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向上心

第168話

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 パパのバカ!
 パパのバカ、パパのバカ、パパのバカ、パパのバカッ!
 全部全部パパが悪いんだ!
 パパが悪くて、私は悪くない!
 私は悪くない、私は悪くない、私は悪くないッ!
 ……私は悪くないの……。

 冷静になるにつれ、自然と止まる足。

 「……ここ、何処?」 
 ふと、辺りを見回してみれば、見覚えの無い森の風景に囲まれていた。

 いつも、森の中を歩く時は、目印をつけるか、糸を垂らして歩きなさいと、パパに言われていた。
 人間的な視覚に頼る私では、すぐに迷子になるから、と。

 しかし、今まで、夢中に足を動かしていただけの私は、そんな事、していない。
 そして、パパの言う通り、完全に迷子になっていた。
 
 ガサガサガサ。
 「……パパ?」
 葉の揺れる音に振り返るが、それはただ、風が吹いただけ。
 冷静になれば、その音は、背後のみならず、森のそこかしこから聞こえてきていた。

 「なんで……。いないの?」
 いつもいるはずなのに。
 追いかけて来てくれるはずなのに……。

 ……パパは私を見失ってしまったのだろうか?
 ただ一直線に、がむしゃらに走るだけだった私を見失ってしまったのだろうか?
 
 見失っていて欲しい。
 見失ったと言う事にして欲しい。
 ……見失ったと言う事にしよう。
 
 「……戻らなきゃ」
 どうやって?
 
 「大丈夫、今、来た道を引き返せば……」
 私は、何の目印も無く、森の中を真っ直ぐに歩けない事を知っている。
 今まで走ってきた道が、真っ直ぐだという保証も無い。
 最悪、河原まで出る事ができれば、何とかなるかもしれないが……。
 
 そもそも、戻ってどうするのだ?
 ……謝るのか……?私が……?悪いのはパパなのに?
 
 そう思うと、再び、イライラが募って来る。
 そうだ、悪いのはパパなのに、なんで私が謝らなければいけないんだっ!

 それに、私を探すのだって、パパの役目。
 私が不安になって、頭を悩ませることではない。
 
 私はゆっくり、この場で待っていれば良い。
 このままずっと、迎えが来るまでずっと……。
 
 ずっと迎えが来なかったら?
 迎えが来る前に、動物に襲われたら?
 そう思うと、森の騒めきが急に恐ろしい物に聞こえて来る。
 
 怖い。全部が怖い。
 風で揺れる木々の騒めきが、遠くで聞こえる動物の鳴き声が、広すぎるこの世界が。

 その恐怖に呼応こおうする様に、過去の記憶が呼び起こされる。
 そこにはパパがクリナさんを失った記憶や、パパが私を庇って、大蜘蛛に殺されてしまう記憶もあって……。
 
 「……あれ?その時、私って……」
 おかしい。何かがおかしい。
 私が生まれたのはいつだ?
 私はパパの子で……。あれ?違う?記憶が……ない?
 
 「私って……。なに?」
 もう、訳が分からなかった。

 なんで、私はパパをパパだと思っていたのだろう?
 なんで、今までの事を疑問に思わなかったのだろう?
 なんで…………。
 
 思考が混乱する。
 木々の騒めきが、不安をあおり、わずらわしい。
 ……頭が、痛い……。
 
 そうだ、パパは私を捨てたんじゃない。
 そもそも、私がパパの子ではなかったのだ。

 それに、パパとコグモさんは愛し合っていて、私はそれを邪魔しちゃいけなくって……。

 何で?何で邪魔しちゃいけないの?
 なんで、私はそんなこと知ってるの?
 私はなんなの?どうやって生まれたの?
 
 頭を押さえて、うずくまる私。
 もう、何もかも分からない。
 自分さえも信じられない。

 それでも……。

 「助けて……。パパ……」
 自然と、口をついて出た言葉。
 何も信じられないこの世界で、私が求める物のは、ただそれだけだった。
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