ。ここでは爺で良い。・・・・・・実はな、宮田くん」
「はい」
「病室で言ったことを覚えておるかの?」
もちろん覚えている。
舞さんと、正式なお付き合いを、という話だ。
「あの話はの、舞が言い始めたことなんじゃ」
「お、お爺様!それは言わないって」
舞さんが、赤い顔で口元を手で隠す。可愛い。
「ホッホッ。良いではないか。事ここに至り、隠し事はなしじゃ。のう宮田くん」
「ええ、まあ。・・・・・・舞さんが、とはどういう?」
「この子はの、元々看護師になりたい、と言っておったのじゃ。じゃがの、あれはキツイ仕事じゃ。ワシも実態はさほど知らぬが、夜勤も多く、看護、介護と仕事量が多く、その割に実入りの少ない仕事じゃ」
それは分かる。
看護師さんは高梨さんだけでなく、何人か見かけたが、ずいぶん疲れた顔をしている人も多かった。
退院後、結局高梨さんから連絡はなかった。
外回りに行く直前、俺の電話を辻村が取ってくれていたが、「無言電話っスよ。感じ悪いっスね」と切っていた。
あれが高梨さんなわけがない。わざわざ会社にかけてくるようなこともしないだろう。
「シフトワーカーは寿命を縮める。腰痛持ちも多い。ワシは舞が看護師になることを反対した。この子は今でもそれを恨んでおる」
「そ、そんなことは」
「まあ良い。・・・・・・で、じゃ。君に怪我を負わせ、骨折して入院した日の夜、舞はワシのところに来て号泣したのじゃ。人の役に立ちたい、病気や怪我を治したい、人一倍そう思ってきたこの子が、君に大怪我を負わせてしまったことでの。舞自身が捻挫していたのもあるが、君のところへ見舞いに行けなかったのは、3日間ほぼ食事もせず、泣いて暮らしていたのじゃ」
「そんなことが・・・・・・」
見ると、舞さんはただでさえ小柄な身体を縮こまらせ、顔を真っ赤にしてうつむいていた。
こういった秘密を暴露されるのは、まさに針の筵、だろうな。
「で、ようやく4日目になって部屋から出てきたので、ワシは喝を入れたんじゃ。そんなことでどうする、謝罪もせずにおるつもりか、との。・・・・・・で、舞は君に謝りたい、何か手助けがしたい、と言い出したので送り出したのじゃ。どういった会話があったのかは知らん。それからも数日塞ぎ込んでおったが、ある時晴れやかな顔をして、宮田くんの役に立てそうだ、と言い出したのじゃ。普段何も欲しがらん子が、デパートで宮田くんと会うための服が欲しいという。珍しく、紙袋を数個も抱えて帰ってきよった」
ああ。
ごめんなさい、それたぶん下着です。
「じゃからの、ワシは舞に聞いてみたのじゃ。宮田くんのことを好いとるのか、との」
ますます真っ赤になった舞さんは、何も言わない。
うちのマルイ社長も、口を挟まず笑みを浮かべている。
「舞の返事は、是、というものじゃった。まあ、単純には答えなかったがの。・・・・・・この子は良い子じゃが、男性との付き合いは固く禁じておった。世の中、様々なオノコがおるからの。しかし、ここで考えを変えることも必要じゃと、そうこの子の母親もワシに言うてきた。じゃからの、あの時病室で一芝居打ったのじゃ。あれはワシが言い出した話ではない、舞の気持ちじゃ」
「・・・・・・そうでしたか」
「舞には言い出せぬことかと思ったのでの。急な話だと思わなかったかね?」
俺はマルイ社長と顔を見合わせた。
「思いました。なんで俺みたいな平社員に、大切にされているお孫さんを、と」
「あの時、君はすぐに言うてくれた。彼女の、舞の気持ちはどうか、とな。舞のことを気遣ってくれる気持ちはとても嬉しかった。この子の目に狂いはない、そう思うたわ」
「そのお話ですが」
俺は座布団を外した。
「僕の方から、お願いしたいと思います。舞さんとの、お付き合いを」
「えっ」
舞さんが真っ赤なまま、俺の顔をまじまじと見つめている。
「正直、迷った部分もあります。本当にこれでいいんだろうか、元坂商事のお孫さんという肩書は、はっきり言って僕には荷が重いです。周囲の期待や元坂社長の意向に添える人間だろうか、と。・・・・・・でも、僕は舞さんのことが好きです。あの時、病室でちょっと自暴自棄になりかけていて、最初面会に来てくれた舞さんにも冷たく接してしまいました。今さら何しに、と思ったんです。でも、舞さんは毎日来てくれて、僕が困っていることを助けてくれました。すごく優しくて、送り迎えもしてもらって、この人のことをもっと知りたい、一緒にドライブに出かけたり、食事に行ったりしてみたい、そして。・・・・・・この人となら、苦楽を共にしたい。そう思えたんです」
俺の長口上を、皆が何も言わずに聞いてくれた。
「だから、僕の方からお願いします。舞さんとの、お付き合いを」
「舞、返事をしなさい」
「はい。・・・・・・宮田さん、不束者ですが、ぜひ、お願いします」
ほっとした表情。
元坂社長も、うむうむ、と笑顔を浮かべていた。
「よし、よしよし!これで孫娘の将来も安泰じゃ!のうマルイくん」
「ええ。うちも安泰ですよ」
「今日は格別に気分が良い。おい、女将、もっと良い酒を持ってきなさい。食事も、もっともっと持ってきなさい」
「かしこまりました」
「宮田くん、気楽にしたまえ。君は肉が好きか、魚かね?」
「肉ですね」
「よし、女将、ステーキなど持ってきなさい。ワシの分も、4人分じゃ」
「いえ、僕は2人前食べますから、5人前で」
「おいこら宮田、失礼だぞ」
社長にたしなめられてしまったが、元坂社長は破顔した。
「わは、わっはっは!これは愉快じゃ、そんなことをワシに言うた奴は初めてじゃ!遠慮はいらんぞ、宮田くん」
「はい、遠慮なくいただきます」
「よく食う奴は良い。かしこまって食べられない男はダメじゃ。戦後の頃、皆が貧しい頃はの」
「おじいちゃん、また昔の話ばっかりして」
「良い。良いよい。昔のことも知るべきじゃ。戦後の食糧難の頃、食わぬ者、食えぬ者は皆、餓死したり肺病で死んでいった。しっかり食う、大切なことじゃ。舞ももっと食って、宮田くん好みに肥えるが良い」
「太っちゃだめです」
「ええ。舞さんは今のままで十分魅力的です」
「えっ・・・・・・は、恥ずかしい、です」
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